55:聖女の香り

「シャノンからの手紙がおかしい?」


 帝国から学園に戻り、早々にクレイヴたちに呼ばれたアタシは言葉を繰り返す。

 談話室のテーブルに置かれた二枚の手紙を中心に、いつものイケメンメンバーとディアナが頷いた。


「ああ、これが最初の手紙だ。そしてこっちが最近のものなのだが……」


 クレイヴが手紙をこちらに寄越しながら言う。

 

 アタシはひょいと手紙を取って両方を比べてみた。

 だが、筆跡やインクなどの見える範囲では二つに違いは見えない。

 内容も当たり障りのないもので、食事は学園の方が美味しいとか、巫女として振舞うのが大変だとか、自分の近況を知らせるものだ。

 

 特に違和感はない、とアタシは思う。

 

「んー……アタシにはちょっとよくわかんないんだけど」

 

 首を捻っていると、セルジュが眼鏡を直しながら言った。

 

「そう。見ただけではわからないんですが、違うんですよ」

「何が」

「匂い、ですね」


 一瞬、その場の雰囲気が冷たくなった気がした。

 というか、アタシの背筋がゾゾっとなった。


「へ、変態だぁ……」

「二度とシャノンに近づくな、このたわけめ」

「ち、ちがっ……違います! 私が判断したわけではありません!」


 アタシとフィロメニアがドン引きすると、セルジュが慌てて立ち上がる。

 そんな様子に顔を覆って呆れていたクレイヴが場を取りなすように手を挙げる。


「ウィナフレッド。誤解だ。違いに気づいたのは君の御付きの彼女だ」


 そう言って手で指し示したのはアタシの後ろに控えていたサニィだった。

 アタシが視線を寄越すと、誇らしげな表情で「ニ!」と鳴く。


「そうなの?」

「ニ! こっちは元ご主人様の匂いがするけど、こっちは別の匂いがするニ!」


 言われて、一応アタシも嗅いでみたがまったく違いがわからない。

 さすがは獣人というべきか。嗅覚も人間よりも鋭いらしい。


「じゃあこっちはシャノンが書いた手紙じゃないってこと?」

「その可能性がありますわ」


 アタシの問いにディアナが眉間にシワを寄せて肯定する。


 そのとき、アタシの視界の中でパッと光が散って、セファーが現れた。

 二つの手紙に視線を交互に、手を顎に当てて「ふむ」と凝視する。


『確かにこれは別人が書いたものだねぇ。とてもよく筆跡を似せて書かれているが、ヒロインの字ではない』

『具体的には?』

『彼女の字はもっとヘタクソだよ』


 セファーの言葉にアタシは何とも言えない気持ちになった。

 

 シャノンが聞いたら落ち込むだろうなぁ。


 でも実際にシャノンの字はお世辞にも上手いとは言えなくて、そのヘタクソさ加減をセファーは見抜いたのだ。

 サニィによる匂いの判別と、セファーによる字の識別。

 違和感が二つ重なるのならば、確定的にシャノンの書いた手紙ではないんだろう。

 

「だとして、どうするつもりだ?」


 そこでフィロメニアが重要な問題を提示してきた。

 すると、それまで黙っていたジルベールとファブリスがわざわざ立ち上がって答える。


「俺ぁ一人でも助けに行くぜ!」

「当然だ。私たちならば神殿の騎士といえど、引けは取らないだろう」


 おいおい、やる気満々過ぎるでしょ。


 今からでも真正面から突撃できますとでもいう風な二人を見て、フィロメニアが冷ややかな視線を投げた。


「阿呆か貴様ら。シャノンがどういう状況かを見極めずに突っ込んで何になる。実際には助けが必要な状況ではない可能性もあるのだぞ」


 コイツラに任せると碌なことにならないのはアタシもよくわかる。

 静かな割に激重なフィロメニアの圧に負けて、二人はそのままストンと座った。


 だが、何もしないわけにはいかない。


 アタシは手紙を渡してきてから黙ったままのクレイヴに水を向ける。

 

「アンタはどうしたいの?」

「……俺は――」


 クレイヴは思いを口にすることへ戸惑いがあるように感じた。

 この中で、一番政治的に動きにくいのはクレイヴだ。

 けれど、そんなことは関係なしに、アタシはクレイヴのしたい通りに事を動かしてあげたい。


 それがアタシの望むこの世界の物語だと思うからだ。


 自分勝手な願望だとは思うが、この世界を【お告げ】とやらで動かそうとしている連中がいるくらいだ。

 アタシ一人でどうにかできる範囲くらい誤差みたいなもんだろう。


「――俺はシャノンが心配だ。顔を見て、手を触れて、それだけでもいい。様子を見に行きたい」


 重い口調でそう打ち明けたクレイヴに、アタシは立ち上がって肩を叩く。

 

「よっしゃ行くか!」


 すると、周囲から「おいおい」とさっきとは逆に制された。

 まぁ、確かに思い切りが良すぎたかもしれない。


「なんで俺たちが駄目でお前ぇはいいんだよ!」

「そうだぞ、ウィナ。私はお前を守る覚悟がある!」


 先ほどフィロメニアに気圧された二人に言われて、アタシはひらひらと手を振る。

 

「いや、戦わないから。様子見に行くだけだから」

 

 別に突撃してシャノンを救出するわけじゃない。

 正式に面会を申し込んで顔を見られればそれでいいのだ。


 それだけでも、クレイヴは安心するだろう。

 逆にそれすら叶わないのなら、最悪の状況を考慮しなきゃいけないけれど。

 

