第13話 ランデヴー

  彼らが日本支部に着いたのは明け方だった。ガレージに到着するなり、有坂は問答無用でストレッチャーガードに乗せられ、医務室へと運ばれた。診断の結果、右耳の鼓膜が破れていたものの命に別状はなく、足のケガが完治するまで一週間の入院を命じられた。なお、入院期間は雇用期間にカウントされない。わざと負傷して入院期間を延ばし3か月の雇用期間をやり過ごそうというDクラス職員の思惑を阻止するものだった。

 有坂は病室の白い天井を眺めながら、今後の事を考えた。

 今回の件で分かったのは、いつ命の危機に晒されるか分からないという事だ。有坂がSCP財団に雇用されてから1か月が経過したが、危険な業務はもう少し経ってから割り当てられると思っていたのだ。あの化け物相手にあと2か月やっていく自信が無くなってしまった有坂は、計画していた財団脱出を実行する決意をした。


 監視のいない病室は宝の山だった。使い道の良く分からない器具に、エタノールや強い酸性の液体。小さな小瓶を拝借する事もできたし、それも身に隠し放題だった。有坂はそれがばれないように毎日少しずつ取っていった。

 入院期間を過ぎてからは、病み上がりという事を考慮されてか暫く軽作業に従事した。


 そして、脱出の為の材料が揃った。雑務の際にこっそり頂戴した金属屑や工具だ。逃走経路も把握済みである。Dクラス職員用の寮を出たらエレベーターに乗り、ガレージを目指す。その後は、トラックの荷台に潜り込んで適当なところで降り、逃走する。そこから先は、その時考えるとしよう。


___決行の時が来た。


 通常業務に戻って2日目。朝、Dクラス職員達が朝食を取るために起きだしてきてから仕事場所へ向かう、このフロアが騒がしくなる瞬間を狙う。

 タイムリミットは始業時間の9時だ。始業時間になっても姿を現さないDクラス職員が居たとなれば、間違いなく脱走を疑われるだろう。脱走がばれてから捜査が始まり館内の警備が厳重になる前にこの建物から脱出しなくてはならない。

 有坂はそろりとドアを開け、周囲を警戒しながら部屋を出た。そのまま朝食を取ろうと誰もいない廊下を歩いていたその時、背後から聞き覚えのある関西弁が聞こえてきた。



「お前、ここから脱獄するんけ。」


「ん?……何の話?」



 有坂は振り向かずに返答する。今振り返ったら、表情で感づかれるかもしれないからだ。



「とぼけんなって。此処から逃げるつもりなんやろ。」


図星だった。有坂は脱出するところを見られるという致命的なミスを犯してしまったのだ。



「俺も連れていけや。やないと、お前が脱走を企てていたことを今ここで大声で叫んでやる。」


「……わかった、分かった。でも俺の指示に従ってもらう。隠れろって言ったら隠れる。伏せろと言ったら伏せる。文句を言わずにな。お前にそれができんの?」


「やるって。任しとき、俺かて昔はようサツ相手に追いかけっこしたもんや。」



 有坂は仕方無くこの関西訛りの男を連れて行かなくてはならなくなった。誰かに脱走がバレてしまった時点で諦めるのが賢い選択であるが、ここがSCP財団だということに加えてこの男に“脱走する可能性がある”ということを知られてしまった以上、口封じをしなくてはならない。いつ誰に漏らすか分からない為にこの軽薄そうな男を監視下に置く必要があるのだが、現在の実に中途半端な状態では男を一人にする方が実に危ないのであった。一人で逃げるのと2人で逃げるのとでは訳が違う。


圧倒的に難易度が跳ね上がる。




「俺はD-7289や。…本名は堀江。よろしく。」


「…D-0419。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る