第14話 Hyde

 Dクラス職員の寮と一般職員のフロアを繋ぐ出入口は有坂が分かっているだけで4か所ある。その中で最も人通りが少ない、北側にある曲がり角で人目に付きにくい出入口の付近の柱の陰に隠れる。


 そして、外から入ってきた職員……白衣を着ているからおそらく研究者だと思われる男を後ろから組し、首を圧迫する。うめき声をあげじたばたと藻掻いていた男も、ほどなくして気を失った。

 物陰に引きずり込み、有坂は彼の着ていた服とカードキーを拝借して、もともと着ていたオレンジ色のジャンプスーツを彼に着せた。有坂は傍から見ればDクラス職員には見えないだろう。

 これで、「Dクラス職員を引率する研究員」の出来上がりだ。


 有坂と堀江は手に入れたカードキーでDクラス職員の寮エリアから出て、目的地へ向かった。有坂は変装しているとはいえ、エレベーターではあまりにも多くの人間の目に触れる。少しでも目撃される回数を減らすために、階段を利用することにした。

 10分ほど階段を上ると、エントランスのある1階の壁に取り付けられたドアへと通じた。朝の出勤時間ということもあって、人の往来が多い。行き交う人々の中に見知った顔はない。挙動にさえ気を付ければ、人ごみに紛れてガレージまでたどり着ける筈である。

 息が上がっているのを整えて、エントランスを抜けて複雑に張り巡らされた通路の先にあるガレージを目指して人の流れに乗る。先日の出張の時に通ったルートを思い出し、迷いのない足取りで歩みを進める。


「…っ。見られとる…」


「堂々としてよ。バレるじゃん」


 人の視線を感じるたびに堀江は目線を外し、俯く。有坂はそれを横目で見ながら指摘した。この様子だと堀江は今まで脱獄等の経験がないのだろう。自然に振舞おうとして緊張し逆に体に力が入ってしまっているのが丸わかりだ。あえて、悠々と振舞うのが一番良い。自分を異端だと思い込まず、まるで勤続10年目でもあるかのように―あるいは、最近配属された研修生のように。設定を作り、自分の精神に落とし込む。


 本人は無自覚だが有坂には演技の才能があった。


「君」


 背後から呼び止められる。振り返ると、保安職員の男が訝し気に有坂と堀江の二人組を眺めていた。


「はい。何でしょう?」


 有坂は出来るだけ平静を装い、にこやかに答える。


「そのDクラス、手錠はどうした?」


 堀江が手錠を着けていない。そのことを指摘されたのだ。

 Dクラス職員が寮以外に出る場合は手錠を着けられる。仕事内容によっては着けないこともあるが、Dクラス職員用寮から仕事場所までは手錠を着けるというのが一般職員たちのルールであった。



「彼、金属アレルギーなんです。手錠をするとひどく肌が荒れちゃうんです。」


「それは気の毒だが、だからと言って何もしないのは感心しないな。…今回はもういいが、Dクラスの拘束義務を忘れるなよ。縄でもタオルでも何でもいい。気を付けたまえ。」


「わかりました。以後気を付けます」




 有坂は爽やかに言い残しその場を立ち去る。表情に出ないよう、心の中で胸を撫で下ろした。

 ガレージまで無事に到着すると、有坂達は近くに停めてあったエンジンの掛かった幌車トラックの荷台に潜り込んだ。水や非常食が段ボールに積まれており、体が外から見えない様に荷物で壁を作ることもできる。荷台のドアが開いていることから今から何処かへ補給をしに行くらしく、逃走するための車輛として実に都合が良い。


 荷物に紛れ息を潜めていると、暫くして荷台のドアが閉められた。前部座席のドアが開いたかと思うと、談笑しなら二人の職員が乗り込み車は動き出した。




「よっしゃ!これでおさらばやな!」




 これで、財団から逃げられる。まだ完全に逃げ遂せた訳ではないが、ほぼ有坂達の勝利は決まっていたようなものだった。


 トラックは地下に掘られたトンネルを暫く走った。トラックの荷台にかけられたシートの隙間から、オレンジ色の灯りが後方へ流れていく。



「…scp―…監…―交代…。はは、お…―3…。」


 前部座席の2人は絶えず何かを話していたが、ゴ――ッと地鳴りのように響く走行音にかき消され殆ど聞き取ることが出来なかった。今からこのトラックが何処に向かっているのか、少しでもヒントを得たかったが有力な情報は得ることが出来なかった。

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