58:届けアタシは恋のキューピッド

 ――マズい!


 シャノンはもうすでに神官に囲まれている。

 ここから直線距離で走ったとしても間に合わないだろう。


 アタシは頭をフル回転させて、今できることを模索した。


 ここから本気でジャンプすれば届くか? それとも神官たちに向かって魔法を放って牽制するか?


 考えるうちに、シャノンが塔の手摺に登るのが見えた。


 彼女は何かを叫ぶ。

 そして、持っていたサイリウムを叩いた。


 その音は、助けてというシャノンの叫びのように聞こえる。

 その光は、ここにいるというシャノンの思いのように見える。


 そのとき、彼女の体は風に吹かれて体勢を崩した。


「シャノン!」


 クレイヴが叫ぶ。

 塔からこぼれるようにシャノンの体が落下する。

 

 シャノンの霊獣【フェネクス】なら浮遊できるかもしれない。

 

 けれどそれができなかったら?

 たとえ浮遊しても上手く着地できなかったら?


 シャノンは無事では済まない。

 

 どうすればいい?

 どうすれば助けられる?


 アタシは一つの賭けに出た。


 一人の力じゃどうしようもない。

 けれど、ここにいた。

 ゲームの攻略対象が、本当の王子様がここにいた!


 アタシはクレイブの後ろ首と腰のベルトを掴む。


「ウィナフレッド!? な、なにを――」


 何をするかなんて説明している暇はない。

 けれどどうにかしてみせる。だからアンタもどうにかしてみせろ、王子様!


「届け! アタシはッ――」

「うおぉっ!?」


 アタシはその場で体ごと回転して、砲丸投げの要領で勢いをつける。

 そして――。

 

「恋のキューピッドオォォォッ!」


 ――クレイヴを落下するシャノンに向けてブン投げた。

 

 【霊起Activate】した状態でのフルパワーの投げに、矢のような速度で王太子殿下がブッ飛んでいく。

 

「うおわああぁぁぁぁぁ!? ――はぁっ!」


 だが、落下するシャノンに近づいた瞬間、クレイヴは両手両足を広げて姿勢を安定させた。


「来い! 【スレイプニル】ッ!」


 空中で眩い光が放たれる。

 それはクレイヴが自らの霊獣を呼び出す魔法陣だった。


 黄金の鎧を身に纏った馬が宙を駆ける。


 その背に乗ったクレイヴがシャノンに手を伸ばし――その手を取った。

 崖が、死が目の前にあるというのに、彼女の顔は喜びの表情に満ちている。


 そうだろう。どれだけ絶望的な状況でも、そこから必ず救い出してくれる王子様が手を差し伸べてくれたのだから。


 なんて羨ましい! でも仕方ないか。あの子はヒロインなんだから。

 たとえ苦難に教われようとも、最後には幸せで、どこまでもロマンティックであるべきなんだから。

 

 引き寄せられた彼女の体はクレイヴの腕の中に抱きしめられる。


 そして急激な斜面を飛び石のように跳ねて、スレイプニルが眼下の森に着地した。


「よっしゃああぁぁぁ! よくやった! カッコいいぞ、クレイヴゥゥ!」


 飛び跳ねてガッツポーズしながら、アタシはそこで気づいた。


 フィロメニアを助ける以外にアタシが望んでいたもの。

 

 アタシはこれが見たかったんだ。

 王子様がお姫様を助けるベッタベタなこの光景を、アタシは望んでいたんだ。

 

 今、アタシはおとぎ話のような本物の名シーンを見ている。

 絶好のタイミングで、最高の特等席で。しかも、その手助けまでしてしまった。

 

 ゲームにもなかったこんな光景を見ることができるなんて、こんなに嬉しいことはない。


「ふふっ、じゃあ――……」


 もはやアタシのテンションは最高潮と言ってもいい。


「後片付けしますかァ!」


 勢いよく振り向き、向けられた複数の殺気を跳ね返す。

 先ほどからこちらを追ってきていた騎士たちだ。


 ご丁寧に、すでに各々の霊獣を呼び出していて、その巨躯が彼らの後ろにある。

 

 アタシは長剣を【放出Discharge】して構えた。


『損な役どころだねぇ』

『いいのよ。今回はあっちがメインなんだから』

 

 そんな風にセファーに言われて、アタシは歯を見せて笑ってみせる。

 

 裏方にはそのメインイベントの後にも仕事があるのだ。

 後処理やお掃除は得意だ。なにせアタシはメイドなんだから。

 

