57:友人たちならば

「えっと……これをこうして……開いたニ!」


 針金と細い工具を扉の隙間に入れて、弄っていたサニィが声を上げる。

 すると金属製の扉はギィと音を立てて開いた。


「すごい! どこでそんなの覚えたの? サニィちゃん」

「い、言えないニ」


 気まずそうに目を逸らすサニィに、シャノンは首を傾げつつも扉から顔を出して外を伺った。


 そこにあったのはらせん状の階段だ。

 円柱状の空間に上へと登る階段があり、ここは神殿でも最下層の場所だとわかる。


 外には誰もいない。だが上に行けば誰かと鉢合わせるかもしれない。


 そんな不安をシャノンが感じた瞬間、大きな揺れが足元を襲った。


「きゃっ!?」

「ニィ!?」


 声を上げてしゃがみこむと、同時にサニィが飛びつくようにくっついてくる。

 心なしかリボンが垂れていることをシャノンは不思議に思ったが、そのままサニィを抱きしめた。


「な、なんだろう?」


 そうしていると、階上から男たちの怒声が聞こえてくる。


「襲撃です! 急ぎなさい! 西の儀式の場です!」

「承知いたしました。すぐに向かうぞ!」


 襲撃、と聞いてシャノンは先の女性騎士を思い浮かべた。

 だが同時に、足音が遠くに去っていくのを聞いて、ここから出ていくには今しかないと判断する。


「サニィちゃん、私、ここから頑張ってみる。サニィちゃんは窓から逃げて」

「言われなくてもそうするニィ……。だけど、これ」


 怯えた表情のサニィが差し出したのは、三本の金属の棒だった。

 それは二学期の期初に使ったことがある。


 サイリウムだ。


 けれど知っているものとは少し形状が異なっていて、サイズも一回り大きい。


「ニィが逃げたらそれを使ってニィ。そうすればご主人様が場所がわかるらしいニィ」

「ウィナちゃんが来てるの?」

「おーじ様も来てるニ。みんな会いたがってるニィ」


 ――クレイヴ様が?


 シャノンがクレイヴの顔を思い浮かべるとドキリと胸が鳴る。

 嬉しさに思わず頬がほころぶが、サニィは気にせずサイリウムを指差した。


「使うときは耳を塞いだほうがいいって言ってたニ。それニャ!」


 言うや否や、サニィは入ってきた窓に体を押し込んでぬるりと抜け出す。

 

 ここからは一人で行かなくてはいけない。


 シャノンは意を決して、一本目のサイリウムの底部を壁に打ち付けた。


「~っ!?」


 すると、発せられたのは光だけではない。音だ。

 甲高い、魔力を伴った音が響き渡り、一瞬だけシャノンの意識が遠のく。


 ――耳を塞いだ方がいいってこういうことだったんだ……。


 耳鳴りの中、シャノンはすぐにらせん階段を駆け上がった。


 この音が、ウィナやクレイヴに正確な位置を知らせるのだろう。

 見ればサイリウムは舞踊会で使ったものよりも強く光っており、昼間であってもその輝きは目で見て取れる。


 裸足で歩く石の階段は冷たい。だんだん足の裏の感覚がなくなってきて、しんとした痛みに変わってくる。


 だが、歩みを止めてはいけない。

 

 友人たちが、自分を思ってくれる人たちが待っているのだから。


「おや、巫女様、どこへ行かれるのですか?」


 だが、それを阻む者がいた。

 階段を上がった途中にあった廊下で、神官たちを連れたエヴァリストがシャノンを待ち構えていたのだ。


「こっ、ここから出ていきます!」

「なぜ? 我々に協力頂ければその地位を約束すると伝えたはずです。それに、貴女に逃げ場などないのですよ」


 ざっと並んだ神官たちによって道が塞がれる。

 シャノンに残された道は、さらにらせん階段を上がるしかない。


 その先には、エヴァリストの言う通り逃げ場はないのだろう。


 だが、諦めてはいけないとシャノンは強く思った。

 こんなとき、ウィナなら、フィロメニアなら、クレイヴならどうするだろう。

 

 ウィナならば正面から突破しそうだ。

 フィロメニアならこんな状態でも気高く振舞うのだろう。

 クレイヴも最後まで抗うかもしれない。


 友人たちならば諦めるという選択をしないのだ。

 

 ――だから、私も諦めない……!


 シャノンは片耳を塞ぎ、二本目のサイリウムを使う。


「ぐあっ!?」

「なんだ!?」

 

 発せられた音に神官たちがひるんだ。

 その隙にシャノンはらせん階段を駆け上がる。


「……追いなさい」

「はっ」


 この階段の先に何があろうとも、決して諦めない。

 疲れで上がらなくなった足に鞭を打って、シャノンはひたすらに上を目指すのだった。



 ◇   ◇   ◇



『位置は南西の見張り塔の下だ。君の子猫は先に脱出したよ』


 視界の端のウィンドウにマップのようなものが表示され、白い点が塔をのぼっていくのがわかる。


「クレイヴ! このまま真っ直ぐ! 塔を登ってる! 急ごう!」

「くっ……! ああ!」


 【霊起Activate】した状態のアタシの速度に、なんとかついてきているクレイヴが苦しげに応じる。

 

