第31話 波・少女ありて⑦
中古のミニバンに乗せられ連れて来られたのはコンクリート造りの比較的頑強な造りをした建物で、入口には「その怪異、我々にお任せ!」と書かれた札が掛かっており如何にも怪しいカルト宗教に見える。
「あの……やっぱり結構です」
「何を仰るか!無償ですよ?無償で貴方を救うというのに!」
「タダより怖いものは有りません。救けてくれるというのは非常に有難いんですが……」
「まぁまぁ、悪いようにはしませんよ。」
ファンメイは訝しむ橘をのらりくらりとはぐらかしつつ、応接室に通した。ソファに座るよう促され、腰掛けるとカウンセリングの続きが始まった。
「直球に聞きます。橘さん、貴方はどうすればこの悪夢から抜け出せるか心当たりありませんか?」
「……1つだけ。……近くで誰かが寝る事。それが、夢から抜け出す方法です。でも……。」
「その人に移るんですよね。」
ファンメイは続きを予見していたようで、間髪入れずに続きを言って見せた。そして、一息ついて真剣な面持ちで口を開く。
「橘さん、貴方は正義感の強い素晴らしい方です。……貴方の悪夢を除去する為に、今ご提案しようとしているプランは気にいらないかもしれません。ですが、貴方の協力が必要なんです。」
橘も最初から分かっていた。そもそも、悪夢をスマイから引き取らなければいいだけの事だったのだ。保護するべき対象だからといって人の良い振る舞いをしなければ苦しむことは無かった。だが、それをしなかったのは橘のプライドが許さなかったのだ。……それをファンメイは見抜いていた。
「……プランとは?」
「非常にシンプルです。貴方の悪夢を他の人物に移します。そして我々の機関で研究します。」
「その人が苦しむことになるんじゃないですか。そんなの……」
「貴方だってそうしたでしょう?貴方が少女の悪夢を引き取ったのと同じです。それに、我々は専門家です。然るべきところに移すことの何が問題なのでしょう。……ね?我々に協力してください。」
橘は反論できなかった。
****************
「では橘さん、眠ってください。」
「言われてすぐ寝るなんてできそうにないですよ。それより、この方々は……?」
寝転んだ橘の頭部には脳波を感知するらしいセンサーや管が繋げられ、身動き一つとるのもやっとだ。それを観察しているスタッフが3名も脇で待機し、極めつけは――
「どうも。ジャンと言います。いやぁ、光栄だな。こんな美人と寝れるなんて。」
隣のベッドには、オレンジ色のジャンプスーツに身を包んだ、軽薄そうな大男。ヘラヘラと笑う男の頬には大きな古傷があり、服装と相まって米国の囚人を彷彿とさせる見た目に橘は思わず圧倒された。何より、入れ墨がでかでかと彫られているその腕には手錠が掛けられ鈍い光を放っていた。
「こんな状況で眠れと?」
業務の都合上での雑魚寝は平気な性質である橘だが、流石にこのように注目されると寝るに寝られない。眠りたい筈なのに目と脳みそが冴えてしまっている。
「良い夢見れそうだぜ。さぁ、寝るとしようじゃないか。」
混乱する橘を差し置いて、ジャンと名乗った男は眠る気満々だ。彼は何者なのか、何故手錠が掛けられているのか不明だが、この状況が普通じゃないという事だけは理解できる。
「眠れませんか?私オリジナルブレンドの香でも炊きましょうか。いやぁね、自信作なんですよ。ラベンダーがやっぱり良いんですよねぇ、ちょっとトイレの芳香剤みたいでヤダっていう人もいますけど。そこにシダーウッドと白檀と、隠し味を少々……」
「ちょっと静かにしてもらえませんかね」
目を閉じ、無理やり眠ろうと試みるが中々寝付けない。
次第に、香の甘い香りが鼻孔を擽った。ファンメイが香を炊いたのだろう。大自然の中にいるような、それでいて上質な絹に包まれているような心和らぐ香り。全身の強張っていた神経がほぐされ、その隙間に意識がとろけていく。数日分の不足した睡眠時間を補う為に脳は自ずと微睡んでいく。次第に瞼は重くなり、橘はあっという間に眠りへと落ちていった。
【あとがき】
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
Author: KanKan
Title: SCP-1586-JP - 津波警報 -
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1586-jp
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