トリプル転生物語
瑛
第1話
シャーロット・ブロッドレイに前世の記憶が蘇ったのは、目の前で爽やかに微笑む金髪碧眼のイケメンと握手を交した瞬間であった。
電流がつむじから足のつま先にかけて突き抜けたような感覚がして、そのまま一気に記憶にない記憶が脳みそに流れ込む。
その記憶によれば、前世の自分は『乙女ゲームが大好きな成人済みのオタク』であり、それも、正規ヒロインとは別で自分自身との恋愛を妄想するタイプの『夢女子』だった。
シャーロットは目の前のイケメンへと意識を戻す。にこにこと人のいい笑みを浮かべるこの少年は、前世で特にハマっていた『マジカル♥乙女』―――通称『まじおと』―――のメインヒーローであらせられる『エドワード・ヴィルヘルム・キルシュタイン』ではないか。
記憶の中の美麗スチルを思い出し、シャーロットはただひたすらに神に感謝した。
もしかしてこれって、乙女ゲームの世界に転生しちゃった系ですか!?
しかも、正規ヒロインとして……!!
まじおとは、家庭用ゲーム機による乙女ゲームだ。「愛と魔法で世界を救う」をキャッチコピーに、六人のイケメン攻略キャラと共に迫り来る世界滅亡の危機を救うストーリーだった。
ありきたりな設定ながらも、神絵師による美麗な立ち絵と、ヒロインのみならずパーティを組んだメンバーの能力値も育てていかなければならない育成要素を加えたゲームシステムが幸をなし、アニメ化までされた人気ゲームである。
エテール国という全ての人類が魔法を使うことが出来る架空世界で、魔物や魔獣といったファンタジーあふれる生き物も存在している。
人々は大小あれど魔力を有しており、主に「風」「地」「水」「火」「光」「闇」の六属性のうちどれかに属した魔法が使える。
そして、より高度な魔法、魔術、魔法薬学を学ぶための学校「ヴァールハイト魔法学校」に通い、六人のイケメン達と恋に魔法に勉強に頑張るヒロインの物語である。
前世であったスマホなどといったハイテクな機械は無いが、汽車や街頭などのインフラ系統は魔法による動力で補われており、中世ヨーロッパをもとにデザインされた世界観は、これぞ魔法の国! と言いたくなる程だ。
ちなみに王宮制度ではない。王家や公爵などといった身分による格差社会ではなく、政治的部分は大まかに前世と似通ったものがある。この点に関しては、酷く助かったと思う。
身分が上のものには話しかけてはいけないだとか、どの爵位が偉いのかとか、そう言った常識やルールを覚えきれないので、ヘマをして即処刑などという流れは避けることが出来る。この世界観は本当にありがたい。
そんな乙女ゲームのヒロインに転生したシャーロットは、今現在の状況を改めて整理していく。
今日は、物語の始まりである学園の入学式イベントだ。
そして、エドワードと握手を交わしているということは、クラス分けと自己紹介を済ませたその後に、希少価値の高い光属性同士仲良くしようとエドワードから声をかけられた所だろう。
そしてそしてさらに、その光景を見ていたエドワードの幼なじみであり、まじおとにおいてのラスボス『ベリンダ・アルバート・ヴァレンティーノ』の闇堕ちの切っ掛けとなる避けられないイベントだ。
このベリンダはストーリー上ではヒロインをいじめ抜く悪役でもあり、レベル上げでは妨害イベントを起こしお邪魔虫キャラとなり、最終的にはエドワードへの重い愛やヒロインへの醜い嫉妬から魔王に利用され、ラスボスとして倒さなければならないキャラクターである。
つまり、昨今よく目にする『悪役令嬢』というものなのだ。
今現在、エドワードと握手をしているということは……どこかでこの状況をベリンダが見ているということ!
普通、乙女ゲーム転生ものと言えば、所謂『悪役令嬢』側に転生し、さらに記憶が蘇るタイミングは幼少期ではないだろうか。
ヒロインに転生したことは置いといて、なぜこのタイミングで思い出すのだろうか。せめてもう少し思い出すのが早ければ、エドワードに声をかけられる前に逃げ出せたというのに。
どう転んでもエドワードの出会いイベントが避けられないこの状況、きっとベリンダもどこかの影から見ているのであろう。
実を言えば、一途に一人の男を愛し、心のうちで渦巻く葛藤とたたかいながらも、愛憎へと移り変わり自らを醜い姿に変えてしまう描写がとても悲しくて何度も泣く位には、ベリンダというキャラが大好きであった。
あわよくばせっかく転生したのだから、親友とかそういうポジションになれたら、と思うが、この状況ではもはや後の祭りである。
それならばとりあえず、このイベントは特に好感度に影響しないただのメインストーリー上外せないイベントであるし、無難に進めておくか。
なんならベリンダとエドワードが上手くいくように恋のキューピットになってあげるのはどうだろうか?
