59:ゼノキメラ
『我が君っ!』
セファーが声を上げる前に、アタシは背後に異様な雰囲気が爆発するのを感じ取っていた。
乗っていた馬が潰れないように軽く跳躍し、迫る殺気を長剣で打ち払う。
「うっ!?」
だが、アタシが予想していたよりも強い衝撃が来る。
「ウィナッ!」
逆に弾き返されて地面を転がると、フィロメニアの叫びが聞こえた。
それを手で制して、アタシは殺気の元凶を睨む。
それは先端が鋭利に尖った尻尾だった。
てらてらと光る粘液を纏ったどす黒い尻尾――それは森の中から伸びていた。
金属を擦り合わせるような聞いたことのない咆哮が上がる。
そして、木々をへし折りながらそいつは現れた。
「うわ……キモ」
『感想は結構だが、注意したまえ』
アタシから見れば、そいつは蟲だった。
大きな鋏のようなアゴに三つの目玉、手はカマキリの鎌のようになっていて、しかし足は二本。
チキチキと口を鳴らすそれは前世の昆虫をミックスして滅茶苦茶にしたような異形だった。
『見た目で理解できるだろうが、あれはこの世界で一般的に召喚される多次元存在とは異なるものだ。つまり我々と同じ――主神四星に連なる存在ではない』
『もっと簡潔に』
『あれはヤバい』
それを聞いて、アタシは馬を止めたフィロメニアたちに下がるよう手で合図する。
すると、異形と共に現れた人影にシャノンが声を上げた。
「ファビオさん!?」
どうやら知り合いらしい。
けれど、アタシはその顔を見て息を飲む。
目は血走り、こめかみにはいくつもの血管が浮き出ている。
だがそれだけではない。
瞳だ。左目の瞳が、三つに分かれている。まるで後ろの異形のように。
『霊獣の影響を召喚者も受けているね。これもまた、君と同じか』
『一緒にすんな。つーか、この世界に虫っていないはずでしょ』
『然り。だからこそあれはこの星の外部から来た神。さしずめゼノキメラ種とでも言おうか』
ファビオと呼ばれた青年はシャノンに向けて両手を広げた。
「み、みみ巫女様……! 巫女様のおかげでぇえええ、俺は新しい力をを手にっ……入れ゛ましだ……! 見゛てくだざい! この全く新しい霊獣をををを!」
「ファビオさん……」
シャノンは口に手を当てて、その惨状に絶句する。
あれも神殿の研究していた魔法の成果なのだろう。
魔法に詳しくないアタシにも想像がつく。
神殿はアタシとセファーの召喚を研究しているのだ。
前回のディアナは、アタシとセファーという重なり合うような霊獣召喚の魔法を模した。
今回のファビオは、主神四星の眷属以外の神を召喚する根源を模した。
アタシとセファーはこの世界ではイレギュラーな存在だ。
そこに神殿は巫女の力を重ねて、新たな力を生み出そうとしている。
それが今のこの世界の歪みなのかもしれない。
詰まるところ、結局はアタシが原因ってわけか。
「皆、先に行って」
「ウィナフレッド! しかし……」
「いいから!」
食い下がるクレイヴに対し、アタシは叫んだ。
こいつはアタシがやるしかない。倒すべき存在だ。
「ウィナ」
「うん」
フィロメニアが静かに名を呼んでくる。
アタシは振り返らず、剣を構えたまま頷いた。
「勝てッ!」
「あいよ!」
背後で馬を走らせる声が聞こえた瞬間、アタシは地面を蹴っていた。
◇ ◇ ◇
「フィロメニア! ウィナフレッドは勝てるのか!?」
馬を走らせるクレイヴは、並走するフィロメニアに叫ぶ。
あの霊獣――もはや魔物といっても過言ではないあの異形からは、これまでにないほどおぞましいものを感じた。
クレイヴとて、ウィナフレッドの力は認めている。
だが、あんな異形に身一つで勝てるものなのだろうか。
今からでも、自分だけでも加勢するべきではないだろうか。
そんな焦りを帯びざるをえない。
それはフィロメニアも同じなのだろう。
歯を食いしばってひたすらに前を向く彼女は絞り出すように答えた。
「……わかりません」
「なら今からでも俺が――!」
「ですが」
強い視線がクレイヴを射抜く。
「私はウィナに勝てと命じました。それだけです」
霊獣の命は主人の命と同じ。
もしウィナフレッドが負ければフィロメニアも命を落とすことになる。
それでも、フィロメニアは駆け出した。
ウィナフレッドの足手まといにならぬよう、自らの命を預けて。
「殿下にはシャノンを守る使命があるでしょう。それだけをお考えください」
「……わかった」
