第40話 美味しいザクロの調理法③

「うぅ……今更罪悪感が湧いてきました。」


「ここまで準備しておいてよく言うわね。ほら、やっちゃいなさいよ。」


 ザクロに手を添え、包丁の切っ先をあてがうと切れ込みからじわりと赤い汁が滲んだ。柔らかすぎて、少し力を入れただけで簡単に包丁が沈んでいく。ピンク色の断面はまるで潰したイチゴにミルクをかけたような乳白色をしていた。


「……とりあえずシンプルにいきましょうか……。」


 フライパンに油をひいてみじん切りのにんにくを熱し、香りを油に纏わせる。そこに、先ほどの2㎝幅にスライスしたザクロを2枚並べると香ばしい音と匂いが部屋を満たした。


「うーん、良い音ね。」


 焼きあがったザクロを皿に盛り付け、ナイフで一口サイズにカットする。ザクロのサイコロステーキの完成だ。まずは何もつけずに、そのままで頂く。恐る恐る口に含むと、何とも言えない匂いが広がった。


「……なんか、酸っぱいですね。」

「昔食べたジビエレストランの牡丹肉に近いわね。ヒトは雑食性だから酸っぱいのかしら。」

「油は乗ってるけれど、お世辞にも牛みたいに旨みのある油って感じじゃないですね。にんにくが効いてるから何とか食べられるけれど、そのままだとちょっと臭くてキツイかも……。」

「焼き肉のタレとか強い味の調味料があればなんとかイケるって感じね。40点ってとこかしら。」


 白米を掻き込んで無理やり嚥下する。幸先の悪い滑り出しだ。


 気を取り直し、次は揚げてみることにした。揚げ物の定番と言えば、唐揚げとコロッケである。そぎ切りにしたザクロに、味を付けて市販の唐揚げ粉をまぶして油に落とす。残った肉は、ひき肉にして蒸したじゃがいもと混ぜて成形し、パン粉を着けて揚げる。衣がきつね色になったら油から取り出し、半分に切って完成だ。いざ、実食。


「なんかぐにゅぐにゅします」

「……ラード食べてるみたい。ねっちょりして不味い。」


 唐揚げ30点、コロッケ50点。鳥の唐揚げのような味を期待していただけに、これは大外れだ。歯ごたえは全くなく、柔らかすぎて嚙むたびに舌に不快感が纏わりついた。コロッケに至っては、ジャガイモの味にかなり助けられている。どうやらザクロは揚げ物には向かないらしい。白米で押し込むことで何とか食べ切ることが出来た。

 ステーキ、唐揚げ、コロッケの3品を食べ切ったところで本日の実験は切り上げることにした。後片付けをするにあたって、SCP-890₋JPの取り扱いには細心の注意を払わなくてはならない。SCP-890₋JPは任意の液体が触れるだけでザクロが湧いてしまう。洗剤で洗った後、布巾でよく拭いて、小型の乾燥機に入れた。後はBSL3防疫区画の担当者に乾熱滅菌処理を任せればいい。







研究2日目


 



「昨日のザクロはちょっと柔らかすぎたから料理にするには適さなかったのだと思うわ。多分、培養する時間が短すぎたのね。SCP-890₋JPで培養したザクロがいったいどこまで成長するか分からないけれど。兎も角、今日はもう少し寝かせてみましょう。」


 昨日の反省を生かし、今度は鳴瀬の考察通り培養の時間を大幅に伸ばしてみた。すると昨日よりも大きく、そして包丁を入れた際に切りごたえのあるザクロができあがった。


「……もし、培養を放置し続けたら、人間の身体になるんですかね?」

「なるかもね。興味深いけど、その実験はまた今度にしましょ。」


 ブロック状にカットしたザクロへ適量の塩・胡椒とたっぷりのブラックペッパーを刷り込み、オリーブオイルを熱したフライパンで全ての面をこんがりと焼き上げる。焼きあがったらラップをぐるぐると巻きつけ、空気が入らないようにぴっちりと密閉させる。それをチャック付きのポリ袋に入れ、沸かしたお湯へ沈めて熱を通す。暫くたってお湯から取り出した肉を、常温で暫く放置させる。


「星谷君それは何を作っているの?」

「えへへ、まだ秘密です。今のうちにソースを作っちゃいます。」


 星谷は手際よく玉ねぎをみじん切りにすると先ほどザクロを焼いたフライパンに戻して炒める。そこに赤ワインと醤油、バターを入れて煮立たせればソースの完成。先程のザクロのブロックが冷めたことを確認すると、薄切りにして皿に盛りつけていく。ローストビーフならぬローストザクロの完成だ。


「へぇ、美味しそう!星谷君あなた凄いのね!」

「お肉が酸っぱかったのでソースの酸味で打ち消せるかと思って。ネットで調べた簡単な作り方を真似してみたんです。」


 重要なのは味だ。ソースとマスタードを付けて、口に運んだ。


「……美味しいけど、なんか違いますね。」

「えぇ……。ローストビーフの味を想像して食べると、がっかりする味ね。食べれなくは無いんだけど。」


 鳴瀬の言う通り、ローストザクロには、肉の旨みと噛み応えが欠けている。やはり、ザクロ本体に味を期待するのではなく、それと相性のいい味付けを施すのが適しているようだ。


「うーん、惜しい。60点。」


 手間暇をかけた一品だったが鳴瀬のお眼鏡には適わなかったようだ。仕切り直して、もう一品に取り掛かることにした。もう一品は、野菜をふんだんに使う料理だ。春菊、水菜、白菜を適度な大きさに切り、椎茸には傘の部分に十文字の切れ込みを入れる。豆腐とマロニーを準備する。そして、主役のザクロは薄切りに何枚もカットした。

 平たい鍋に、牛脂代わりのザクロの脂身を溶かし、薄切りを炒める。醤油と砂糖などを合わせて作った割り下を入れ、残りの具材を投入して煮立たせたら、そう。ザクロのすき焼きの出来上がりだ。


「チーフ、卵どうぞ」

「ありがと」


 溶き卵につけて肉を頬張る。熱々のザクロに割り下の甘じょっぱいたれが絡み、それを溶き卵が優しくまろやかに中和する。鳴瀬と星谷は、お互いの顔を思わず見合わせる。



「「美味しい!!」」



 酒を入れたからか肉の臭みを全く感じない。少し濃い目の味付けにしたのが功を奏したようだ。


「まさか、こんな化けるとは思いませんでした。肉も柔らかくて美味しいし、野菜との相性もいい!」

「文句なしの100点だわ。これ、味も上品だし凄く美味しい。……思いついちゃった。星谷君、もう一品試してみたいものがあるの。」

「何ですか?」


「鍋。絶対美味しいと思うのよね。水炊きじゃなくて、チゲ鍋!明日はチゲ鍋がいいわ!」


 チゲ鍋。絶対美味いに決まっている――。星谷は喉を鳴らした。




【あとがき】

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: tonootto

Title: SCP-890-jp -培養肉のジャータカ-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-890-jp

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