第34話 シーヒューマンは総世主の夢を見るか②

 卵を投入してから2日目。


「か……孵っている!やった、成功だ!」


 この瞬間をどれほど待ち望んでいただろう。寝起きの霞んだ頭が興奮で一気に冴えていく。シーヒューマンが孵化したのだ。よく目を凝らして水槽を見ると、体長1㎜にも満たない生き物が白いサンゴ砂の上を歩行している。霊長類のように直立二足歩行をしているが、体毛は生えておらず顔の造りや質感は魚類っぽい。まさしく海人間だ。それも、1匹だけではなかった。30匹はいる。想定していたよりも数が多い。卵を入れ過ぎたらしい。

 彼らは、自分たちが群れで生きる生物だと認識したようだ。体を寄せ合いながら、水槽内をうろうろと彷徨っていた。ぱくぱくと口をしきりに動かしているようだが、それが呼吸の為なのか会話をしているのかは水中に頭でも突っ込んでみない限り分からない。

 携帯電話からけたたましいアラーム音が鳴った。スヌーズを掛けた目覚ましアラームが出勤しなければならない時刻を知らせる。本当はもっと彼らを観察していたいのだが、趣味の為に金を稼がねばなるまい。朝のルーティーンであるエサやりを各水槽ごとに手早く済まし、ふと疑問が生じた。シーヒューマンは何を食べるのだろうか。付属の説明書には餌について何も書かれていなかった。水槽内に自然発生する藻を主食とするのだろうか。悩んだ挙句、水を汚しにくい性質の熱帯魚用のフレーク状のえさをほんのひと匙与えた。もし食べなかったら帰って掃除しようと考え、名残惜しみながら家を後にした。



 仕事中はずっと上の空だった。彼らは死んでいないだろうか、えさは食べたのかと水槽の事が気になって仕事に集中できなかった。定時になりそそくさと退勤した。帰りにテイクアウトの牛丼を仕入れ、1時間ほどかけて帰宅する。

 家に着くなり、真っ先にシーヒューマンの水槽を見ると大きな変化が現れていた。


「家だ!」


 驚くべきことに、ライブロックを置いた辺りに三角形の簡素な家が3棟建てられていた。まるで縄文時代の家のように見える建物の入り口からシーヒューマンたちが出たり入ったりしている。彼らのサイズに見合った2cm角にも満たない住処だが、確かに住居の体を為していた。そして朝与えた餌を囲んで、せっせと小さく砕き各住処に運んでいる。

 報告書で読んだ少年の記録通り、彼らは居住空間を作って生活を営むようだった。

 葉山はこの素晴らしい生物の記録しなくてはと思った。ネットにアクアリウムの写真を投稿するために買ったSONY製のデジタルカメラを持ち出し、画角を変えながら何枚も写真を撮った。本当はブログに纏めたいところだが、財団に見つかるリスクを考えるとそれはできなかった。本棚を漁り、殆ど使用していないノートを引っ張り出し、そこに纏めることにした。





 20**年*月*日 飼育2日目



 シーヒューマンが孵化した。うみのもとAが欠けていたため人工海水を使用したが、問題はなさそうだ。このまま観察を続けようと思う…


 





 翌朝、目を覚まし水槽を覗く。すると、10匹ほどのシーヒューマンが集落から離れたところにいるのを発見する。


「こいつらいじめられてんのかな?」


 どういう訳か、昨晩まで仲良くしていたはずなのに、その集団は孤立していた。葉山には虐められて集落から追い出された者たちに見えたのだ。村八分という言葉もある。集団には馴染めずに疎外される者たちの集まりが人間だろうが彼れにだろうが、社会的グループを形成するとどうしても出来てしまうものなのだろうか。


「帰ってくるまでに仲直りしろよ」


 共食いなどが起こらない事を祈りながら、葉山は家を後にした。




 


 仕事から帰ると集落が増えていた。元々あった3棟の住居は5棟に増えており、離れたところに1棟、同様の住処が増えている。のけ者にされていた彼らは、種の生存範囲を広げるグレイト・ジャーニーだったのだ。


 こうして、シーヒューマン達は水槽の中に点々と集落を作っていった。この1週間は、彼らの行動範囲が増え、その間にセメントのような素材(いったいどこから調達したのか分からない)で道が舗装されていった。道で繋がったことによってシーヒューマン達の往来が活発になり、それによって彼らの数も100匹以上に増えた。住居は縄文時代のような建物からアップデートされ、木造の小屋のようなものを作るようになった。住宅は密集し、町と呼ぶにふさわしい。

 彼らの食性についても分かったことがある。最初こそフレークを与えていたが、彼らは水槽内に発生するプランクトンを泳いで捕獲しているようだった。更に、最も発展している集落では柵を作り、その中で動物性プランクトンを繁殖させているようだ。彼らは頭がいい。家畜を殖やす事のメリットを良く分かっている。






 20**年*月*日 飼育7日目



 報告書に記載された、9歳の少年の日記と同じような事が俺の水槽内でも起きている。どうやら、シーヒューマンは別の水槽であっても大抵同じ行動をとるようだ。彼らはこれからもっと発展していくだろう。その先にどんなことが待ち受けていようと、俺が管理する限りは大丈夫……。




 ある日、日本の川をテーマにしていた水槽で飼っていたドジョウが死んだ。川で捕獲し、1年間は飼育していただろうか。アクアリウムをしていると飼っていた生き物が死ぬことは珍しい事ではない。どれだけ手を掛けてやっても、魚の寿命というものは人間に比べると圧倒的に短いもので、遠かれ早かれ死ぬものなのだ。それはシーヒューマンにも当てはまる。先日、水槽を上からのぞいてみたら小さな粒が水面に浮かんでいた。エアーから出る空気のあぶくだと思ったが、いつまでたっても割れることは無かった。それもその筈、よく見るとあぶくはシーヒューマンだったのだ。彼らは天寿を全うすると、水面に浮かぶようになるらしい。網ですくって、別の水槽で飼っているフグに与えてみると食いつきが良かったので、それ以降シーヒューマンが死ぬとフグに与えている。

 死んだドジョウをどうしようか悩んだ挙句、そのままシーヒューマンの水槽に入れてみた。彼らの集落の一つのすぐそばにゆっくりと着地する。彼らは急に天から降ってきた見たこともない生物に驚き、建物の中に引っ込んでしまった。その中で勇気のある者たちがそろそろと建物から出てきて、ドジョウに近づく。ドジョウの上に乗ったり、全体をぐるりと眺めてみたりしてそれが亡骸だと気付いたのか、応援隊がいっぱいやってきてドジョウを囲い、なにやら輪になって回り始めた。水面に向かって上体を折り曲げ、天の恵みに感謝しているようだった。



 その瞬間、葉山はこれ以上ない愉悦を感じた。


「よしよし、何か死んだらまたやるからな。」


 ドジョウを食べて数が増えたその集落は、シーヒューマンの数が増えてより大きくなった。




【あとがき】

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: tatenano

Title: SCP-1852-JP - 博士のシーヒューマン観察キット! -

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1852-jp

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る