第1話 石像コレクター

太陽が真上から少し西に傾いた頃、馬車を止め休憩を行なった。

あたりはまだ森だ。

ひとまず水と食料の調達を行う必要がある。


かぐや「では探しましょうか」


マウリーに手を引かれながら馬車を降りたかぐやがあたりを見回しながら言う。

その後メイジーは馬車から水を入れる大きなボトル2本と、食料を入れておく編みかごをかぐやが作った小型の荷車に乗せた。

そして空いたスペースにかぐやとマウリーが座った。


メイジー「……で?どっち行くんだ?」


かぐや「とりあえず水を探したいわ。山方面の森に入りましょう」


メイジー「へいよ」


メイジーは荷車を引き、三人は森の中に入っていった。


………


メイジー「何だこれは……!?」


太陽も傾き始め、空の青に薄っすらとオレンジが混ざり始めた頃、森に少し開けた場所があった。

そこには様々な大型の動物、そして人の形をした岩の彫刻のようなものが無造作に転がっていた。

かぐやはそれをチラミし、鼻を鳴らす。


マウリー「……悪趣味ね」


かぐやの意見を代弁するかのようにマウリーがつぶやいた。


メイジー「はー……奇特なやつもいるもんだ……こんな森の中で……」


彫刻を横目に更に道を進む。

運良くそこから30分ほど進んだところに湧き水が溜まっている湖があった。

かぐやが水質を確かめ、飲めるとのことなので湧き水をボトルに詰める。

その後、食料を集めていると日が暮れたので湖の近くでキャンプすることにした。

パチパチと焚き火の中で薪が音を立て、火花を散らす。

初秋も過ぎ、秋も半ば。日が沈むとやはり寒くなってきていた。


メイジー「あ~~ぐっ……むぐ、んぐんぐ(肉を食いちぎり、咀嚼)」


今はみんなで焚き火で焼いたうさぎの肉を食べている。


かぐや「……あら、マウリー。そのお肉はまだ半生ね。もうちょっと焼きましょう」


マウリー「……あ、本当ですね。焼き直します」


かぐや「いい子ね。メイジーくらい胃袋も筋肉なら大丈夫でしょうけど、あなたは流石にやめておきなさい」


メイジー「……(舌打ち)いちいち突っかかってくんな~……誰だよ、敵に襲われないように早めに食事は終わらせろとか言ってたやつ」


かぐや「あら?誰かしらね、そんなこと言ったの」


メイジー「てめえだろうが!!」


メイジーはそう言いながらも焚き火の前に肉の刺さった棒を戻した。


老婆「もし……そこのお三方」


不意に声が落ちてくる


メイジー「誰だ!?」


見上げると、近くの木の上に老婆がひとり座っていた。


マウリー「……いつの間に」


マウリーの表情も険しくなる。


老婆「すいません……今宵は寒く焚き火にあたらせていただきたいのですが」


その言葉にメイジーとマウリーはかぐやを見る。

かぐやはすぐ笑顔になり、


かぐや「ええ、よろしいですよ?どうぞ降りてらしてくださいな」


と答えた。


老婆「ありがとうございます、お優しい方。しかし私は動物が怖く、今は降りることができません」


かぐや「動物……?動物などここにはいませんが……?まあ、人間を動物とするのであれば別ですが」


やや皮肉をこめた言葉にメイジーが呆れ顔になる。


老婆「いえ……そこの赤い服をまとった……馬と鹿が合わさったようなものがいるではないですか」


メイジー「おいババア、てめぇ」


かぐや「あら、この瞬間に獣の本質を見抜くとは……只者ではありませんね」


メイジー「てえはどっちの味方なんだ!?」


老婆「ほっほっほ!なのでどうかそいつを無力化してくれんかねぇ」


言いながら老婆が杖を振りかぶり、かぐやに向かって投げる


メイジー「ちぃっ!!!」


メイジーが反射的にかぐやの前に出、大きな方のバタフライナイフを即座に組み立て杖を弾く


