第4話 札付きのワル

「だけどじいちゃんが亡くなって姪が理事長になってから、あそこはいろいろとおかしくなってしまった」


 暗い表情で、倉田刑事は続けました。

 いつも笑顔が爽やかな倉田刑事が、そんな暗い表情を見せることがあるなんて……。


「もし、あの時まだじいちゃんが生きていたら、あんな事件は起きなかったはずなんだ。

 琴音が殺されて、菜月がその殺人の被疑者になるだなんて……」


 琴音さんと菜月さんは、ともにまきば学園で育った子供たちです。

 大輔君は学園のすべての子供たちを大切なきょうだいのように思っていましたが、そのふたりは特別だったそうです。

 多くの子供たちが1、2年で家庭に戻るなかで、琴音さんは6歳、菜月さんは3歳の時からずっと学園で育ったので、それだけ長い時間を大輔君とともに過ごしたからです。


「だけど、あの事件がなかったら、先輩との出会いもなかったんだよな……」


 昔を思い出すかのように遠い目をして、倉田刑事は呟きました。


「あの頃、俺は琴音殺しの真犯人を探しだして菜月の濡れ衣を晴らそうとして、いろいろ調べてた。そのせいで、黒幕が雇った殺し屋に生命を狙われて」


 そこまで言うと倉田刑事は私の方を見て、いたずらっぽい笑顔を浮かべました。 


「そこを助けてくれたのが当時まだ新人で交番勤務だった先輩で。

 あの時の先輩のカッコ良さったら、スミレさんにも見せてあげたかったっすよ」


 それは、私もぜひ見たかったですね。


「しかもその後、真犯人探しも手伝ってくれて…。

 そもそも管轄外だし本来の職務もあるし、それがどんなに大変なことだったか、自分が警察官になった今なら、すごくよく分かる」


 なるほど。

 それで無事、菜月さんへの嫌疑が晴れたので、大輔少年は新里警部補を――当時はまだ巡査でしたが――慕うようになったのですね。


「それに菜月の両親が亡くなった時の状況まで調べ上げて、菜月に伝えてくれた。そのおかげで、それまでトラウマで喋れなかった菜月が喋れるようになって……。

 冤罪を晴らしてくれたこと以上に、そのことを菜月も俺も感謝してる」


 菜月さんは今では倉田刑事の奥さんです。

 そんな経緯いきさつがあったのなら、双子ちゃんの命名にも納得です。


「でも先輩がスゴイのって、それだけじゃないっていうか、むしろそれ以外なんすよね。

 俺が――俺だけじゃなくて学園のみんなが――ただの糞ババアだと思ってたじいちゃんの姪が、どうしてあんな金の亡者になってしまったのか。どんな悲しい過去があって、ああなってしまったのか……。

 そんなことまで全部調べて、俺たちに話してくれて」


 再び、倉田刑事は昔を思い出すかのように、遠くを見る目になりました。

 それから、私の方をまっすぐに見つめて続けました。


「先輩はね、どんな札付きのワルでも否定しないんすよ。

 まず、理解しようとする。

 かくいう当時の俺が少年課から札付きのワル扱いされてたんで、警察に対する不信感の塊みたいになってて…。

 自分で真犯人を探そうとしたのも、その警察不信が原因だったんすけど」



 ああ、だからか……と、私は納得しました。


 

 取り調べのとき、相手に理解を示す捜査員は決して少なくありません。

 でもその大半は供述を引き出すという目的のために、理解しているをするだけです。


 何度も罪を犯し幾度も逮捕されている犯罪者さんたちは取り調べにも慣れていますから、そんな表面だけの「理解」なんてすぐに見破ってしまいます。

 そんな犯罪者さんたちが「親身に話を聞いてもらえて感動した」と言うからには、新里警部補が彼らに示したのは、理解したふりでないのはもちろん、上辺だけの浅い理解でもないのでしょう。


 10年前、大輔少年は札付きのワル扱いされていた彼を信じただけでなく、学園の嫌われ者で金の亡者と思われていた理事長を一人の人間として見つめ、理解しようとした新里巡査から、人を信じることの大切さを教わったのかもしれません。

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