第39話 美味しいザクロの調理法②

 星谷は、まず肉質が重要だと考えた。例えば同じ鶏肉と言っても、胸肉ともも肉では向いている料理が異なるからだ。胸肉は火を通し過ぎるとパサついてしまうのに対し、もも肉は火を通すと弾力を残しつつ程よい脂肪分を感じることができる。人肉も同様、何処の部位かが重要であるとみた。そのためには、まず報告書を隅から隅まで読んで情報を集めるのが良いだろう。そう鳴瀬に伝えると、彼女は満足げに頷くのだった。

 つい先ほど鳴瀬から急に質問をされた時は焦ってしまってじっくり読むことが出来なかったので改めて脳に必要な情報を1からインプットしていく。頭の中で整理できた情報は、こうだ。



 任意の液体がSCP-890₋JPの表面に着くことでヒト骨格筋筋芽細胞が出現し、増殖する(SCP-890₋JP-A)。遺伝子の解析結果から血液型O型Rh+のアジア系女性だと分かっている。更に、彼女は椎名と呼ばれていた若い日本人である。その肉は、石榴倶楽部(ザクロは人肉の隠語である。これに倣い、以後人肉をザクロと呼称する)なるザクロ嗜食者の秘密結社にて振舞われた物であり、椎名氏自身もその会員だったらしい。


 読み進めていくうちに椎名氏がPOI-8519-JPに宛てた手紙によると、驚くべきことに彼女が進んで食されることを望んだ事が判明し、自分こそがSCP-890₋JPだと主張したらしい。果たして、望んだとて人が無機物に姿を変えることが出来るだろうか。人を無機物に変えてしまうなどといった魔法やオカルトじみた現象をにわかに信じることは出来ないが、SCP財団というオカルトの塊みたいな組織に雇用されている以上、野暮なことは言うまい。

 隅から隅まで報告書と添付資料に目を通したが、残念ながらどの部位の肉かは分からなかった。肉の塊、と記載されていたのでそれなりに大きい部位の肉なのだろう。大腿や腕といった筋肉の発達した部位か、あるいは尻や乳房といった脂肪分の多い部位の可能性も捨てきれない。


 中年のオジサンのザクロじゃないと分かっただけでも大収穫だ。


 

「チーフ、方向性が見えてきました。実際にSCP-890₋JPから出たザクロで色々試してみたいです。」

「そう。じゃ、実験許可を申請するから、許可が下りるまでに必要な物を揃えておいてもらおうかしら。」


 それから3日経ち、申請が降りた。その間に溜まっていた雑務を片付け、必要な調理器具や食材を手配した。断わっておくが、鳴瀬研究チームは決して暇じゃない。定期的に職員の精神鑑定を行って経過観察しなくてはならないし、Scipに関する研究・実験を行ったりもしている。日々の業務は激務と言っても差し支えない。それでもザクロ料理研究などに興じているのは、この研究が無駄ではないと分かっているからだ。少なくとも、鳴瀬や星谷を含んだSCP財団日本支部の研究者達は、それを理解している。今は役に立たない研究結果だとしても、間違いなく人類の資産になっていくものである。


 SCP-890-JPを用いた実験は防疫区画内で実施するよう特別収容プロトコルに表記されている為、実験はサイト-8163のBSL3防疫区画にて行うことになった。本部にある鳴瀬の研究室からは少し遠いので、水平移動式パルスエレベーターを使用して移動した。


 BSL3防疫区画に入るには、全身の消毒をしなくてはならない。消毒液が満たされたバットで靴の裏の汚れを落とし、特殊な照明が取り付けられたガラス張りの小部屋で滅菌ミストを浴びて10分間過ごす。小部屋を出ると、マスクとゴーグルを着用し、漸く区画への立ち入りを許される。

 実験室に入室すると、担当職員が手押しワゴンに乗せた銀色の箱を運んでやってきた。箱には6ケタの数字を揃えなければ開かない鍵が取り付けられており、管理局から通達された数字を並べることによって開けることが出来る。それを外すと緩衝材に包まれた桐箱が現れた。桐箱を慎重に取り出し箱を縛ってあった組紐を丁寧に解くと、目当ての物が姿を見せる。

 手汗が付着しないよう手袋を装着し、そっと両手で掬いあげるように箱からそれを取り出す。――蓋つきの美しい平鉢、もといSCP-890-JP。直径24cm程のこの皿当該オブジェクトが、ザクロ湧き出す珍品である。


「それじゃ、実験を始めるわ星谷君。私に指示を頂戴。」

「では、チーフはザクロを培養してください。調理できるくらいの大きさになるまで。」

「了解」


 鳴瀬は、報告書に倣いSCP-890-JPの表面に水道水を2cm程溜めた。暫く観察すると、水とSCP-890₋JPが接している箇所から赤い粒が出現した。ぽつりぽつりと次第に増殖していき、それが張った水の底を一面に覆うと、意思を持った生き物のようにうねうねと活発に動き出し、1つの塊へと収束していく。水気を帯びた音を発しながら、それらは複雑に絡み合い筋繊維を形成していく。

 興味深そうにそれを眺める鳴瀬を尻目に、星谷は急いで下ごしらえの準備をする。いくつかのレシピを試すつもりだったので、とりあえず肉と相性の良さそうな野菜を準備してきた。それらを適当にカットしていく。米も食べたくなるだろうと思い、2合ほど米も炊くことにした。


「手慣れているのね」

「まぁ……弟たち、成長期だからあんまりコンビニ飯ばかり食わせるのも嫌なんで。大した料理じゃないけれど手作りするようにしてますから。」

「偉い!良いお兄ちゃんなのね星谷君。私も誰かに毎晩ゴハンを作ってもらいたいものだわ。」


 僕でよければ貴方の為に毎日料理を作ります、と言いかけた言葉を飲み込む。そんなの、もうプロポーズじゃないか。いや、僕なんかがチーフとそんな、男女の付き合いだなんて。嫌なわけじゃないですけど、というか喜んで……などと浮かれた返事が脳でリフレインして悶える。


「あら、ザクロが大分成長したわね。これだけあれば調理できる?」


 見ると、SCP-890₋JPの上には艶々と輝くザクロが生み出されていた。拳2つ分程度まで育ったそれに骨や皮膚は生成されておらず、剥き出しの筋肉の塊だった。今なお細胞が増殖している最中なのでピクピクと痙攣するように蠢いている。


「良いサイズですね。このザクロを調理する間にもう1つ培養しましょう。」


 それを調理用トングで掴み、まな板の上に移し替える。強く握ると崩れてしまいそうな柔らかさだ。――星谷は早速1品目の調理に取り掛かった。


 



【あとがき】

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: tonootto

Title: SCP-890-jp -培養肉のジャータカ-

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-890-jp


 


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