メイジー「何しやがっ――え!?」


バタフライナイフを持っている右腕が急に重くなる。

見ると、ナイフは岩の彫刻になっていた。


マウリー「……魔女!!」


マウリーがポケットからマッチを取り出す。

メイジーが意識を老婆に向け直すが、老婆はすでに次の杖を投げていた。


メイジー「クソっ!!!」


一瞬、敵から気をそらしたが最後。

飛んでくる杖に反応はできたが、振りなれたナイフの重さが変わっていたため杖を弾くことができず


マウリー「メイジー!!」


メイジーは岩の彫刻と化していた。


老婆「さぁ~て、まずは一人。見るからにヤツは物理属性だったからのぉ。流石にワシも若い娘のように動き回れんのでの」


そう言って老婆は木から飛び降りる。


老婆「お主らも、ワシのコレクションにしてやろう」


老婆が杖を掲げ、再度かぐやに向かって投げる。


マウリー「っ!!!」


マウリーが手元でマッチを擦り、火をおこす。


老婆「なっ!?」


おこした火は生き物のようにうねり、かぐやに向かって飛んでいた杖を燃やし尽くした。


かぐや「……ここに来る道中、人や獣の形をした岩を見ましたが……あなたの作品ですか?(落ち着いた優しい声で)」


老婆「おおー気づいておったか!そのとおり!そしてお主らもあそこに飾られるのじゃ」


かぐや「ふふ……」


老婆「……ん?」


かぐや「ふふふふ……あっはっはっはっはっは!いや~良かった!本当に良かった!!」


すっと、かぐやの目が細くなる


かぐや「あなたが敵なのであれば容赦する必要はないですからね。マウリー!」


かぐやの呼びかけとともに、マウリーは右手の人差指、中指、薬指、小指の間に挟んでいたマッチを箱の横のリンにこすりつけ火を付ける


マウリー「……はぁっ!!」


マッチは勢いよく燃え上がり、大きな火の波となって老婆に襲いかかる


老婆「なんと!?小癪な!!」


老婆が炎に包まれる

その瞬間、炎が石化した


マウリー「ちっ……炎を石化させてその中に身を隠したか」


老婆は炎を石化させた岩の中に隠れてしまった


マウリー「ふひ……いひひひひひひ!それならぁ~~」


マウリーの目の焦点がずれる。

今までの言動とは比べられないほどハキハキと動き始める。


マウリー「蒸し焼きにしてやるよ!!」


右手の指の間に2本ずつマッチをはさみ火を付ける。


マウリー「おるぁあああ!!!」


火が一斉に魔女のシェルターに襲いかかる


マウリー「ほぅら、ほーーら!あと何分耐えれるかなぁ~?ひひひひひ!!」


マウリーが狂ったように炎を岩に叩きつけ続ける。


かぐや「……さて、と。そろそろね。」


それを横目に石化されたメイジーにかぐやが近づいていく。


かぐや「いつまで寝てるの、メイジー」


そう言ってメイジーの肩に手を乗せる


メイジー「……かはっ!!あー……やっと呼吸できるようになったぜ……」


すると石化は瞬時に解け、メイジーは苦しそうな顔で座り込む。


かぐや「休んでいる暇はないわ、行くわよ」


メイジー「あいよ……っと、こいつはもう使えないな」


メイジーの石化は解けたが、バタフライナイフの石化は解けてはいなかった。

メイジーはその場にバタフライナイフをそっと置き、あたりを見渡す。


メイジー「状況は……あれか?」


狂ったように炎を浴びせ続けるマウリーを呆れた顔で見ながら、メイジーはかぐやに聴いた


かぐや「そうね。でも、念には念を入れたくなるのよ。行くわよ」


メイジー「へーへー……お姫様」


………………………

………………

………


少し離れた森の中を老婆が走っていた。


老婆「はっ、はっ……手練じゃったか……」


