第2話
あたしはいつものように、アルーシェの街の石畳を歩いていた。
相変わらず、風がよく吹く。何より、乾いていて冷たい。マフラーを掻き合せながら、足を速めた。そんなあたしに後ろから声を掛けてくる人がいる。
「あの、そこのお嬢さん。ちょっといいかな?」
「……はい、あたしですか?」
「うん、君だよ。君」
振り向くと、目を見張るくらいには良い男がいた。サラサラの金の髪を短く切り揃え、濃い赤紫色の瞳は夜明けを思わせる。かなりの美男と言えるか。そんな人があたしに何の用かな?
不思議に思いながら、男を見た。
「あの、あたしに用ですか?」
「いや、ちょっと。道を聞きたくてね」
「道をですか、いいですよ」
あっさり頷いた。けど、初対面の相手ではある。一応は警戒心を持たなければ。そう思いながらも男に近づく。
「この街はアリーシェで合ってるよな?」
「はい、そうですよ」
「……アリーシェの街にある風の岬亭はどこなのかがわからなくて」
「風の岬亭ですか、あの店なら……」
あたしが道順を教えると、男は熱心に耳を傾ける。
「この街の西の外れだね、分かった。ありがとう」
「どういたしまして」
あたしが踵を返すと、男も歩き出す。こうして、家路についた。
昼間に会ったやたらと綺麗な顔立ちの男の事は、頭の隅に追いやられていた。
夕食を済ませて、あたしはいつもと同じようにウェリナと一緒に後片付けをしている。食器を下げて流し台に持っていき、石鹸をスポンジに付けて洗う。お皿などを洗ったら、水ですすぐ。それをカゴに入れたら、ウェリナが乾いた布巾で水気を拭っていった。全部が終わったら、あたしは布巾を受け取り軽く水で洗った。流し台にある棒に引っ掛けて干しておく。
「ん、終わったね。お姉ちゃん、今日ね。この街にやたらと綺麗なお兄さんと出くわさなかった?」
「やたらと綺麗なお兄さんね、出くわしたわね。道を訊かれたわ」
「やっぱり、風の岬亭の女将さんが教えてくれたの。凄く綺麗で身なりの良いお兄さんが来たって!」
あたしは興味なさげに、相槌を打つ。ウェリナはムッとしながら、言った。
「本当だって、信じてよ」
「いや、あんたの話が嘘じゃないのは分かるよ。で、そのお兄さんがどうしたの?」
「えっと、そのお兄さんがね。ある物を探しているんだって。確か、「綺麗な緑の瞳を持った女性」だとか聞いたよ」
あたしは緑の瞳と聞いて、ドキリとした。実は普段、前髪で隠してはいるが。あたしの瞳は鮮やかな翡翠の色をしていた。
母さんが昔に言っていたか。あたしとウェリナ、エマールのお父さんは違うと。厳密に言うと、あたしの父親はウェリナやエマールのお父さんではない。
そもそも、どこの誰かもわからないが。母さんが絶対に言わないからだ。けど、今ならわかる。あたしの本当の父親は只者じゃないと。勘で何となく、身分が高いお貴族様じゃないかと見当をつけていた。
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