53:夜襲

「すごい! とても体が軽いです! 巫女様!」


 剣を振るう青年が楽しそうに言う。

 シャノンは大神殿の修練場で、強化の魔法の練習をしていた。

 その手には、羽を象った先を持つ白い杖――【不死鳥の羽杖】を持っている。


 先代巫女が使っていた、伝説の杖らしい。


 握った瞬間、魔力が体に溢れるのを感じられるほどに、強力な魔法の杖だ。

 これを使って魔法をかけると、いつも以上にその力が増しているのがわかる。


「ファビオさん。体が痛いとか、なにかおかしな感覚はないですか?」

「ええ、もちろん! むしろすごく気分が良いくらいです!」


 シャノンが声をかけると、青年――ファビオは自信に満ちた顔で答えた。

 彼はシャノンの魔法の練習にあてがわれた見習いの神殿騎士だ。

 

 とても素直な性格で、最初はお互いに緊張していたが、周囲が大人だらけの大神殿では歳の近い彼が一番話しやすい。

 彼も巫女の練習相手を務めることに誇りを感じているようで、精力的に練習に付き合ってくれている。


「巫女様、もう少し魔法の強度を上げてみては」


 そう言ったのは先にシャノンを連れてきた神殿騎士――ジェラルドだ。

 ディアナを突き飛ばした彼にシャノンは良い感情を抱いていない。

 だが、それとは別に、彼の提言に対してシャノンは強い口調で拒否した。

 

「駄目です! 急に強度を上げれば彼の身になにがあるかわかりません」

「しかし、ファビオには特に問題はなさそうですが」

「それでも、私は私の力の副作用を見極めなきゃいけないんです!」


 言うと、それ以上の問答は無駄と思ったのか、ジェラルドはすごすごと引き下がる。

 それを見て、シャノンはファビオに申し訳ない気持ちを抱きながら声をかけた。

 

「ファビオさん、少しずつだけど、付き合ってくれますか?」

「お任せください!」


 うん、とシャノンは頷く。

 

 今のところは魔法の練習は順調だ。

 だが、シャノンの本当の目的――ディアナを酷い姿にした魔法については手がかりを得られていない。

 それを見つけたなら、シャノンは自分を人質にして、その魔法を禁忌にする。


 そのためにこの大神殿へ来たのだ。


 一方で、シャノンは大神殿の書庫で聖女の魔法についても調べていた。


 学園にある書物では結局、聖女という存在の表面的な部分しか記述されていなかったからだ。

 それについても、今のところ得られたのは、聖女は当時一人の騎士を選び、その騎士は偉大な霊獣を使役して勇敢に戦ったという記述だけだ。


 騎士……と考えて、シャノンの頭にふとクレイヴの顔が浮かび上がり、思わず頭を振る。

 たとえ自分が巫女であっても、王太子殿下を騎士にするなど傲慢な話だ。

 

 自分はまだただのお飾りの巫女にすぎない。

 ウィナのようにすべてを解決してしまうような強さもなければ、フィロメニアのように何事にも動じない気高さがあるわけでもない。


 シャノンは遠く離れてしまった友人たちを思いながら、魔法の練習を続けるのだった。



 ◇   ◇   ◇

 


 その夜、シャノンはあてがわれた自室で手紙を書いていた。

 ウィナに言われた通り、自分の近況を報告するための手紙だ。


 一年前は文字を書くのも曖昧だったためか、その文章は自分でも上手いとはいえない。

 伝えたいこと、言いたいことはたくさんあるが、それを文字にするのは苦労する。

 

 貴族の女性は近しい人に手紙を送る時、使っている香水で香りをつけるらしい。

 もしそれができるなら、香りで友人たちを安心させることができるかもしれないと思った。

 けれど農家出身のシャノンにはそもそも香水をつけるという習慣がない。


 仕方なく、シャノンは書き終えた便箋を折れないよう優しく抱きしめる。

 これで少しでも思いが伝わればいい。


 シャノンは自室から廊下に出て、書き綴った便箋を世話役の女性に渡した。

 

「この手紙を、学園へお願いします!」

「畏まりました。巫女様」


 恭しく受け取るその態度に慣れず、シャノンは去っていく彼女にお辞儀をして見送る。

 

 すると、神殿の中が騒がしいことに気づいた。

 窓の外を見ると、なにやら松明を持った人が慌ただしく走り回っている。


 どうしたのかな、とそのままぼうっと眺めていると――。


「きゃあ!?」

 

 ――突然、シャノンのいる廊下の壁が吹き飛んだ。


 白い石で出来た壁は粉々に砕け、土煙が上がる。


 すると、そこから剣を持った長身の影が現れた。


「おっと……少しやりすぎたな。しかし、お目当てのお嬢さんが目の前じゃあないか。これはツイているな」

「だ、誰ですか!?」


 それは声からして女性だった。

 だが、その顔は仮面を被っていて見えない。

 