物理攻撃のやつを無力化すれば魔法勝負であれば自分の方が上手に出れると思った。

あのパイロキネシスト、おそらく只者ではない。

マッチという小さな火種を瞬時にあれだけ火に成長させ操ることができるのは、並々ならぬ力がある証拠。


老婆「ふ~……しかし、となると余計にワシのコレクションに加えたくなるのぉ」


走るのをやめ、木にもたれかかる。


老婆「……ん?」


ストン、と軽やかな音が頭上から聞こえたので上を向くと


老婆「っんな!?」


メイジー「よー、ばっちゃん。さっきのお礼にやってきたぜぇ?」


先程石化させたはずの少女がニヤニヤしながら木の枝にしゃがんでいた


老婆「何故、お主……!石化が解けておるのじゃ!?」


これまでどのような魔術師も破ったことがない自慢の魔法だ。

森の中の岩にされた人々が、未だにあのままなのがこの魔法が難解である証拠だ。

ましてや初見で破るなんてありえない……


老婆「お主ら、ワシを討伐しに来た軍隊か!?研究を重ね、魔法を解く方法がわかったのか!?」


メイジー「んなわきゃない。ただの旅人だよ。ただ、旅の目的はお前を始末することだけどな」


老婆「このっ!!」


老婆が杖を投げつける。

メイジーは大きく跳躍し、老婆から少し離れた場所に着地した。

杖は空を切り、魔女のもとに落ちていく。


老婆「はぁっ!!」


再度老婆は杖を投げる。

メイジーは小型のバタフライナイフを展開し、杖に投げつけ、杖を弾く。


老婆「なんの――いっ!?」


老婆が再度杖を生成し投げようとしたが、追加で投げられたメイジーのバタフライナイフが肩に刺さり杖を取り落とす。


メイジー「残念、種はもう割れてんだ」


バタフライナイフの片側の柄を持ち、くるくると回転させながらメイジーは笑む。


老婆「くそっ……」


老婆は肩に刺さったナイフを引き抜き、石化して砕いて捨てた。


メイジー「おーおー……モノは大切にしろって教わらなかったのか?」


老婆「ほっほっほ、モノついでに”者”も大切にしてくれんかのぉ」


メイジー「あれだけの仕打ちをしてきたくせによく言えんな、お前」


カチンとバタフライナイフを固定し、老婆に向ける。

老婆は焦りを見せながら後退る。


かぐや「……そこまでよ、メイジー」


ナイフを構えたメイジーの後ろからかぐやが近寄ってくる。

メイジーは一歩下がりかぐやを通した。


かぐや「ここまで来るのはなかなか苦労しましたわ。わたくし、あまり体力がある方ではございませんので(優しい笑顔で)」


微笑みながら老婆に語りかけるかぐやの言葉を聞き、メイジーは呆れ顔になる。


老婆「ほっほっほ、別に追ってきてほしいとは頼んでおらぬのじゃがな」


老婆が杖を構える。


かぐや「いえいえ、貴婦人をこの森に一人でいさせるわけにはいけませんので」


しかしかぐやは臆することなく、にこやかに老婆に近寄っていく。


老婆「心配はいらんよ……この通りなっ!!!」


老婆がかぐやに杖を叩きつける。


老婆「……え?」


かぐやは杖を左手でしっかりと受け止め、右手で老婆の顔面を掴む。


老婆「な、何故じゃ!?何故石化せぬ!?」


かぐや「さ~て、なんででしょうねぇ~?(ニヤリと挑発するように)」


かぐやの顔が豹変する。

邪悪な笑みを浮かべ、老婆をそのまま近くの樹に押し付けた。


かぐや「残念でした、私は今は最強モードなんですよ~~」


彼女の表情を見ずに声だけ聞くととても穏やかな口調だ。

しかし、顔は戦闘を楽しんでおり闘志と殺気が身体からにじみ出ている。

月の明かりに照らされた彼女の顔は間違いなく戦闘狂のそれだった。


老婆「お主らっ!何が目的じゃ!!」


かぐや「私達はこの世界を汚染から守っている」


かぐやの猫かぶりがほころび始める