 

 ◇   ◇   ◇


 

 スレイプニルの背に乗ったクレイヴは、背中にシャノンの熱を感じながら森を疾走する。


「クレイヴ様、どうして……」

「む?」

「どうして、助けに来てくれたんですか?」


 その言葉を言うのに、シャノンは勇気が必要だったのだろう。

 ぎゅっとクレイヴの腰へ回された腕に力が入る。


 その答えはクレイヴの中に多くある。


 友人だからという答え。

 自らの善意に従ったという答え。

 王太子としての成すべきことを成したという答え。

 

 だが、今彼女が欲している答えはそうではないことくらいはわかった。


 彼女にしては意地悪な質問だと思う。

 それでいい。

 その答えを言うべき時は、今この時を除いて他にあるものか。


「俺が……君を傍に置いておきたかったからだ」

「私なんかをですか?」

「君だからこそだ」


 クレイヴはシャノンの腕に手を添える。

 その手はひどく冷たくて、少しでも自分の熱で暖めてやりたいと思った。

 それは今だけではない。この瞬間だけの思いではない。

 

「この先もずっと、傍にいてくれるか。シャノン」


 言うと、シャノンはクレイヴの背に体を押し付けてくる。

 その熱が、柔らかさが、凹凸が、すべてが愛おしい。


「はい……。クレイヴ様」

 

 そして神殿へと続く林道に躍り出る。


 すると、馬に乗ったフィロメニアの姿が見えた。

 ウィナの乗っていたもう一頭の馬の手綱を引いて、こちらに駆け寄ってくる。


「シャノン! よく戻った!」

「うん! フィロメニアちゃん!」


 そのまま神殿から離れる方向に並走するフィロメニアに、クレイヴは聞いた。

 

「ウィナフレッドは!? 彼女は俺を投げ飛ばして……神殿の騎士たちに追われていたのに……」


 クレイヴも追われていることには気づいていた。

 それも複数人に、だ。

 クレイヴを投げ飛ばしてその場に残ったウィナは果たして逃げ切れたのだろうか。


 だが、その不安を吹き飛ばす声が思わぬ方向から聞こえてくる。

 

「呼んだ?」


 フィロメニアの乗る馬の背に、いつの間にかウィナフレッドが立っていたのだ。

 肩には目を回したサニィを担いで、いつも通りの笑みを浮かべている。

 

「ウィナちゃん!」

「ウィナフレッド!」

 

 思わず名を呼んだクレイヴとシャノンに、ウィナは親指を立てて見せた。

 

「やっほー、二人とも~! いや、クッソ尊かった~!」

「とうと……? いや、それよりも追っ手は!?」


 ウィナフレッドのメイド服はやや汚れている。

 戦闘があったのは間違いがない。


「ああ~……あれね」

 

 だが、彼女はサニィを馬の背に降ろしつつ、なんでもないようにこめかみを掻くと――。

 次の言葉に、フィロメニアの口端が吊り上がるのをクレイヴは見た。


「――片付けた」



 ◇   ◇   ◇



「馬鹿な……」


 ジェラルドは折れた剣をその場に落として、唖然とする。

 あの腹パンメイドと王太子殿下を先に行かせるために、少しでも時間を稼ごうと思ったが無駄だった。


 彼らを追っていたのは神殿騎士の中でも熟練した者たちだ。


 一対一ならばともかく、多勢に無勢でジェラルドは即座に無力化されてしまった。

 だが、巫女を守る騎士として、彼女を救おうとする者たちの行方を見ようと見張り塔の見える崖まで来たのだが――。


「エリート級の霊獣を従えた騎士八名全員を、一瞬で……?」


 ――そこには失神した騎士たちが倒れていた。


 周囲の木々には痛々しい戦闘の跡があったが、血は一滴も流れていない。

 どの騎士も息はある。

 

 八体と八名に対し、意識を刈り取るだけで済ます手際。

 それほどの手加減をしてなお、彼女は無傷で去っていったということか。


 なんという脅威だろうか。


 あのメイドの戦闘力はエルダー級にも匹敵するのかもしれない。

 百年に一人、昇華させることができれば歴史に刻まれるような存在。


 だが、果たしてそんな彼女でもには……とジェラルドは思う。


 巫女の加護を与えられた体で、そして、あの魔導具を用いて召喚した異端の存在。


 自分はもう、神殿に剣を向けてしまった。

 ならば最後まで巫女を無事を祈るのみ。

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