 森の中を馬を超えるスピードで疾走するのは難しい。

 下手をすれば木々にぶつかってしまうからだ。

 

 今のアタシの反射神経ならば問題はないが、肉体強化の魔法を施しただけのクレイヴはさぞ走りにくいだろう。


 だが、速度を緩める余裕はない。


 チャンスはシャノンが監禁状態から脱出した今しかないのだから。

 そして――。


『それから……後ろに何かいるよ』

『知ってる!』


 アタシたちも追っ手に追われていた。

 恐らく神殿の騎士だ。


 神殿の前で【霊起Activate】した瞬間に、彼らの目の色が変わったのをアタシは見ていた。

 距離はあるが、茂みを突破して走っているアタシたちの痕跡は目立ちまくりだ。追跡するのは簡単だろう。

 

 そのとき、再び甲高い鈴のような音が響き渡った。


 シャノンが二つ目のサイリウムを使ったのだ。

 きっと何かがあったのだろう。


『ヒロインは道を塞がれたようだ。そのまま塔の頂上を目指しているよ』

『くそっ……! ――おっと!』

 

 アタシが状況の悪化に毒づいたところで、前方に見慣れない影が現れる。

 反射的に制動をかけてそれを見ると、一人の神殿騎士が立ちはだかっていた。


「また会ったな。腹パンメイド」

「はいはい。ご無沙汰。何か用?」


 確かシャノンを連れ去ったときにいた顔だ。

 すでに抜剣していて、重い空気を身に纏っている。


「私はジェラルド・ヴァン・リィンヴァルト。神殿騎士の一人にして、巫女様を守る役目を命じられた者」

「ウィナフレッド・ディカーニカ。公爵家のメイドよ」


 名乗りに返すと、ジェラルドは剣と盾を構えた。


 やっぱりやる気か、そう思い、アタシが長剣を【放出Discharge】しようとしたところ――。


「行け」

「おん?」


 思わぬ言葉にアタシは片眉を上げる。


「巫女様を救いに来たのだろう。ならば行け。これ以上は言わん」


 眉間にシワを寄せて言うジェラルドに、アタシとクレイヴは顔を見合わせた。

 そして、同時に走り出す。


「なんかよくわかんないけど、どーも!」


 ジェラルドの両脇をクレイヴと駆け抜ける際に、アタシはそう言い残した。

 それを聞く彼の表情は複雑なもので、葛藤のようなものを感じる。


 神殿は真っ黒だ。それはもう間違いない。

 けれど、そこに仕える騎士には色々とあるらしい。


 見逃してくれたということは、彼自身はシャノンの味方なのかもしれない。

 ただの神殿騎士にしておくには惜しい忠誠心だ。


 なんにせよ、生きていてほしいな、とアタシは思う。


 そうして駆け抜けた先で、森が晴れた。

 というより、地面がなかったというべきか。


 アタシたちのいる断崖絶壁のその先で、高さを同じくする塔が見える。

 回り道をすれば緩やかな坂を下り、塔の下にたどり着けるだろう。


 だが――。


「シャノン!」


 塔の頂上に見えたのは、見覚えのある栗色の髪だった。



 ◇   ◇   ◇



「巫女様。もう逃げ場はないですぞ」

「来ないでください!」


 シャノンは塔の頂上で、神官たちに囲まれていた。

 じりじりと近づいてくる彼らに、シャノンは後退る。


 追い詰められたシャノンは、振るえる足で手摺に登った。


 いざとなれば、自分の命を人質にする。


 これがシャノンにできる精一杯の抵抗だった。


「それ以上近づけば……私、身を投げます!」

「愚かなことはお慎みください。巫女として、我々の魔法研究に貢献する……それさえして頂ければ一生の地位が約束されるのですぞ!」

「人の命を蔑ろにすることは、私はできません! 先代の巫女様でもきっとそう言います!」


 シャノンは叫ぶ。

 一生の地位などどうでもいい。シャノンは地位や名誉には興味がなかった。

 

 もちろん美味しいご飯や食べたいし、柔らかいベッドで眠りたい。

 けれど、それ以上に、シャノンは友人たちとの時間がとても楽しかった。


 なにより、シャノンには愛おしくて、けれど自分には眩しい人がいる。

 平民の自分がこんな気持ちを抱くなんておこがましいとは思う。

 

 けれど、初めて会った時から、そして同じ時間を過ごすうちに、雲の上の人と思っていた人にも悩みがあることを知った。

 シャノンはその人の悩みを、痛みを分かち合ってあげたかった。


 だからシャノンは努力したのだ。

 その人に触れられるように、少しでも近づけるために。


 ――クレイヴ様……!

 

 シャノンは最後のサイリウムを手で叩いて中の魔石を砕く。


 外ならばこの音が聞こえるだろうか。高い場所ならこの光が見えるだろうか。


 もし届くなら、来てほしい。


 とても我儘で、非現実的な望みに、シャノンは祈った。


 そのとき、風が吹く。


「あっ……」


 それは突風だった。

 不安定な足場に立っていたシャノンは、それに煽られてバランスを崩す。


 気づけば、シャノンの体は宙を舞っていた。

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