何せ、エドワードはメインヒーローではあるものの、シャーロットにとっての『最推し』では無いから。
まあ細かいことは後でゆっくり考えるとして、とにかく無難に、シンプルに行こう。
―――この間、僅か三秒。
シャーロットはにこやかに微笑みを返した。
「こちらこそよろしくね、エドワード君」
シャーロットはホームルームで渡された学園内地図を見ながら、寮へと向かっていた。
エドワードとの出会いの次は、所謂お助けキャラの『イノチェンティ・ロペス』との出会いだ。
ここヴァールハイト魔法学校では実家が遠いなどの理由で寮に入ることができ、シャーロットも寮住まいの設定だった。
寮は二人部屋になっており、シャーロットと同室のイノチェンティは攻略対象の情報や好感度を教えてくれたり、悩む主人公にアドバイスをして背中を押してくれたり、なにかと恋の手助をしてくれるサポートキャラクターである。
そして、中にはイノチェンティとの会話からでしか立たないフラグ等もあり、そのうちの一つが前世で『最推し』だったキャラクターとの出会いフラグなのだ。なんとしてもイノチェンティと最速で仲良くなり、フラグを早めにたててもらいたい。そして早く最推しと出会いたい!
寮の扉の前で生唾を飲む。
この扉を開けたら、イノチェンティがいる。シャーロットはドアノブに手をかけ、ひと思いに開けた。
少しツリ目がちの金色の瞳が、驚いた様に振り返ってシャーロットを射抜く。イノチェンティだ。
「びっくりしたぁ、もしかして同室の人?」
「うん! はじめまして、シャーロットって言います!」
「シャーロットだね、イノチェンティです!」
ニッコリと子どものような笑顔で「よろしく」と差し出される手に、シャーロットも笑顔で対応する。
それから部屋の中をぐるりと見渡す。デスク付きのロフトベッドが左右それぞれに置かれており、扉から入って右側には、実家から送っていたダンボールが既に山積みになっていた。
左側がイノチェンティのようだ。
「イノチェンティはもう片付け終わったの?」
「イノでいいよぉ! ていうか実家からは特に何も持ってきてないから、片付けるものが無かっただけなんだけどね」
「そうなの? じゃあ……イノ、頼みがあります」
「何でしょう」
シャーロットは両手を合わせ、イノチェンティへと頭を下げる。
「片付け手伝ってください……!!」
「おっけぇ! さっさと片付けちゃうぞー!」
初めのうちは、聖地巡礼、もとい学園探索をして感動してみたり、実際に授業が始まるにあたり、攻略キャラクターの一人である教師の『メイソン・シュテルネンハオフェン』との出会いイベントを果たしたり、魔法関連の授業や、ゲームの舞台であるエテール国について学んだりして感動してみたり、寮の自室にて服を全て脱いで一旦全裸になり、姿見に映るシャーロットを眺めてうっとりしたりしながら――もちろんイノが部屋に居ない時を見計らってだ――過ごしていた。
そうこうしながら一週間が経ち、新入生歓迎会というメインストーリーで飛ばせないイベントの一つが開かれた訳だが……。
「……どういうことなの」
シャーロットは目の前の光景にただただ頭を抱えていた。
本来ならば、ここでエドワードに話しかけられ、一緒に歓迎会を過ごし、エドワードが少し席を外した際にベリンダに「エドに近付かないで!」と牽制される流れだったはず。
はずなのだが、これはどういう事だろうか。
「ほらベリンダ、君の好きなチーズケーキだよ。ほら、あーん」
「いやあのやめてください、みんな見てるのでほんと、やめてください」
「ふふ、照れてるベリンダも可愛いね」
「べ、別に照れてる訳じゃ……!!」
エドワードはシャーロットに話しかけて来るどころか、一瞥もくれずにベリンダに構い倒していた。
ベリンダに関しては本気で困った様子で、まるでプレイしていた乙女ゲームとの記憶とは差異がありすぎる。え、エドワードってこんなキャラだっけ?
むしろベリンダからの一方的な愛に辟易した描写が多かったのだが、今目の前で繰り広げられているのはベリンダに対するエドワードの一方的な愛だ。
「おー、やってんねぇ」
「あっイノ! ちょ、あれ何?」
皿に乗せられるだけの食料を乗せ、美味しそうに頬張りながら隣に並んだイノに思わず問いかける。
「なんか有名だよあの二人。魔法省の内閣官房長官を父に持つエドワード・ヴィルヘルム・キルシュタインが、幼なじみのベリンダ・アルバート・ヴァレンティーノにぞっこん!! 学生結婚秒読みか!? ――……っていう」
「な、なにそれ!?」
全くもって知らない情報に目が点になる。イノはサイコロステーキを頬張りながら、フォークに新たなステーキを刺して「イノたちもイチャイチャする? あーん」とシャーロットへと差し出す。
シャーロットの違和感はこれだけにとどまらない。イノのこの性格も、プレイしていた時とまるでちがうのだ。良くも悪くも特徴の無いキャラ設定で、こんな変なノリを見せてくることは無かったし、一人称も『イノ』なんて自分の事を呼ぶようなキャラでは無かった。
そこまで考えて、シャーロットにはたと一つの仮定が浮かぶ。
――もしや、転生したのは私だけでは無い……?
差し出すステーキを食べながら考え込むシャーロットを、イノが不思議そうに覗き込む。
「……ねえ、イノ」
「ん?」
「変なこと聞いてごめんね、イノって……」
前世の記憶とかって、信じる?
トリプル転生物語 瑛 @q8_gao
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