52:ヘリオセント

 セレスとの会話を終えたあと、アタシは元の隠し通路のある談話室に戻っていた。

 ふかふかのソファに身をもたげながら、アタシは虚空に向かって言う。

 

「……アンタ知ってたでしょ。アタシが人間じゃないって」

『まぁね』


 すると、セファーがくるりと回りながらテーブルに現れた。

 その答えに、アタシは眉をひそめる。

 

「なんで隠してたのよ」

『知らなくても良いこともある。君の精神は確実に人間だ。だから君の体のことについては触れなかっただけさ』

「アンタもアタシがなんなのかわからないのよね」


 ため息をついていうと、セファーは両手をあげて肩を竦めた。

 

『残念ながら確定的な定義は出来ない。けれど、定義づけられてなんの意味があるんだい? 君は君の前世を思い出した時点でスペシャルだ。この世界の誰と比べても特別なんだ。姉君が言いたかったのは、そんな君にも近しい存在がいるということなんだと思うよ』


 落ち着いた雰囲気でセファーはそう語る。

 だが、アタシの心には憂いのような重たいものが残っていた。


「なんか急に自分が化け物になったみたい」

『それでも、君には主がいる。友人がいる。そして我も共にいる。爪弾き者ではない』

「慰めてくれてんの?」

『事実を言っているのさ。愛される者は、自分が愛されているということを忘れてはいけない。たとえ自分が何者であってもね』


 セファーの言うことも、セレスの言うことも、もちろんアタシは理解している。

 けれど、理解したからといってスッキリするほど、アタシは自分のことを割り切れないでいた。


 アタシは人間だ。そう思っていた。


 そこにいきなり人間じゃないなんて事実を突きつけられれば、すぐに飲み込めるわけはない。

 だからといって、自棄になる気も起きないのがアタシだった。


「今まで通り生きるしかない、か」

『如何にも。それがいずれ君の生きる意味にならんことを』


 そうセファーは祈ったあと、姿を消してしまった。

 残ったアタシは暖炉で木が燃えるパチパチという音に耳を任せる。


 しばらくして、談話室の扉がノックされ、ランベルトが入ってきた。


「フィロメニアは?」

「まだ城内を見て回られている」


 答えながら、ランベルトはアタシの向かい側にゆっくりと腰を下ろす。

 

 何か話がありそうだ。


 アタシが息を吐きながら姿勢を戻すと、ランベルトが口を開いた。

 

「……ウィナフレッド嬢は【ヘリオセント】とという組織を御存じか」

「ふつーに知らない」


 即答できるくらいには聞き覚えのない単語にアタシは首を振る。

 ランベルトはアタシの反応を予期していたのか、ゆっくりと頷いた。


「別の名を【賢人追放機関】と言う。……陛下を筆頭に、帝国にしろ、王国にしろ、賢人ギアードが国の重役を務めていることが珍しくないことはわかりますな?」


 今度はアタシが頷く番だ。

 賢人ギアードはその名の通り、人よりも知識に秀でている。

 だから小さな町や村でも長が賢人ギアードであることは珍しくないし、学園長だって賢人ギアードだ。


「【ヘリオセント】の目的はそんな賢人ギアードたちを人の社会から排除しようというもの。それもただの思想だけではない。血が流れることも厭わない連中です」

「穏やかな話題じゃないわね」


 アタシがそう言って姿勢を前に傾けると、ランベルトは両手を絡ませて重い口調で続ける。


「今回の帝国と王国の融和のお話。これは【ヘリオセント】の謀作を未然に防ぐためのものです」

「つまり?」

「奴らは我々帝国と王国の戦争を望んでいる」


 思ったよりもシリアスな話題に、アタシは思わずこめかみを掻いた。

 それと同時に疑問も湧いてくる。


「それ、アタシじゃなくてフィロメニアに話す話題じゃない?」

「いいえ、貴女だからこそお話ししている。今、我々が育てている融和の種。それが何らかの理由が脅かされるとき、そこには必ず【ヘリオセント】が絡んでいるでしょう。そこで貴女にお願いしたい。もし奴らが貴女の前に現れたのなら、その力を使ってほしい」

「アタシは正義の味方じゃないんだけど」


 手をひらひらと振りながら言うと、ランベルトはわかっている風に瞼を閉じた。

 そして懐をまさぐると、結晶板のようなものを机に置く。


 アタシはそれを見て、思わず前のめりになった。


「ちょ、ちょっとこれ!」

「奴らの使う魔導具です」


 それにアタシは見覚えがある。

 一学期の最初、シャノンの動向を探っていた時に偶然目撃した――マリエッタの使っていた魔導具だった。

 アタシはそれを手に取ってみる。

 