かぐや「お前ら魔女……失敬。お前ら悪を喜ぶ魔女共はいわゆる癌だ。食物連鎖に関係なく命を削るからな」


かぐや「だから私が始末してあげるのよ。私はそのために生まれてきたのだから!!」


老婆「お主も魔女じゃろ!!何故同士を襲うのじゃ!!」


かぐや「同士?一緒にしないもらえるかしら、低級魔族が!!少し力を持ったからってえばり散らしやがって!!」


老婆「だがお主も魔女じゃろう!!何が違う!!?」


かぐや「ふふっ……私はね、『命』を扱う魔法を使うの」


老婆「命……?」


かぐや「竹から生まれた小さな女の子は、3ヶ月ほどで成人し、育ててくれたお爺さんとお婆さんに不死の薬を渡して月に帰ってきましたとさ」


かぐや「私は月の住人。月の魔女。あなたに勝ち目はないのよ」


老婆「はっ!!生まれが月ってだけで勝ち誇るなよ小娘が!!それならこの土地すべてを石化させてくれるわ!!」


かぐや「あ、そう。じゃ、さよなら」


老婆「――がっ…………」


老婆が白目をむき、その場に崩れ落ちる。

かぐやはその亡骸を冷たい視線でしばらく見つめ、無言でメイジーの方を向く。


メイジー「お疲れさん」


かぐや「ええ、疲れたわ」


二人は並んでマウリーのいる場所に向かって森を歩き出す。


メイジー「……ありがとな、かぐや」


かぐや「何がかしら?」


戦闘も終え、かぐやは猫かぶりモードに戻っている。

この豹変にももうなれたもんだ。


メイジー「石化から直してくれて」


かぐや「何を今更。ま、バツは与えたから問題ありません」


メイジー「バツ?」


メイジーがかぐやの顔を見る。


かぐや「……何分間、あなたは無酸素で苦しんだのかしらねぇ?」


邪悪な笑みでかぐやは答えた。


メイジー「……お前、戦闘中で助けられなかったんじゃなくわざとに……!?」


かぐや「おほほほほほほほほほ」


メイジー「かーー!!性悪女!!」


かぐや「……ま、冗談よ」


メイジー「冗談?」


かぐや「月が出ていなかったのよ、途中までは。後はマウリーがアイツを追い込むまで待っていたわ」


メイジー「ま、冗談ならどっちにしろ性悪女だな。クソみたいな冗談言いやがって」


かぐや「……ホント、たいそうお口が悪いようで」


二人は向き合って笑い合う。


………………………

………………

………


かぐや「マウリー、もういいわよ」


マウリー「あぁっ?!(すごむ感じ)……あ、かぐや様、おかえりなさい(いつものダウナー系マウリー)」


あの後、ずっと燃やし続けたのだろう。

岩の部分は焦げて白色に、その周りは焼け野原になっていた。


マウリー「……メイジー、生きてたんだ」


メイジー「おうよ」


マウリー「……残念」


メイジー「てめえな……」


かぐや「ふふっ、マウリーはメイジーが石化たときに心配していたじゃない」


マウリー「……気の所為っ……です(慌てて取り繕って、敬語を忘れていた感じ)」


メイジーはそれ以上言及せず、自分の大きな方のバタフライナイフを拾いあげる。


メイジー「おー……戻ってんな」


チャキチャキと振り回し、ナイフの部分を柄に収める。


かぐや「なら、あそこにあった石像たちは元の姿に戻ってそうね」


メイジー「そうだな。見に行くか?」


かぐや「いいえ、大丈夫でしょ」


興味がなさそうにかぐやはキャンプをしていた焚き火の前に戻る。

うさぎの肉は完全に黒焦げになっていた。

かぐやが笑顔でメイジーの方を振り向く。


メイジー「わーったよ……たっく……夜に肉を得るのがどれだけ難しいか……」


メイジーは頭をかきながら森に入っていった。

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