お母さんヒス構文で異世界を救う

「あーっそう」

 無数の魔法陣みたいなものが俺の母さんの周りに浮かぶ。

 そばに居た俺までをも取り込み、母さんと共に一瞬にして視界を奪われる。

 次に目を開けた時には、協会のようなところで、見ず知らずのおっさん共に囲まれていた。

「おお、召喚成功だ」

「良かった、本当に良かった!」

「救世主、女神よ……」

 杖を握りしめて喜ぶおっさん、泣きながら天を仰ぐおっさん、おっさん同士で抱き合うおっさん。

 色んなおっさんに囲まれて、隣にいた母さんが「なにこれ」とこぼす。

 一人のおっさんが、母さんに向かって跪く。

「あなたは、この滅びゆく世界の唯一の希望、女神なのです――!」




「くたばれババァ!!」

「ババァ? どうして貴方にそんな事言われなきゃいけないの。私も貴方もそんなに年齢が離れているように思えないけど。それともなに? 私が年齢より老けてるって言いたいの? 家事も育児も一生懸命やってきた結果がこれ? そうよね。貴方たち男は女にだけ家の事押し付けて、自分は優雅に昼からゴルフなんて行けちゃう人種だもんね。そのせいで疲れてるって言うのに、ババァなんて口がきけちゃうんだ。あーっそう」


「クソっ、いったん撤退するぞ!」

「は? 逃げるの? 男っていっつもそう。いいよね、男は。女は感情的で話にならないとか言うけど、そう言って男だってすぐ話し合いから逃げて勝った気になってさ。わかった、もう話さなきゃいいんだよね。そうやって一生口も聞かず、だまって奴隷しとけってことなんだよね。ハイハイ、わかりました。私は今から何も言いません。どうぞ好きにしてくださーい。知りませーん」


「こいつが女神ぃ? は、弱そうなババァだな。くたばりやがれ!」

「なに? 私が女神って呼ばれてるのがそんなに気に入らないの? 私みたいなのが女神でがっかりした? 私も好きで女神になった訳じゃないんだけど。そんなに文句があるなら、じゃあもう貴方が女神になればいいじゃない。そうやって私から仕事を奪って、私なんて約立たずだと思われればいいと思ってるんだ。そのうち忘れ去られてしまえばいいと思ってるんだ」



 魔王が世界征服を目論むこのファンタジーな異世界で、おっさんどもは言い伝え通り女神を召喚することに成功した。

 だが召喚されたのは俺の母さん。俺はただ巻き込まれただけなのだが、こうして日夜襲い来る魔王の手下をやっつける様は、女神とは程遠い。

 俺の母さんはヒステリックだ。

 元の世界でも、父さんや俺に対してのヒスが凄まじく、辟易していた。

 父さんも父さんでクソ野郎なので、母さんの神経を逆撫でしまくり、毎日のように家庭内は地獄と化していた。

「おい、箸がないぞ」

「箸ぐらい自分でとってよ。私のこと召使いだと思ってるの? 召使いのくせに気が利かなくてごめんなさいね。人間だから忘れることもあるのに、そうやって私の事悪者にして楽しい?」

 なんてやり取りから始まり、

「もういい!」

 と手掴みで食べ始める父さんに、

「またそうやって見せつけるようにして! 私に罪の意識を持って死ねって言ってるんだ。分かりました、もう死にます。死んだらどうせ愛人でも連れ込むんでしょう? その為に死ねって言ってるんでしょう?」

 とヒートアップするなんてことは日常茶飯事だった。

 それはこの世界でも例外なく発揮され、一事が万事この調子なものだから、敵は物理ではなく精神面で多大なるダメージを受けているようだ。

 形はどうであれ、魔王軍の戦意はゴリゴリと削られていく。


 母さんと俺を召喚したおっさんどもは、こんなはずじゃ無かったと頭を抱えていた。

 ただ召喚するための魔法陣は何一つ間違っていなかったらしく、実際にこうして十分な戦力を振るう母さんに「まあいいか」と召喚を命じたこの国の王様も納得はしたらしい。


 凄まじい勢いで魔王側の刺客を倒し、とうとう魔王の元へたどり着く。

 魔王が建てたらしい城の中は薄汚れていた。

 母さんはずんずんと奥に進んだあと、唐突にピタリと足を止めた。

「待っていたぞ、女神とやら」

 奥の絢爛豪華な椅子に足を組んで腰掛けたイケメンが、ニヤリと不敵に笑った。

 その途端、母さんは不機嫌そうに「はあ〜あ」と、わざと声に出しながらため息をつく。

 どんなヒス構文が来るのか、俺はごくりと生唾を飲む。

 そうして母さんが口を開いて――。




 目覚ましの音で目が覚める。8時、遅刻確定だ。

 階段をどたどたと駆け下りながら、急いで洗面所に向かう。

 母さんはそんな俺を見て「そんなにうるさくして、あんた母さんが起こしてないって言いたいの? ちゃんと起こしました。でも起きなかったの。遠回しに責めてるんだ、起きるまで起こさなかったこと。そうやってあんたのこと起こすだけの目覚まし時計になって、そのまま一生を終えればいいんだ?」といつも通りのヒスが止まらない。

 俺はそれをいつもの様に受け流し、宥めながら、歯ブラシに歯磨き粉をつけた。

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