5:剣・鏡・玉
「おい
棚の奥の闇から届く声に、今日はきちんとカウンター内の椅子に座った鏡子は、頭の天辺から足の爪先までクラシカルロリータファッションに包んだ身を乗り出して声を張り上げる。
「わたしじゃなくてタマが売ったの。若くて強欲なおねーさんに」
「タマが!?」
おねーさん、の一言に敏感に反応した剣は、すぐさまカウンター前に引き返してきた。鏡子とは対照的に、今日も至ってシンプルな服装だ。当のタマは、カウンター上ですました顔をしている。
「おいおい大丈夫かよ、ちゃんと蠱毒って解って買ってったのか?」
「ニャーゴ」
「やっぱり……」
「でも特に説明も求めなかったみたいよ? そしたら自業自得でしょ。彼女の願いどおりの品なのは確かだったんだから」
「ニャー」
目許を掌で覆って溜め息をついた剣とは反対に、鏡子は切り捨てるような感想を呟いた。タマもどこ吹く風といった風情である。
多くの蟲を閉じ込めて共食いさせ、残った一匹が金蚕という強力な呪物となる蠱毒。きちんと祀れば持ち主に富をもたらし、その糞を憎む相手の飲食物に混ぜて毒殺することもできる。
きちんと祀る――――餌として錦を、そして
その飼育方法を守らなければ、金蚕は飼い主を食い殺す。その習性を利用し、呪う相手に糞ではなく金蚕そのものを送りつける呪法すら存在するくらいだ。
「まあでも、ある意味よかったわよ。その人がちゃんと金蚕を飼い慣らしてたら、標的は剣がエロースの矢を売ったお客さんよ?」
「え? それは困る、すげえ困る! 国際問題になる!」
一瞬で顔色を変えた剣に、鏡子は改めて冷めた一瞥を向ける。
「でしょ? だったらもう、ぐちぐち言わないの。剣は本当、女性客には甘いんだから」
「それの何が悪い」
「別に悪くはないけど、今回に関しては、女のほうが男よりよっぽどしたたかよ。タマのお客さんも大概腹黒だけど、剣のお客さんも相当曲者じゃない。タイムマシーンなんて真顔で言ってきたわたしの客がアホ可愛く思えるわ」
剣は堂々と己の性分を正当化するが、鏡子に軽く流された。
「金の矢と鉛の矢、セットで買ったんでしょう?」
「で、金の矢で浮気夫に、鉛の矢で不倫女に傷をつけた、んだろうな」
「ニャーオ」
エロースの矢と言えば、射抜いた相手を恋に落とす金の矢ばかりが有名だが、実は対となる鉛の矢もあり、こちらは逆に、恋に嫌悪感を抱かせる。それを用いることで、浮気夫は恋に狂い、逆に不倫女は恋を拒むようになった。
それだけなら悲喜劇で済んだだろうが、不倫女が金蚕の飼い主でもあったために、事態は惨劇と化した。金蚕の世話を怠った不倫女は食い殺され、全身全霊を捧げて愛した女性を無残に失った浮気男は悲嘆し自ら命を絶った。因果応報と片付けるにはあまりに凄惨な末路だった。
では、残された元妻は。
「でも、まさか彼女がうちに客として訪れて、しかもエロースの矢を買ってくなんてね」
「ニャー」
「気づいたときは仰天したぞ。もう秋も終わるし、今頃本当の旦那と改めて再会してるだろ。まあこれで恩を売れたから、しばらく向こう方面の買い付けには困らないな」
二人と一匹は、常に黄昏に包まれた店の中で笑い合う。
そこに、小さく軋みながら扉の開く音が混じった。女主人より店を任された店番たちは、一斉にそちらを見て声を揃える。
「いらっしゃいませ」
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