第17話 懐かしや逃げ水①
一方、SCP財団日本支部 Cクラス職員女子寮302号室
「な、何の御用でしょうか…?」
橘は突然の来客に驚きを隠せなかった。非番の今日は趣味のSPFゲームに没頭してゆっくり過ごすつもりだったのに、寮の自室に見知らぬ上司が2人訪ねてきたのだ。慌てて対応した為だらしない部屋着のままだ。
「C-5290、橘世那か?」
「は、はい」
「私は財団B職員の牧野だ。こっちは吉田。よろしく。」
「よろしくお願いします…。」
よく分からないままお辞儀をするが、Bクラス職員がわざわざ訪ねてくるなんてただ事ではない。Bクラス職員というのは、財団の中でもより重要な機密情報を知る権利を与えられていたり、Cクラス職員を管理する者を管理する立場であったりなど、つまり財団の中で強い権力を行使できるのだ。そのBクラス職員が、いったい自分になんの用があるのか彼女は見当もつかない。
「非番の所悪いが…聴収室まで同行願えるだろうか?」
「えっ…!!?な、ななな…何かしましたか、私。」
聴収室と聞いて橘は顔を青くした。聴収室と言えば、Dクラス職員が尋問される時にしばしば使用される部屋だからだ。
「いや、君じゃないが。話を聞かせてほしいだけだ。ここじゃ良くない。」
せっかくの非番だったのに。そう思いつつも、上司には逆らえないのが世の常である。橘は制服に着替えて支部まで赴く羽目になったのだった。
「…このことは口外するな。Dクラス職員が逃走した。」
「なんですって?そんな事…」
このセキュリティ厳重な施設から逃走することなど果たして可能なのだろうか。それに、例え仮に企てたとして実行するなど狂気の沙汰じゃない。報復が恐ろしいからだ。
橘は嫌な予感がした。
「Dクラス職員が逃走したという話が周りに広がれば、日本支部の権威と信頼は失墜する。口外しないでくれるね?君みたいな若い女性に手荒な真似をするわけにはいかないからね。」
これは脅しだ。財団は女でも子供でも、人類を守ることに支障が出るのであれば記憶処理だって収容措置だって厭わない非情な一面を持っているからだ。
「…えぇ。口外しないことを誓います。しかし、私となんの関係が?」
「SCP-119-JPに関する君の報告書を読ませてもらった。」
「あぁ…先日の。」
「鍵開けで生き延びた奴がいるそうだな?彼の話を詳しく聞かせてくれ。」
橘の予感は的中した。SCP-119-JPの業務で、危機的状況を鍵開けで乗り切ったDクラス職員がいたじゃないか。
「…そんな、まさか」
「そのまさかさ。監視カメラには、彼と仲間1人が補給トラックに潜り込むところがばっちり映っている。マイクロチップのGPSで奴らの居場所は割れているんだ。…逃げただけなら終了処理してもらうだけで良いんだが、奴ら最悪な場所に逃げやがった。補給トラックの行先はどこだと思う?」
「…町、でしょうか」
「ノンノン。Keter《地獄》行きさ。」
2013年にSCP財団日本支部が設置されてから現在まで国内外問わずSCPを数多く収容してきたが、その中で今なお回収ができていない物がある。有坂たちが出会った標識―……SCP-910-JPもその一つであった。
過去に3度回収作戦が実行されたがどれも失敗に終わったどころか財団に多大な損失をもたらしたのだ。その結果、SCP-910-JPのオブジェクトクラスはEuclidからKeterに引き上げられ、特別収容プロトコルは“一般人が近寄らないように見張る“受け身の物に留められている。これは、SCP財団日本支部にとっては苦い記憶であり、戒めとしてDクラス職員以外の全職員は入団時に必ず研修で教えられる最も有名と言っても過言ではないSCPなのだ。橘も例にもれず教わった為、記憶に新しい。
「……彼はどうなるんですか?」
「Dクラス職員の財団からの逃亡は…前例がないが終了処理だろうな。まぁ生きていたらの話だが」
解雇よりも重い言葉。“終了”は財団用語で命を絶つ事だ。当然と言えば当然の処置だが、改めて自分が関わった人間がそのような処分になるというのは胸が痛むものである。
「…そうですか。」
「でも生かしておく事も考えられる。…君の報告書に書いてあったこと、興味深いよ。教えてくれ、彼が有用であることを…。そう、彼の使い道を。」
―――橘は、先日の業務中に起こった事を話し始めた。
【あとがき】
この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。
Author: ZeroWinchester
Title: SCP-194-JP - 水溜まりの中の世界 -
Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-194-jp
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