51:神様
セレスによって開かれた謎のドアの先で、アタシたちはながーい廊下を歩いていた。
ここまでの城の内部はまさに中世といったレンガ造りだったのに対し、この廊下の壁は滑らかな平面に仕上げられている。
アタシの目には、ここだけ別の文明で出来たかのように見えた。
「ここはね。余の家族のために作った場所なの」
「家族?」
「そう。だから妹ちゃんにも見せてあげようと思って」
「アタシはアンタを姉とは認めてないわよ」
「それでも、知ってほしいんだ」
先を歩くセレスとそんな会話をする。
ちなみにアタシがここに入ることへ反対しようとしたランベルトは入口の部屋で置いてきぼりを食らっていた。
可哀想な人だな、あの人……。
そんなことを思っていると、廊下の終わりが来る。
そこでアタシを待っていたのは――。
「はい。ここが余の家族のお家だよ」
――そこは、普通の家だった。
けれど、あくまでアタシ目線から見れば、の話だ。
その部屋の壁には壁紙が張ってあって、キッチンがあって、冷蔵庫っぽいものがあって、テレビっぽいものがあって。
まるで前世でアタシが生きていた日本の部屋のようだったのだ。
「どう? 珍しい?」
「いや、どっちかっていうと懐かしいっていうか……」
「ふ~ん?」
『これは……君のいた時代にそっくりだねぇ』
「そうなんだ?」
「ナチュラルにセファーと会話するし……」
アタシが驚愕の光景に呆気に取られていると、セレスは電気ポット? みたいなものからお湯を出して、何かを準備している。
「あ、妹ちゃん、その辺に座ってて。神霊ちゃんは何かいる?」
『残念ながら我は実体がなくてねぇ。お構いなく』
「そっか」
そして言われた通り席につくと、懐かしい香りを放つカップが目の前に置かれた。
「あれ、これって……?」
「わかる? どーぞどーぞ」
そりゃ、わかる。
前世で社畜をやっていたときに死ぬほど飲んでいたものなのだから。
言われるままにそれを飲んでみると、やはり思った通りの味がした。
「コーヒーだこれ……」
「せいかーい! 王国にはないでしょ?」
「て、帝国にだってないでしょ!」
アタシは驚きつつも言い返すと、指を振って「ちっちっち」と否定される。
「実は獣人の国では取れるんだよね。コーヒー豆。それをちょっともらって、余が飲む分だけ加工してみたの」
「し、知らなかった。ていうか美味しい」
「ほんと? よかった~」
紅茶も好きだけど、懐かしきこの香りと苦み。
不思議と気分が落ち着いてきて、アタシは伸びをした。
ふぅ、と暖かいコーヒーをもう一度口に含んだところで――。
「――じゃなくて!」
「わぁ、良い反応~。妹ちゃんは可愛いね」
にこやかにセレスは笑う。
アタシの頭にはさらに疑問が積もってしまって、なにから聞けばいいのかわからない。
そんな風にアタシがまごまごしていると、セファーが先んじてセレスに問いかけた。
『この部屋はもしかして水祭前の文明を再現したのかい?』
「うん。よく出来てるでしょ」
『我が君はそれが前世の文明とよく似ていて、混乱している。何か説明してくれないかな』
「前世……? んー、じゃあ歴史の勉強からかな」
そう言ってセレスが指を振る。
「星典に書かれてる【レゼの水祭】はわかるよね?」
「そりゃ……神様と人が外から来た悪魔と戦って、その戦いの後、壊れちゃった世界をもう一度作り直すために、神様がいったん世界を洗い流したってやつでしょ」
「あれは半分本当で、半分嘘。本当は悪魔と戦ったわけじゃない。戦ったのは人と人だよ」
アタシはその時点では驚かない。
なんとなく、そんな気がしてたからだ。
クレイヴたちと冒険したあの遺跡も、どう見ても人の手で作られたものだった。
きっとその戦争で衰退して、でも生き残ったのが今の人類なんだろう。
そんな風にアタシはこの世界を考察していた。
「で、もう半分の本当のとこは?」
「神様が世界を作り直そうとしたのは本当だよ。というか、怒らせちゃったっていうのかな?」
「そこ!?」
アタシは思わず席を立つ。
前世でのアタシは特定の宗教を信仰してたわけじゃなく、なんとなく神様はいるのかなと思っている典型的な日本人だ。
クリスマスにはなんとなくお祝いして、年明けには初詣にいって、お盆にはお墓参りに行く。
そんなふわっとした信仰心を持っていたアタシにとって、神様が実際に何かをしたと歴史に残っているのは驚愕の事実だった。
「神様はちゃんといるよ。そもそも妹ちゃんのお友達だってそうでしょ」
「ああ……確かにそう言われれば」
『君は我をなんだと思っていたんだい?』
アタシは額に手を当てて自分の考えの散らばりっぷりを呻いた。
セファーの存在はなんとなく、この世界における魔法と同じように自然と受け入れてしまっていたからだ。
それと、星典というある意味おとぎ話の中の存在はアタシの中で乖離していて、手を合わせて祈る神とは別物という印象だったのだ。