 大きさや見た目も前世のスマフォに近い。指で表面をなぞると表面に羅列された文字がスクロールする。

 けれど、表示されているのは意味不明の文字だけで、色々試してみても他に機能があるようには思えなかった。


「これ、何語……?」

「遺跡にあるものと同じ、古代文字のようです。これを持っていた者はこの文章を【お告げ】と呼んでいました」

「【お告げ】⁉」


 アタシが声を上げると、「ご存じのようですな」とランベルトが姿勢を正す。

 本当ならフィロメニアに相談したいところだけど、ここに来て隠していてもしょうがない。


 アタシはランベルトにマリエッタのことを話した。

 すると彼は重々しく言葉を口にする。


「奴らは非常に狡猾で、ネズミのように世界各地に潜り込んでいます。神職といえど驚きはしません。獣人とは違い、見た目で判断できるものではありませんからな」


 ランベルトの話に、アタシは頭の中で点と点が繋がる妙な感じがした。

 アタシの、フィロメニアの運命を変えるという目的を邪魔しようとしたマリエッタ。

 彼女が【ヘリオセント】の一員なら、彼女の目的は神殿の地位なんかじゃない。


 ――フィロメニアだ。


 現に今のフィロメニアは帝国と王国の融和の種そのもの。

 それに、例の乙女ゲーでのストーリーを思い出してみて、アタシは確信する。


 乙女ゲーではヒロインと攻略対象はだんだんと戦争に巻き込まれていくのだ。その戦争の敵役は――帝国だからだ。


 つまりフィロメニアを排除することが、戦争に繋がるってことか……。

 

「じゃあフィロメニアにも伝えなきゃ!」

「お待ちください」

「なんで!」

 

 バッと立ち上がったアタシは、ランベルトに制される。

 勢いを削がれてつい叫んでしまったアタシに、彼は頼み込むように頭を下げた。


「フィロメニア殿には今の話は内密にして頂きたい」

「だからなんでよ!」

「我々が信頼しているのは貴女だけだからだ!」


 ランベルトの強い語気に、部屋の中に静寂が宿る。

 それはアタシが気圧されたからじゃない。その意味がアタシにはショックだったからだ。


「フィロメニアが信用できないってこと……?」


 融和の種であるフィロメニアが信用されていない。

 その言葉に、自分の主を貶されたとアタシは感じた。


 だが、ランベルトは首を横に振って、先の結晶板に触れる。


「この魔導具に書かれていることは――ある程度の未来を予想していることはご存じか」

「……マリエッタはそう信じてたみたいね」

「理由はわからないが、もうこの魔導具には新しい記述は追記されない。だが、振り返ることはできる。これに書かれた物語の中で、唯一、予想されなかった者。それが貴女だ。ウィナフレッド嬢」

「アタシ……?」


 ぽすっとアタシは脱力したようにソファに腰を落とした。


「貴女の存在だけが、この【お告げ】とやらにおける例外。切り札なのです。これによれば、フィロメニア殿はその地位を失うはずだった。もしくは、すでに命すら落としていたかもしれない。それを救ったのは確実に貴女だ」

「だ、だからって……」

「だからこそ、陛下は貴女をお招きしたのです」


 ランベルトの表情には心に迫るものがあった。

 アタシにはその言葉が嘘とは思えなくて、そんな嘘をつく理由も考えつかない。

 

「そう言うってことはアタシの前にその【ヘリオセント】が出てくる可能性が高いってことよね」

「陛下はそう考えておられる」

「アタシがそれと戦って見返りはあるの?」


 アタシが言った言葉は、正直言えば意地悪だ。

 フィロメニアの敵ならどんな理由が他にあったとしても、問答無用で叩き潰す。

 けれど、あの星帝に良いように動かされるのも気に食わなかった。


「貴女の求めるもの。それを手にすることを、帝国は出来る限り援助しましょう」

「アタシがなにを欲しがってるか知ってんの?」

「私にはなんとも。しかし、共に主を持つ者として、貴女は邪な者ではないとわかります」

「知った風に」

「申し訳ない」


 ランベルトがその大柄な体を縮める。

 アタシはその様子にため息をついて、顔を背けながら言った。


「……フィロメニアの邪魔をするなら関係なしに戦うわよ。そのついでで良いなら受ける」

「構いません」


 ランベルトは了承すると、懐から小さな箱を取り出す。

 そしてそれをアタシに向けて開くと、そこにはペンダントと思しきものがあった。

 最近、そんな風に毒物を送られた経験が蘇って、アタシはぎょっとする。


「え、危険物?」

「いえ、我々の作った魔導具です。身に着けていれば遠距離でも会話が可能な代物です。いざというときには活用頂きたい」

 

 はぁ、といって恐る恐る取り出すと、それは剣のような形をしていた。


『危険はなさそうだよ、我が君』


 掲げて観察していると、セファーがそんな風に囁いてくる。

 女性がつけるデザインじゃないけれど、服の中に隠しておけばいい。

 なら、とアタシは首にかけて、メイド服の襟から中に落とし込んだ。

 

「とりあえずもらっとくわ」

「貴女からの声には陛下がお応えするでしょう」

「大丈夫、たぶんアタシからは話しかけないから」

「そう言わずに仲良くして頂きたい」


 ランベルトは肩を落としながらもそんなことを言う。


「陛下はああ見えて……貴女と会えることをとても楽しみにしていらっしゃった。あの方は長く生きておられる分、得たものも、そして失ってきたものも多い。貴女を妹と呼ぶのも、それほど貴女を大事に思っていらっしゃる証です。母上はそういう人なのです」


 最後に、あえて母と呼んだランベルトの顔には、優しそうな笑みが浮かんでいるのだった。

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