第16話 転落

「な…なんやこいつ。動きおったで!?」



 まるでその標識は生き物の様に支柱をくねらせ有坂達を目(言わずもなが眼球など付いていない)で追った。


『そいつから離れろ、馬鹿!!』



 スピーカーから聞こえる声は次第に大きく、鬼気迫るもの変わりしきりに彼らを逃がさんと呼びかける。漸く有坂は合点がいった。SCP財団が張り込んで観察するものなど一つしかない。



「まさか…こいつもSCP?!」


 標識の絵がシャカシャカ回転したかと思うと、黄色地に黒いシルエットで描かれた道路標識「スリップ注意」に変化した。



「いってぇ!!」


「うわーーッ!どないなっとんねん!」


 まるで石鹸でも踏んだかのように足が滑り、有坂たちは盛大に転んだ。粗いアスファルトに皮膚が削られ、擦り傷から鮮血が滲み出た。見た目は何ら変化が無いが、地表はまるでガラスの様につるつると滑らかになり地面に立つこともままならない。立とうとしては転ぶ有坂たちを見て標識は無邪気にケタケタと喜んでいた。


「絵が現実になるんだ!」


「こいつ、人で遊んどるわ!」


 標識は、睨みつける有坂をじっとり嘗め回す様に見下した。そして再びシャカシャカと絵が変わり始めたのだ。有坂は息をのんで見守る。これが放射能マークや毒性マークになったらひとたまりもない。標識は激しく形を変え――円に、3本の矢印が刺さった絵――即ちSCP財団のロゴマークに変貌した。


 支柱に一回り小さな長方形のプレートが現れ、「SCP―194―JP」と書かれていた。一体何が起こるのか。有坂たちは体を小さく縮こまらせ、衝撃に備えた。……しかし、なにも起こらない。



「…なんや、何ともないやんけ」


「…よく分かんないけど、今のうちに離れよう」


 「スリップ注意」の絵柄から変わったお陰か、地面は元の粗さを取り戻していた。傷が痛むが、踏ん張って歩くことが出来る。有坂と堀江は支えあいながら立ち上がり、逃げるべく歩き出した。

 雨は相変わらず降りしきり、陥没した地面のあちこちにに水たまりができている。深さ3センチ程の水たまりに足を踏み入れた瞬間――――



「う…っ!お、落ち…」



底なしの水溜まりに2人は落ちていった。


『…何てことだ、支部に知らせろ――あれは――』


 有坂が最期に聞いたのは、スピーカーから聞こえる職員の絶望的な声だった。






【あとがき】

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承3.0ライセンスに基づき作成されています。

Author: sendoh-oroka

Title: SCP-910-JP - シンボル -

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-910-jp



Author: ZeroWinchester

Title: SCP-194-JP - 水溜まりの中の世界 -

Source:http://scp-jp.wikidot.com/scp-194-jp

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