第20話 懐かしや逃げ水④
暗闇を抜けた先は白濁した淡い空間だった。まるで胎内のようにまどろんだそこに足を踏み入れれば、羊膜に包まれたように視界も白くホワイトアウトしていく。上へ上へと掻き分け浮上すると鏡面が現れ…。
有坂は、高原の道路に出来た水溜まりからひょっこりと顔を覗かせた。どうやら元の世界に戻って来られたらしい。
バケツをひっくり返したような土砂降りの雨は上がり、穏やかな青空が広がっている。
「…何だったん?」
『生存者がSCP-194-JPから帰還しました!D-0419です!』
道路脇に打ち立てられた柱のスピーカーから驚嘆の声が聞こえる。
『D-0419、聞こえるか?お前の本名と生年月日を言ってみろ』
「え?有坂翔馬。1992年7月14日生まれ」
『…大丈夫なようだな。言いたいことは色々あるが。よし、D-0419。そこは危険だ。SCP-910-JPのテリトリーだからな。まずそこから退避しろ。』
「SCP-910-JPってなに?」
『道路標識だ。お前らがちょっかい掛けたアイツだよ。』
水溜まりに落ちる前に出くわした道路標識の存在を思い出す。
「そうだ、あいつ…!!」
また酷い目に遭わされるかもしれない。道路標識が立っていたそちらを振り返ると、寸分違わぬ位置にそいつは居た。転ばされ、変な世界へ送られ、好き勝手にされたことを思い返すと有坂は段々と腹が立ってきた。
「おまえ!散々いたぶってくれちゃってさ。どう落とし前つけてくれんの?」
道路標識は有坂の声に気付き彼の方をちらりと向くが、興味無さげに正面に向き直った。
「おいおい、さっきまでのあれは何だったのよ。標識野郎、聞いてんの?」
『D-0419、もうやめておけ!…いや、頼むからやめてくれ!』
「なぁ?なぁ、なぁ、なぁ!!?」
しつこく突っかかる有坂にうんざりしたのか、標識は彼の方を向くとシャカシャカと盤面の絵を変え始めた。
「えっ、嘘、ごめんってば」
道路標識はかしゃん、と「突風注意」に変わった。途端、有坂に風速50mの猛烈な突風が吹きつける。
「うわわわわ。と、飛ぶ…っ」
有坂は地面に這いつくばって耐えていたが、あまりの風圧に耐えきれずに宙を舞いバリケードまで吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられた。
「うご…ッ」
体がミシリと軋み呼吸が出来なくなる。有坂はずるりとその場に倒れこんだ。突風は止み、再び道路標識に戻ったそいつは再び退屈そうに空を眺めた。
『大丈夫かD-0419?いやぁ、テリトリーから距離を取るには最高の手段だったな。お見事。今からそちらに機動部隊を救護に向かわせるからそれまで耐えろ。…いやはや、お前さん本当にラッキーだね……。』
薄れゆく意識の中そのような事を言われ、有坂は幸運とは何なのかを考えながら気絶した。
【あとがき】
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
Author: ZeroWinchester
Title: SCP-194-JP - 水溜まりの中の世界 -
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-194-jp
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