第27話 波・少女ありて③

「……セナ、セナ!」


「……はッ!?」



 うるさい程心臓が脈打っている。混乱しつつ周囲を見渡すと、間違いなくキャンプ地の自分の寝床だ。汗でぐっしょりと濡れた服が身体に張り付いて気持ちが悪い。隣を見ると、スマイが心配そうに橘の顔を覗き込んでいた。


「セナ、うなされてた。大丈夫?」


「…………夢……。」


 あれは本当に夢だったのだろうか。あまりに生々しい光景だった。

 普段夢を見る時――例えば高いところから落ちたり何かにぶつかったりしても痛みを感じることは無いものだが、今見た夢では確かに痛みを感じた。痛みだけではない。体を踏み付ける人間の体重やアスファルトの凹凸、それにあの熱気・圧迫感は現実よりもリアルだった。果たしてこれほどまでに実感のある夢を見たことがあるだろうか。

 それに奇妙なことに、スマイが訴えかけてきた夢の特徴である、”人がいっぱいいて、押されて倒れて、何人もが自分の上を歩いていく夢”と特徴が一致している。他人が見た夢を、一緒に寝た途端に易々と見られるものだろうか?


「セナも見ちゃったんだね、あの夢……。」


「……なんで分かるの?」


 スマイの言葉は確信のある物言いだった。彼女が自分に悪夢を見せるために一緒に眠るよう頼んだとしたら__?


 そんな、彼女に限ってそんなわけある筈がない。彼女は妹思いの優しい女の子なのだから。



「私と寝たら、同じ夢を見るみたいなの。……ごめんなさい。セナは強いから、あの夢を見ても何とかなると思って…。わざと酷い目に遭わせようとしたわけじゃないの……。」



 ほら、やはり考え過ぎなのだ。変な夢を見たせいでまだ気が動転しているようだ。不安な気持ちを払拭する様にスマイに話しかける。


「怒ってないよ。……それより、今夜はよく眠れた?」


「うん。今日はあの夢見なかったから。サリもぐっすりだよ。こんなに安心して眠れたのは久しぶりね。」



 そう言うと、スマイは優しくサリの頭を撫でた。


「そう……。それはよかった。」




 時計を見ると深夜3時を回っている。自分はともかく、成長期のスマイはもうひと眠りした方が良い。横になることを促した。

 そうしてスマイが眠りについたのを見守ると、橘はシャワーを浴びにベッドを離れた。





 翌朝、寝不足で重い体を引きずりながら、橘はいつものように仕事に従事した。先の内戦でバラまかれた地雷を撤去するため、89式地雷原探知機セットを用いての作業だ。熱帯モンスーン型気候のカンボジアは、蒸し暑い。プノンペンの気温は常に25℃以上で常夏の地であるが、じとじとと湿気が身体に纏わりつくためより一層熱く感じる。炎天下の元、対地雷用の装備を身に着けて重い探知機を持ちながらの作業は実に大変なものだった。

 橘は、無心になって作業をする。しっかり眠ることが出来なかったため頭がぼーっとするが、気を抜くことは出来ない。相手にしているのは地雷なのだ。自分だけではない。人の命を背負っている。失敗することは出来ない……。



 夕方になると、トラックに乗ってキャンプ地へ帰還する。夕食をとり、シャワーを浴びて寝床に飛び込む。くたくたに疲れ切った体は睡眠を欲していた。

 毎日がこの繰り返しだったがこの仕事が命を救うのなら、心地よい疲労だった。その疲労ですら、今は疎ましい。今夜もスマイとサリがやってくるというのに。彼女らが安心して眠れるように添い寝をする予定なのだから。





【あとがき】

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: KanKan

Title: SCP-1586-JP - 津波警報 -

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-1586-jp

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