第35話 シーヒューマンは総世主の夢を見るか③

 集落は頭数の増加に伴い大きく、より多くの同胞を守れる様丈夫に様変わりし、町から街へと成長した。巨大な水槽の底には街が4つ、その郊外に数棟の住処がぽつぽつと建つ村がいくつかできていた。ドジョウの死骸を与えた最も大きな街には中世ヨーロッパを思わせる白いレンガのような素材でできた立派な城が聳え立っていた。麓の街には店らしき建物がいくつも立ち並んで城下町になっており、色とりどりに着飾ったシーヒューマンがわちゃわちゃと群れていた。

  シーヒューマン達の世代交代はとてつもなく早い。その分、新しい知識や技術が過去に引きずられずにアップデートされるのだろう。文明の進歩も目を見張るものがあった。


 


20**年*月*日 飼育13日目


 

 発展した街の片隅にぽつんと、1匹のシーヒューマンがいた。他の個体が半透明がかった白いからだをしているのに対し、そいつは薄茶色く汚れている。身に着けていた物もボロボロだ。小さく縮こまり、既に死んでいるかのようだった。よく見ると細い細い路地に、そのような身なりのシーヒューマンが数匹見えた……。見なかったことにしよう。







 シーヒューマンの育成が軌道に乗り、もう育成キットの箱は必要ないからとっとと隠蔽してしまおうと思った葉山は、本日の業務時間内に収容物ロッカーに育成キットを戻そうと考えていた。物品の点検作業を装い、衣服の中に箱を隠して保管所に向かおうとしていたところに、葉山の直属の上司が彼に声を掛ける。


 

「葉山君。」


「なんでしょうか?」



 彼はぎこちなく答える。思わず育成キットに手が伸びるが、箱を握りしめる手に汗が滲む。

 ここ数日の葉山の仕事ぶりは、目を見張るものがあった。仕事をテキパキとこなし、定時になるとすぐに退勤する。彼が突然効率的に仕事をこなす様になった理由があるのだと職場では噂になっていたのだ。上司は分かっているとでも言いたげに彼の肩に手を置いた。

 

「隠さなくてもいいよ」


 その一言で葉山の心臓がどきりと跳ねた。


「コレだろ?」


 そう言って上司は小指を立てて見せた。下世話なサインを見て葉山は「そうなんですよ」とヘラヘラ取り繕った。Scip を盗んで育てている事がバレていない事に安堵しつつ、今後、何か突かれる様な事があればそういう事にしておこうと心に決めた。彼女が出来たという事にしておけば、早く帰りたがるのも違和感がないからだ。そそくさと仕事に向かう葉山の背後から、「いいねぇ」なんてのんきな声が聞こえた。


 




 


「これはまずいな……。」


 帰宅すると、シーヒューマンの水槽の水面にいっぱいつぶつぶが浮いていた。もしやと思い、慌てて水槽を確認した葉山は思わず口を覆った。やはり、白い粒は全て死んだシーヒューマンだったのだが、それよりも街の至る所で建物が破壊されていた。屋根がぐしゃりと潰れ、破片となった木片が飛散している。白い立派な城も今では見る影もない。彼らは戦争をしていた。

 武器みたいなものを持ったシーヒューマン同士が、お互いを攻撃し合っている。武器を持たない者は噛み付いたり、集団で殴り掛かっていたり、凄惨な光景だった。そして、死んだシーヒューマンは天に昇る様に水面に浮いていく。水槽の中は、昇天した彼らが無数に揺蕩っていた。


 葉山はどうしてこんなことが起きたのか考えた。数日前に見かけたグレイトジャーニーがやっぱり除け者で、その恨みがずっと燻っていたのだろうか。それともドジョウを大きい街にだけ与えたから他の街の奴らが妬んだのか。

 懸念すべきは、せっかく育てたシーヒューマンが全滅する事だった。これほど熱中し、心血を注いだ生体は他にはいない。かといって、生きているシーヒューマンを網ですくって別の水槽に移そうにも今の状況だと生きている彼らを傷付けてしまうかもしれない。葉山は、事態が収束するまでただ水槽を見つめ続ける事しかできなかった。




 何時間経っただろう。気付けば遮光カーテン越しの空が白んで来ていた。家に面した道路を新聞配達のバイクの音が通り過ぎる音が聞こえる。

 長い戦いを経て、水槽内は嘘のように静かになった。水がかなり汚れてしまったが、シーヒューマン達は落ち着きを戻した。結局、一番大きかった街が勝利し他の2つの街は敗れたようで、それらの街からボロボロになったシーヒューマン達が戦争に関わらなかった小さな街へ、とぼとぼ歩いて列を為していた。


 葉山は水槽に浮いたゴミや死体を掬い取り、流石にフグに与える気にもならなかったので新聞紙の上に集めて捨てた。濾過フィルター内のろ材を洗って新しいものを敷き詰め、濾過装置のパフォーマンスを高める事にした。網ではどうしようもない、底に溜まった建物の破片はシーヒューマンがせっせと運んで片付けていた。


 結果的に、500匹はいたシーヒューマンのうち、200匹ほどが死んでしまった。葉山はその数を増やすべく他の生物用の餌で購入していた冷凍エビを4つの街に2つずつ投下した。


 






 


20**年*月*日 飼育16日目


 

 シーヒューマン達が戦争した。めちゃくちゃ死んでしまった。せっかくあそこまで増やしたのに遣る瀬無い気分だ。その死体や汚れを片付けているとき、ふと水面から底の方を覗いたら、ボロボロになったシーヒューマン達がこっちを見ていた。彼らは、俺の存在に気付いているみたいだ。その後エビをあげたら喜んでいた。かわいいやつらめ。






【あとがき】

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: tatenano

Title: SCP-1852-JP - 博士のシーヒューマン観察キット! -

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1852-jp

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