第15話 Keter

 出発してから何時間経っただろうか。ようやくトラックが止まった。有坂が耳を澄ますと、前部座席に座っていた職員たちの声が遠ざかっていくのが分かった。


「おい、起きろ堀江。今のうちに逃げるぞ」


「んあ…。ちょっと待てよ、」


 居眠りしていた堀江を起こし、外を窺うと激しい雨が顔に掛かった。雨で体が濡れるのは不快だが、硝煙が逃走中の姿を眩ませてくれるだろう。目を凝らすと、どうやらこのトラックは深い山の中腹にある駐車場に停められていた。そこに車は数台しかなく、窓から明かりの漏れる仮設のプレハブ小屋が2棟並んでいる。更には物見櫓のような鉄塔が聳え立ち、物々しい空気が漂っていた。プレハブ小屋に掲げられた旗にSCP財団のロゴマークが入っており、どうやら、このトラックは財団の任務中の職員に向けて物資を運んでいたようだ。


「最悪や、財団の連中がぎょうさんおるんちゃうか?今出ていったら見つかってまうやん。」


「いや、今しかない。荷物を運びに戻って来られたら御終いだ。」


 雨のお陰で屋外に出てうろついている人間はおらず、この好機を逃がす訳にはいかない。2人はトラックの荷台から飛び降り、体が濡れるのも顧みず走った。ぬかるんだ地面に足がとられる。



「ほんまにこっちでええんか!?」


「多分ね!兎に角、ここから離れるんだ」


 先ほど車で通ってきたルートとは逆側へずっと伸びる道路に沿って走る。舗装された山道だったが、次第に地面が荒れてきた。何度も舗装し直した跡がまるでパッチワークの様に道路をモノクロに彩っている。立ち入り禁止のバリケードを飛び越え潜り抜け、有坂たちは高原に出た。


 ススキが背高く生い茂った草原の真ん中に一本の道路がまっすぐ伸びていた。だが、道路はめくれ上がり至る所にひびが入り、地割れのような跡が痛々しく地表を傷つけていた。それだけではなく、辺りには衣類の一部や薬莢が散らばっている。

 辺りを見る限り化け物や危険物は見当たらない。一体ここで何があったのだろうか?有坂が思案していると道の脇に打ち立てられた丸太に取り付けられていたスピーカーから、ハウリング音とともに声が聞こえた。


『そこの2人組、止まりなさい!そこは立ち入り禁止区域です!』


「やばい、見つかった!」


「森に隠れよう」


 SCP財団に見つかってしまった。監視カメラが至る所に設置されていることに雨のせいで有坂たちは気付くことが出来なかったのである。だが、わざわざスピーカーから話しかけてくるという事はまだ距離があるということだ。今のうちに森へ身を隠せば追跡を撒ける可能性だってある。駐車場に建てられていた鉄塔が遠くに見えるが、チカチカと光っている。恐らくSCP財団職員が鉄塔の上からも監視しているのだ。そのスコープが光を反射させて点滅しているのだった。



『何をしている!危険だ、今すぐ戻ってこい!!早く!』



 声の主はやたらと戻るように急かしている。まるで有坂たちが逃亡者という事は2の次だとでもいうように。

 有坂の目にあるものが留まった。荒れた道路の片隅にぽつんと立っている標識である。


 どこにでもある、変哲の無い道路標識だ。その脇を走り抜ける。有坂は、違和感を覚えた。その標識は有坂をじっと嘗め回す様に見つめていたのだ。そして、走る有坂達を追って標識の首が捻じ曲がる。

有坂は、漸く気付いたのだ。それが異常アノマリーであることに。

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