54:異端

 次の日、シャノンは別の部屋に移された自室で目を覚ました。

 冷え切った空気を暖めるため暖炉に火をくべて、用意された服に着替える。


 ここではシャノンは巫女のために作られた特別なローブで日中を過ごしていた。

 布が多くて暖かいのだが、少々動きにくいのが難点だ。

 

 以前は学園の制服さえも窮屈に感じていたのだが、今になっては多少は自由に着こなして良いあの服装が恋しい。


 毎朝の礼拝時には一つのシワも許されずに動き、祭壇の最前列で祈りを捧げなくてはいけない。

 廊下を歩くにも付き人を連れなくてはならず、すれ違う皆が挨拶をしてきて、その全てに丁寧に返せねばならないような生活は正直息苦しかった。


 そして、神殿でも学園と同じように勉強もしなくてはいけない。

 しかも、とても偉いらしい神官との対面での授業だ。


 息抜きをする暇もなく座学を教わり、質素な昼食を食べて、やっと午後の時間が来る。


 修練場での魔法の練習だ。


 もちろん付き人はいるものの、座学と比べれば精神的に一息つける時間だった。

 だが、今日はいつもとは違う。


 修練場で待っていたのはジェラルドのみだった。


「今日からは私が練習役を務めさせていただきます」

「は、はい。あの……ファビオさんは大丈夫ですか?」


 当然、予想はしていた。

 ファビオが昏倒するほどの一撃を受けて、昨日の今日で復帰できるとはシャノンも思っていない。


「巫女様が心配していらっしゃるような状態ではございません。しかし、しばらく休みを取らせます」


 聞かれたジェラルドはいつもの仏頂面で応じてくる。

 

 そのとき、不意にシャノンは揺れのようなものを感じた。

 

 地震、ではない。というよりも実際に地面や体が揺れたわけではなかった。

 大きな魔力の波動のようなものだ。


「な、なんでしょう?」


 シャノンはそれを感じた方向に振り向く。

 まさかまたあの仮面の女性が襲ってきたのではないか、と自然と体が委縮する。

 

「霊獣召喚の儀式を行っています。強い力を持つ霊獣が召喚されたのでしょう」


 ジェラルドがなんのことはないという風に答えた。

 だが、シャノンはその顔に若干の嫌悪のようなものを見て取る。

 同時に、先ほどの魔力の揺らぎにもシャノンはどこか違和感を感じていた。


 その違和感が気になって、シャノンはジェラルドに言う。


「すみません、儀式を見学することはできますか? 私、自分のときはよくわからずに終わってしまって……。勉強になると思うんです!」


 普段はあまり主張をしないシャノンが強く訴えると、ジェラルドは眉をひそめて後退った。


「な、なりません」

「なぜですか?」


 シャノンは拒否されたことにさらに疑問を感じて問い詰める。

 するとジェラルドは珍しく困ったような顔をして、頭を垂れてきた。


「大神官様より巫女様にはこの時間、魔法の修行に集中頂くように仰せつかっています。私の身ではどうすることもできません」

「なら大神官様に直接掛け合ってみます!」


 そう言って修練場を去ろうとすると、ジェラルドは慌てる。

 シャノンは正直に言って、ムキになっていた。


 それはこの神殿に来た目的へ少しも近づけない焦りから来るものだ。


 ディアナを廃人寸前にまで追い込んだものはなんなのか。

 そうさせた神殿の目的とはなんなのか。


 シャノンはジェラルドや付き人の制止を振り切って、大神官であるエヴァリストの執務室を訪ねた。


「おや、巫女様。どうなされました?」

「先ほど召喚の儀式が行われていると聞いて、その見学をさせてください!」

「儀式の見学、ですか」


 少し首を傾げたエヴァリストは、ちらりと後ろに控えるジェラルドを見る。

 もしかしたらこの後、ジェラルドは自分のせいで叱責を受けてしまうかもしれない。


 そんな心配がシャノンの決意を少しだけ揺らすが、唇を噛んで我慢した。


「様々なものを見ることも巫女としての責務だと思うんです!」

「はぁ、なるほど……」


 勢いよく訴えると、エヴァリストは困惑したような顔で髪の毛の後退した頭を撫でる。

 そして、「うむ」と頷くと、優しそうな笑みを作った。


「いいでしょう。ご案内します」

「よろしいのですか」


 了承したエヴァリストに疑問を呈したのはジェラルドだ。

 何かを心配するような顔で、シャノンの前へと出てくる。


「何か問題があるのですか? ジェラルド騎士長」

 

 笑顔のままエヴァリストに問われ、ジェラルドはしばしの逡巡の後、頭を垂れた。


「……いいえ、失礼致しました」


 きっとそこには何かがあるのだろう。

 シャノンは彼らのやり取りにそれを感じ取る。


 そうして大神官直々にシャノンは案内されるのだった。



 ◇   ◇   ◇



「ここが儀式の間になります」


 そう見せられたのは、天井がガラス張りになり、日が上から差し込む円形の場所だった。

 中央の床に魔法陣が描かれており、その周囲に白い柱が四本立っている。


 柱のそれぞれに描かれているのは主神四星だろう。


 ――火の女神【エトネア】、水の女神【レゼリア】、風の男神【ケライス】、土の男神【イシルス】。


 三百年前に水祭を起こし、そして今も星となってこの地上を見守ってくれている神々だ。

 彼らの彫像が見守る中央。魔法陣の上にシャノンよりも若い騎士が跪いている。

 

 その周囲では神官たちが彼に向って手を掲げ、魔力を送っていた。

 同時に発せられる祝詞と共に、魔法陣が光を帯びていく。


 そして、その声がだんだんと大きくなっていき、魔法陣の光も目を覆うほどになった直後、一気に光が発せられた。


 ――ギィ!