「まぁ、実在するのは人のための神様じゃなくて、ただこの星に住む高次元存在なんだけどね。それを信仰という形で人々をまとめるのに利用させてもらったの」
「り、利用……」
「人の信じる力はこの星では超常をもたらす。それが魔法。滅亡しかけた人類を復活させるには魔法の力が不可欠だから」
「え、じゃあ、なに? 主星四柱って……」
「余が三百年前に作った宗教だよ」
くらっと来た。
帝国の星帝がこの世界で信仰されてる宗教の教祖だったなんて、どこにも書いてないし誰も知らない。
きっと王国の神殿関係者が聞いたらムキになって怒鳴り散らかすだろう。
『で、それが我が君の前世とどう関係があるんだい?』
「妹ちゃんはたぶん、その当時に生まれたんじゃないかなって」
『つまり?』
頭を抱えるアタシの代わりにセファーが聞く。
するとセレスは一口コーヒーを飲んでから、言った。
「人と人の戦争に怒った神様による次元を超えた干渉……その産物が妹ちゃんなんじゃないかな。だから妹ちゃんは水祭前の文明と似た記憶を持ってる。余はそう考察してるよ」
「考察って……」
「妹ちゃんはチキュウっていう星の、ニホンって場所にいたんでしょ? アドリアーナからそう聞いたよ」
そういえば幼い頃、お母さんにそんな話をしてしまった気がする。
けれど、お母さんは難しい顔をして、アタシは他人にその話をしないよう言い含められた。
「記録ではこの星がそう呼ばれてたことはないし、そんな国は存在しなかったの。だからそれはきっと別の星か、別の次元の話」
「もうなんでもありじゃない!」
「そうだよ。ひとたび干渉されればどんなことでも現実になる。それが神様っていう高次元の存在。それを――水祭をもう一度起こさせないために、私たち
「じゃあ……アタシも
呆気に取られて聞くと、セレスは首を横に振る。
「ううん、妹ちゃんは限りなく人間に近くて、限りなく
「なんでよ! なんでアタシがゲームの世界に来たのかくらい答えなさいよ!」
机を叩いてアタシは立ち上がった。
雲をつかむような話をされて、結局なんでアタシが転生したのか、アタシはなんなのかもハッキリしない。
そんなセレスにアタシは怒りを抱いていた。
「妹ちゃんにとってはそうでも、少なくともこの世界に住む人にとっては遊戯の上の世界じゃない。それは今まで生きてきて妹ちゃんもわかってるよね?」
言われて、アタシは口を噤む。
そうだ。これまで会ってきたすべての人は、迷ったり、悲しんだり、道に迷ったりと、実際に
なにより、アタシは決められた役割――フィロメニアを悪役令嬢という運命から解き放つために生きてきたのだ。
だから、それは否定できない。
「どんな過程が……どんな原因があったとして、それがわからなくても、きっとそこには意味がある。その意味を妹ちゃんには探してほしいんだ」
「アンタはどんな意味を持ってるのよ」
「余の? 余の生きている意味はね……」
と、そこでドタバタという足音が聞こえる。
目をやると、部屋の奥が開くところだった。
そこから現れたのは、一人の青年と、三人の子供。
「母さん! 聞いてよ! あっ……」
青年は喜びの表情の後、こちらを見て顔を引きつらせる。
だが子供たちはそれぞれにはしゃいで、そのままセレスに飛びついた。
「「「ママー!」」」
「ふふ、はいはい」
その様子に、アタシはすとんと椅子に座る。
「アンタの子供……?」
「うん。まぁ、余にとってはこの星に生きる人類全員が我が子のように思ってるけどね。この子たちにとってのママは私。マルク、帰ってたんだね」
マルク、と呼ばれた青年は気まずそうな顔で頭を垂れた。
「ごめん、母さん。お客さんがいるって知らなかったんだ」
「いいんだよ。こっちはウィナフレッド。余の妹ちゃん。だから……みんなにとっては叔母さんかな」
「お、オバ……」
「「「オバさーん!」」」
その響きに抗議しようとして、先に子供たちに元気よく呼ばれてしまう。
アタシは仕方なくまとわりついてきた子供に返事をする。
「はいはい……。オバさんですよー……」
「ふふ、一番大きい男の子がセヴェリオ、次の男の子がトビア、一番年下の女の子がウルテアだよ」
「これがアンタの生きる意味?」
「ご名答。血が繋がっていなくても、この子たちの未来をよりよいものにする。それが余の生きる意味。それは余が人間だろうと、
セレスはウルテアを膝の上に乗せながら、その顔へ愛おしそうに頬ずりした。
「だから妹ちゃんも、自分がなんであるかは関係なしに、生きる意味を全うしてほしいんだ」
「良い感じにまとめてんじゃないわよ」
「ごめんね。余にも妹ちゃんのことはハッキリしたことはわからないから。でも、知ってほしかったんだ。妹ちゃんには余みたいな姉がいて、そして世界を良いものに変えようとしているのは一人じゃないってことを」
そう言って微笑むセレスの顔は、慈愛に満ちた聖女のようで、アタシにはそんな顔はできないと思うのだった。
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