第4話 肉じゃが

「思ってたのと違う」


 個人の個室が与えられると聞いていたのだが、まるっきり想像と違い思わず有坂は落胆の声をあげた。冷たいコンクリートの床に、簡素なベッド、小さな洗面台。極めつけは丸見えの便器ときた。いわゆる独房連のようにずらりと並んだ扉といい、これでは刑務所とあまり変わらない。連れて来られた際、抗議する間もなく施錠されてしまった。

 刑務所と唯一違うところはパソコンのような機械が据え置かれていることだ。興味本位で少し触ってみるとネットサーフィンを楽しめるような代物でないのはすぐに分かった。電源ボタンを入れてみたのだが、映し出されたのはSCP財団職員用の専用ページだった。いろいろ弄ってみたが、外部の情報にアクセスできるような方法は見つからなかった。暫く携帯電話はおろか碌な電子機器に触れる機会も無かったので少なからず機械に疎くなってしまっているのは否めない。触ってみていろいろ試してみるしかない。


「Dクラス職員の皆様、食事の時間です。開錠中に速やかに食堂へ集合してください。」


 PCに夢中になっていると室内の壁面に設置されたスピーカーから無機質な音声が流れる。言われてみると確かに、腹が減っている事を思い出した。腹時計は正確なようで、昼食を食べてからかなり時間が経っていた。

 指示通り食堂に向かうと、Dクラス職員が列をなしていた。トレーを取って最後尾に並んだ。料理が盛られたプレートを受け取り、人の多さの割に回転率が良いようで、思ったよりも早く席に着くことができた。


「…これは…!」


 カウンターから受け取った料理はここ数年刑務所の臭い飯しか食っていなかった有坂にとって、とてつもなく魅力的に見えたのは言うまでもない。焼き魚の艶やかなタレに、野菜の和え物の緑色が実に映える。盛られた白米も湯気が立ち、艶が美しい。有坂は空いている席に着くなり無我夢中で貪った。


「美味い!」


 こってりとした、焼き魚の照り焼きのたれが頬を緩ませる。素朴な味わいの味噌汁も全身を幸福感で満たしていった。

 有坂はふと、大分昔に味わった母の手料理を思い出す。母の実家が九州だったので、家で出される料理は甘い味付けのものが多かった。特に好きだったのは肉じゃがだ。幼い有坂が旨いといったものだから母は張り切って毎晩肉じゃがを出してくれたものだった。郷愁にふけるとどうしても浮かんでくるのは母親の顔である。


「…母ちゃん元気かな」


 やんちゃこそしていたものの、有坂の家族関係は良好であった。幼い頃に両親は離婚しており父親との思い出は顔が思い出せない程色褪せてしまったが、残された有坂と弟を、母は女手一つで育て上げてくれたのだ。なのに、自身が道を踏み外してしまったことにずっと罪悪感を抱いていた。

 以前は頻繁に面会に来てくれていたのだが独房で厳重に収容される事になったせいで面会が困難になった。最後に顔を見たのは3年程前だ。有坂は晴れて釈放された後具体的な目標が無かったが、母の顔を見に行くのも良いだろう。それだけではなく、今まで苦労させた分の恩返しをするのだ。まっとうな職について、稼げたら旅行でもプレゼントしてやろうではないか。


 美味い飯を食い、目標ができたことで前向きにSCP財団で過ごせる気がするのであった。

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