 光の中で、最初に聞いたのは鳴き声だった。

 シャノンはかざした手を退けると、光は止んでいる。


 だが、若い騎士の傍らに人ほどの大きさのある赤いトカゲが佇んでいた。


 霊獣の召喚に成功したのだろう。

 騎士は喜びの声をあげて、赤いトカゲに恐る恐る触れている。

 

「【サラマンダー】を召喚したようですな」

 

 横にいるエヴァリストがうんうんと頷いた。


 シャノンがマリエッタに行わされた儀式と、大きな違いはない。

 あるとすれば、シャノンの場合は【フェネクス】の姿が見えなかったことだ。


 その場では失敗したかのように思えたが、実際には不可視の姿で今もシャノンの背中にいる。


 呼べば小さな子供のような声で応えてくれて、シャノンの命の危機のときには本当の姿を見せたらしい。

 シャノン自身はそれを見ることは叶わなかったけれど。


 おかしな点は何もない。

 ディアナの受けた鍛錬や儀式についての手掛かりになるかと思ったが、疑わしい気配は一切しなかった。

 

「ご満足頂けましたか、巫女様」

「は、はい……」


 エヴァリストに問われて、シャノンは収穫のなさに落ち込みつつむ相槌を打つ。


「巫女様!」


 そのとき、聞き覚えのある声が背後からした。

 この声は、ファビオだ。


 もう動いていいのだろうか。

 そう思いつつ、振り返る。


「ファビオさ――え……?」


 そこにいたのは、紛れもなくファビオだ。

 自分と同じくらいの身長で、緑色の髪の青年。人好きしそうな爽やかな笑顔が特徴の歳の近い騎士だ。

 

 だが、何かが違う。その目はシャノンを見ているようで焦点が定まっていなかった。


「だ、大丈夫、ですか?」

「はい! 体はこの通り!」

 

 そうは言うが、彼の顔色はお世辞にも良いとは言えない。

 その光景にシャノンは見覚えがある。


 一学期、急に授業を休みだしたディアナだ。


 彼女が神殿に行っていたと思われる初期の頃、こんな風に調子が悪そうだった。

 だが、彼は笑顔のままずんずんとシャノンに近づいてくる。

 

 すると、不意にジェラルドがシャノンの前に立った。

 

「ファビオ、控えろ!」

「聞いてください! 巫女様!」

 

 ファビオはジェラルドの制止も聞かない。

 彼はシャノンの手を無理矢理取ると、至上の喜びを感じているかのような表情で言った。


「巫女様のおかげで、強力な霊獣を召喚することができたんです!」

「え……? ――きゃっ!?」

 

 抱いていた彼への印象と違った行動、予想していなかった言葉。

 そして、不意に後ろへ引っ張られる感覚に、シャノンは声を上げた。


 見れば、シャノンの背後には光る翼――【フェネクス】が現れていたのだ。


「うあっ!?」

 

 その光をファビオは嫌うように後退り、シャノンの手を離す。

 【フェネクス】はまるでファビオから距離を取るように羽ばたき、少し後ろにシャノンを優しく着地させた。


「なぁに?」


 シャノンは虚空に向かって問いかける。

 聞こえたのは【フェネクス】の訴えかけてくるような意志。

 明確な言葉ではない。だが、理解はできる。


 ――その者に近づいてはいけない、と。


 ファビオに対して、【フェネクス】は忌避感のようなものを抱いていた。

 シャノンはそれに従うように足を引く。


「おお、これが伝説の……!」


 すると、背後から声が聞こえた。エヴァリストだ。

 【フェネクス】の翼を見て、恍惚とした表情を浮かべている。


 彼がその翼に触れる前に【フェネクス】は光の翼を虚空へと散らした。

 だが、代わりにシャノンは肩を掴まれる。


 恐る恐るエヴァリストの顔を見上げると、彼は先ほどと変わらぬ笑顔で――だが目は笑っていなかった。


「彼は巫女様のご加護を受け……これまでにない霊獣を召喚することに成功しました」

「こ、これまでにない……?」


 シャノンは掴まれた肩に力が入るのがわかる。


「主神四星の眷属などではない――まったく新しい霊獣です」

「そっ、それは異端ではないのですか!?」


 霊獣とはそれぞれの属性を持っていて、それは主神四星の眷属から選ばれる存在だ。

 逆に言えばその眷属ではないということは、星典に書かれた道から外れることを意味する。


「すべてはお告げの通りに」

「「「すべてはお告げの通りに」」」


 エヴァリストの言葉に、神官たちが声を重ねた。

 周囲を見ると、儀式を行っていた神官たちに囲まれていたのだ。

 

 逃れられない。


 彼らから伸ばされた手でシャノンは視界を遮られる。

 その直前、ファビオを止めていたジェラルドが悔しそうに目を逸らしたのを見るのだった。

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