第2話 アヤシイ企み

「スミレちゃん、聞いてよ~」


 草木も眠る丑三つ時。


 こんな時間ともなると、刑事課の大部屋には誰もいません。

 正確に言えば、土屋刑事と私を除いて誰も…です。


「何でオレってこんなに事務処理、苦手なんだと思う?

 ちゃんと新里警部補に書き方のポイントも、誤字脱字をチェックするソフトの機能も教わって、上から怒られる回数はだいぶ減ったんだけどさ……」


 いわゆる「体育会系」でいつもは滅多に弱音を吐かない土屋刑事ですが、さすがにこんな時間まで書類作成で残業となると、愚痴のひとつも出てしまうようです。

 まあ他に私しかいないので、素を出しやすいというのもあるのでしょう。


 土屋刑事に限らず、私が相手だと皆さん、本音で語ってくれます。

 そうやって情報が向こうから集まってくるので、私が自然と「刑事課のヌシ」と呼ばれるほどの情報通になったのです。


 ヌシに対して「スミレちゃん」呼びは少々失礼ですが、それは大目にみましょう。


「てか、知ってる?

 新里警部補ってまだ交番勤務だった新人の頃から、刑事課のアイドルって呼ばれてたって話」


 パソコン画面に向かい、キーボードを叩きながら土屋刑事は言いました。


 お喋りしながらも、ちゃんと仕事を続けようとするのはエライと誉めてあげるべきでしょうか?

 余計なことを喋ってないで集中した方がミスは減るんじゃないかと思いますが、そうやってお喋りでもしていないと、深夜にたった独りで残業する寂しさに耐えられないのでしょう。


 それに、喋ってくれないと私が情報を集められませんし。


 なのでここは敢えて何も言わず、黙って聞き流すことにします。


「それって今から10年くらい前の話だけど、当時40代後半以上のオジサン達はほとんどパソコン使えなくてさ」


 世の中にパソコンが広く普及するようになったのは、だいたい西暦2000年以降の話ですね。


 今から10年くらい前となるとパソコンが普及して10年以上、経った頃なので、捜査書類もパソコンで作成するようになっていました。


 でも当時40代後半以上の方々というのは、パソコンが普及し始めた頃には既に30代後半以降だったことになるので、刑事の激務をこなしながらパソコン操作を覚えるのは――人にもよりますが――ちょっと厳しかったようです。


 刑事ドラマなどでは刑事が捜査書類作成で残業する姿なんて描かれませんから、刑事が大量の書類を作成しなければならないなんて、知らずに刑事に憧れて警察官になる若者も少なくありませんしね。


「新里警部補は最初から刑事課配属を希望してたから、交番の仕事を終わらせてから刑事課に顔を出して書類作成とか手伝ってたらしい。

 で、パソコンが使えないオジサン達からかなり重宝がられて、もうほとんど偶像アイドル並みの扱いだったって…」


 もちろん、知っていますよ。


 私を誰だと思っているんですか?


 むしろ、仲竹警察署刑事課で語り継がれているほど有名なお話です。


「で、うちの課長も副署長もあの当時、新里警部補を偶像アイドル扱いしていたオジサン達だから」


 そこまで言って、土屋刑事はニヤリと笑いました。


「警部補の名前を出せば、イヤとは言えない筈だ……」


 おやおや……。


 土屋刑事はさっき、ヒソヒソ何かを企んでいたアヤシイふたりのうちのひとりです。

 どうやらふたりの陰謀は、刑事課長や副署長まで巻き込んだ大事おおごとのようです。


 むしろターゲットが刑事課長か副署長で、新里警部補が巻き込まれる形でしょうか?

 だとしたら、「邪魔」扱いされて「排除」されようとしているのは倉田刑事ということになりそうです。


 何しろ倉田刑事はいつも新里警部補と一緒ですから、新里警部補を企みに引き込みたかったら、どうしても倉田刑事の存在は邪魔になります。


 これは倉田刑事のピンチです。


 何とかしてあの可愛いワンコ――じゃなかった、倉田刑事――を助けなければ。

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