 衝撃に尻もちをついたシャノンは動転して後退る。


「いやなに、危害は加えない。少し夜の散歩に付き合ってもらいたいだけさ」


 言葉とは裏腹に、彼女からは魔法の光が闘気のように立ち昇っていた。

 シャノンは命を危険を感じる。


「巫女様!」


 そのとき、後ろから影が仮面の女性に飛び掛かった。

 暗い廊下に火花が散り、その明るさと声でシャノンは彼を認識する。


「ファビオさん!」


 ファビオだった。

 彼は仮面の女性と二合、三合と剣を打ち合わせるが、四合目で相手の剣圧に吹き飛ばされる。


「ぐあっ!」


 圧倒的な実力の差。

 剣に関して詳しくないシャノンでも、仮面の女性の強さを感じ取った。

 

「うむ。若いだけあって反応はいい。だが相手との力量を考えて戦うべきだね」


 仮面の女性は片手で剣を振るいながら言う。

 ファビオは立ち上がって剣を構え直すと、シャノンに向かって叫んだ。


「巫女様! 全力のご加護をお願いします!」

「は、はい!」


 今、やらなければファビオが殺される。

 そう感じたシャノンは、ファビオに最大限の力で強化の魔法を付与した。

 すると、ファビオを中心に白く光る魔法陣が形成され、彼の体が眩く輝く。

 

 瞬間、ファビオは目に捉えることも難しい速度で仮面の女性に突進した。


「やあぁぁ!」

「おっと」


 先ほどとは段違いの金属音が廊下に響き渡る。


 しかし、受け止められた。

 仮面の女性が重い声で唸る。


「……これが巫女の力とやらか。確かに厄介だ」

「うおぉぉ!」


 ファビオが剣を振りながら吼える。

 だが、彼がシャノンの力を強化を得ているにも関わらず、仮面の女性はその剣戟を裁いていた。

 そして、ファビオの渾身の一撃を受け流すと、腰から筒のようなものを取り出し、構える。


 その筒からカチッという音が鳴った。


「ぐあっ!?」


 ファビオは反射的に剣を掲げたのだろう。

 それが功を成した。


 筒からは光弾が発せられ、ファビオの剣を直撃し、その鋼を砕いていたのだ。

 直撃していれば彼の体に穴が開いていたかもしれない。


「ファビオさんッ!?」

 

 衝撃にファビオの体がシャノンの元まで吹き飛ばされる。

 慌てて這いずり寄ると、息はあった。気を失っているだけだ。


 シャノンはそれに安堵したものの、危機は去っていない。

 

「うぅむ。取り回しはいいが一発きりでは猫だましだな。要改良か」

 

 言いながら仮面の女性が歩み寄ってくる。

 シャノンはファビオを庇うように抱きしめ、目を瞑った。

 

 そのとき――。


「おおっと」


 ――なんの予兆もなく、仮面の女性がバックステップした。

 

 直後、天井と壁が粉砕され、落ちてきた何かが彼女のいた場所を叩き潰す。

 それは爪――獣の足だった。

 爪だけでも人間の子供くらいはある巨大な足だ。


 霊獣だ、とシャノンは察した。

 種類はわからないが、学園で見たクレイヴたちのグレーター級を超えるエリート級の巨体だろう。


「ググオォォ……!」


 壁の向こうで霊獣が唸る。

 それを見て、仮面の女性はため息をついて首を振った。

 

「やれやれ。こいつとやり合うには少々装備が物足りないな。出直すとしよう」


 そう言って仮面の女性は足が引かれた隙に霊獣とは反対側の穴から外へ跳躍する。

 ここは神殿の中でも高い位置にある廊下のはずだが、関係はないらしい。


 外では騎士たちの怒号が響き、仮面の女性を追う声が聞こえた。

 やがて廊下から声は遠ざかり、静けさを取り戻す。


 どうやらひとまず危機は去ったようだ、とシャノンは息を吐いた。

 すると、その息が白く見えるほど、外気に晒された廊下が寒いことに気づく。


 シャノンは寒さから守るようにファビオを抱いていると、駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「巫女様! ご無事ですか!?」

「私は大丈夫です! それよりもファビオさんを!」


 駆け寄ってきたのはジェラルドと騎士たちだった。

 気を失ったファビオの様子をシャノンは急いで見せる。

 

「強化の魔法を最大限使ってしまいました! もしかしたら体に異常がでるかもしれません!」

「……なるほど。お任せください」

 

 もしファビオがディアナのようになってしまったら、という思いから、シャノンは必死に訴えた。

 そんなシャノンに落ち着いて応じたジェラルドが命じると、ファビオは搬送されていった。

 

 心配で彼についていこうとしたシャノンは、ジェラルドに制され、彼の纏っていたマントに包まれる。


「巫女様は安全な場所へ。賊は騎士たちが追ってはいますが、別の者に不意を突かれる場合もあります」

「あ、あの人はなんだったんですか?」

「賊のことでしょうか? わかりません。しかし、かなりの使い手です」


 シャノンは寒さとは別に、仮面の女性のことを思い出して身震いした。

 目にもとまらぬ剣戟に、全力の強化を施したファビオを余裕を持って圧倒した強さ。

 自分とは次元の違う力を持った存在に、今になってシャノンは恐怖していた。


 武器や建物はそう簡単に折れたり崩れたりするものではないのだ。

 もしかすれば、ウィナと同等の力を持っていたのかもしれない。

 

 折れたファビオの剣や崩れた壁を横目に、シャノンはジェラルドに促されてその場を後にするのだった。

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