「いいよね? フィロメニア」

「まったくお前は……」


 一応、主に了承を取るアタシに、フィロメニアは眉間に手を当ててため息をつく。

 けれど、しばし目を瞑って考えた後、テーブルを指でトンと叩いた。


「人数は最低限、出来る限り荒事はなしだ。いいな?」


 うん、それでいい。

 

 アタシは黙って頷くと、サニィの後ろ首を掴んでにっこりと笑うのだった。



 ◇   ◇   ◇



「なんでニィまでいくニー!?」

「アンタじゃないとシャノンの匂いがわかんないんだから仕方ないでしょ?」


 一週間後、アタシたちは大神殿へ馬を走らせていた。

 アタシの後ろには馬が怖いのかべったりとサニィが張り付いていて、クレイヴの乗る馬の後ろにフィロメニアが座る形だ。


「君をこうして後ろに乗せるのも久しいな。フィロメニア」

「シャノンが見れば嫉妬するでしょう」

「彼女は嫉妬などしないさ」


 そういえばあっちの二人は元婚約者同士だった。

 パッと見ればかなり吊りあった二人なんだけれど、もうお互いに友人という距離に落ち着いてしまっている。

 お告げやアタシの存在がなければそういう未来もあったのかな、と思いを馳せていると、渓谷の中にそびえたつ白い建物が見えてきた。


 まだ相当距離があるはずだが目視できるのはその大きさと色合いからだろう。

 しばらく馬を走らせて、そろそろ神殿の門らしき形が見えてきた頃、アタシは背中のサニィに言う。


「いい? シャノンの匂いを辿って居場所だけを探んのよ。もし会えたらアレを渡しなさい」

「ニィ……。ちょっと怖いニィ……」

「見つかったらすぐアタシのとこに戻ってきていいから。そうすれば大丈夫よ」


 サニィを馬から降ろしてその頭をガシガシと撫でると、不安そうなその顔が少しだけ明るくなった。

 そして送り出すと、サニィは森の中へと姿を消す。


「よし。じゃあまずは正攻法ね。王太子殿下の威光、期待してるわよ」

「そんなものがあれば、俺も我を通すことに引け目を感じない性格になったのだろうな」

「だとしても、今回はガンガン行きなさいよ」

「もちろんだ」


 そんなやり取りを交わして、アタシたちは再び馬を走らせた。


 重厚な門の前に近づくと衛兵がいて、何事かと前に出てくる。

 彼らが言葉を発する前に、クレイヴが勢いのある声を出した。

 

「クレイヴィアス・エルサレム・モルドルーデンである! 巫女様と面会願いたい!」

「お、王太子殿下……!? な、何事ですか!?」

「言っただろう。巫女様――シャノンに会わせてもらいたい」

「な、なりません。相応の理由がなければこの門は通れない決まりとなっております」


 たぶん、この衛兵は下っ端だ。

 何を言ってもこの人に門を開ける権限はないだろうし、神殿の中のことも知らないのかもしれない。


 これでは埒が明かない。


 アタシがそう感じる横で、クレイヴが「相応の理由か……」と顎に手を当てて考えている。

 そして、何かを決意したかのように顔を上げた。


「理由ならばある。彼女は――俺の婚約者だ!」

『ぶふぉっ……!』


 危うく鼻水を噴き出すところを、なんとか脳内のみ留める。

 同時にアタシはメイド業で培われた恭しい演技で、お澄まし顔を表情に固定する。

 見ればフィロメニアもクレイヴの背中に顔を隠して笑っていた。

 

 マジでいきなりなにいってんのこの王子……!


「巫女様が婚約者!? 自分は聞いておりませんが……」

「婚約者と会うことに理由が必要か! それとも私たちの仲を引き裂こうというのか!?」


 やばい、超面白い。


 普段は冷静で人当たりの良いクレイヴが、まるで演劇の中の王子のように必死な表情でクサいセリフを叫んでいる。

 胸の辺りを掴んで「彼女が寂しがっていると聞いたのだ!」なんて心痛を表現し、どれだけ自分がシャノンと会いたいかを長々と説明し出したクレイヴに、さすがの衛兵もドン引きしていた。


「わかるのか! 察してもらえないか! この気持ちが! どうなのだ!?」

「わ、わかりましたわかりました! お会いできるか保証しかねますが、とりあえず門はお開けします! 中で神官たちとお話ください!」


 このままじゃ日が暮れても門の前で愛を語られると察した衛兵により、道が開かれる。


 とりあえず第一関門突破だ。


 クレイヴの耳が真っ赤になっているのを見ながら、アタシたちは門をくぐった。

 そこでセファーに話しかける。


『セファー。どう?』

『結界がいくつも見えるが、まぁ色々調べられそうではあるねぇ。とりあえず我は怪しい魔法の類と、ついでにヒロインを見つけてくればいいのだろう?』

『うん、お願い』


 そう頷くと、セファーが光の尾を引いて神殿へと飛び立った。

 それを見送りつつ馬を進めると、神殿の入口が近づいてくる。

 

 さすがは大神殿と言われるだけあって、まるでお城のような作りだ。

 その全てが白い石で統一されているのだから、作るのにも金がかかっただろう。


 国教の総本山なんだから当然なのかな。


 そんなことを考えていると、入り口で神殿騎士の鎧を着た男たちに止められる。


「さて、どうなることやら」


 アタシは馬から降りながら、覚悟を決めた表情のクレイヴと目を合わせて、にやりと笑ってみせるのだった。


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