呻くように言うと、後ろから腰に回されているシャノンの腕に力が籠る。
彼女もまた、ウィナフレッドのために祈っているのだ。
ならば信じる他ない。
友人の自分たちが、ウィナフレッドの勝利を信じずに誰が信じるというのか。
願わくば、我が友人に勝利のあらんことを。
◇ ◇ ◇
鋭く、しなやかに伸びる尾がアタシの体を貫かんと繰り出される。
アタシはそれを長剣で受け流すが、予想以上に伸縮の速度が速い。
「くっ……! さっきからちょんちょんウザったいわね!」
こちらの間合いまで近づけていない以上、防戦一方だ。
まずはこの面倒な尾をやるしかない。
アタシは一呼吸、肺に空気を送り込むと、すんでのところで尾を躱す。
「であぁッ!」
そして、伸びきったそれに長剣を叩きつけた。
だが――。
「――硬いッ!?」
手応えはあったはずだ。
衝撃を和らげられた感覚もない。芯を捉えた衝撃。
しかし、いくつも節のあるその尾に叩きつけた長剣は刃こぼれして弾き返されてしまった。
「アッ、ははははは! おおおお俺の霊獣に剣な゛んで通じるるるっわけっ! アッハハハ!」
「だったら……ッ!」
言いながら横薙ぎに振るわれた尾を側宙で避ける。
そのときには既にセファーとの意思疎通を終えていて、視界の中のゲージが一気に満たされた。
『【
「シュートッ!」
展開した腕輪から青い雷光が異形へと一瞬で到達する。
雷のような轟音と共に着弾したそれは並みの霊獣ならば一撃で屠る威力があるはずだ。
だというのに。
「効かない……!」
雷撃は異形の胸に当たった途端、周囲に四散してしまう。
『我が君、敵の外殻硬度は予想以上だ。並みの攻撃では歯が立たない。全力で行きたまえ』
「言われなくても!」
アタシは叫んで、長剣を【
それに呼応するように異形も咆哮を上げて突進してくる。
「死゛ね゛ええええッ!」
「死ぬかぁぁぁぁ!」
異形の鎌が振り上げられた。
それを跳躍して躱すと、もう一方の鎌が追撃してくる。
「八式鎖拳・
空中でアタシは体を回転させ、虚空に蹴りを放った。その威力で重心をわずかに引っこ抜く。
そうしてわずかに狙いを外させた鎌を紙一重で避け、異形へと肉薄した。
『【
「一式尖拳・
風の魔法と、相手の内部構造を破壊する拳の合わせ技。
反動に負けそうになる腕を全力で押し込むと、異形の胴体がめきりと凹んだ。
――勝てる! このまま!
『我が君ッ!』
瞬間、右側面に警告が鳴る。
反射的に右腕を掲げるが、衝撃が来た。
「ぐふ――ッ」
何が起こった?
アタシは加速された意識の中で激痛に耐えながらそれを見る。
腕だ。異形の脇腹から新たに人間のような腕が生えていた。
隠していたのだ。背中に張り付かせるようにして、もう一対の腕を。
「ぐああッ!」
アタシの体は森の中へと殴り飛ばされていた。
木々にぶつかり、土を削ってやっと停止したアタシは、なんとか体を起こそうともがく。
『我が君、大丈夫かい?』
『くそっ……。本当にキモいやつね……!』
『肋骨が折れている。やられたね』
視界の線や図形が黄色いものとなり、人体の骨格が表示されて折れた箇所を知らせてきた。
通りで息を吸うと痛いはずだ。
だがここでゆっくりしている暇はない。
アタシが長剣を再び【
顔を上げると、異形がその図体にも関わらず飛び掛かってくるところだった。
叩き潰される前に地面を転がるが、間髪入れずに鎌と腕、そして尾の連続攻撃が来る。
すべては捌き切れない。
アタシは翅を使って大きく飛び退き、森の中へと退避した。
けれど、異形にとって森など障害にはならないらしい。
木々ごとアタシのいる場所を切り裂き、地面を削って殴打が飛んでくる。
後退しつつ、なんとか鎌をいなし、殴打を避け、尾を受け止めた。
そのとき――。
「ぐッ!?」
――長剣が折れた。
反射的に身を翻すが避け切れず、額を鋭利な尾が掠める。
直撃は免れた。
だが、尾の回避に要したアクションの大きさが仇になった。
背中を狙ってきた拳をまともに食らう。
全身に走る激痛に、アタシの視界が赤く染まるのだった。
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底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~
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