50:星帝
「仕舞いだ。ウィナ」
「え、なに、どゆこと」
言われたアタシはもう一人のアタシとフィロメニアたちを交互に見る。
すると、もう一人のアタシはすでに刀を鞘にしまっていて、戦いを終える雰囲気となっていた。
あのでっかい男は誰? ていうかなんでフィロメニアも止めてくるの?
アタシは困惑しつつ構えを解くと、男が頭を垂れる。
「失礼をした。ウィナフレッド嬢」
「いや、アンタだれ?」
「私はランベルト・ゼン・アルトマイアー。セントラム騎士団団長を務めている」
大柄なランベルトはそう言うと、もう一人のアタシの方を向いて跪づいた。
「陛下。ご冗談が過ぎます。今宵の場は我が帝国と王国の和平の第一歩。いくらラウントリー卿が承諾済みとはいえ、ご軽挙はお慎みください!」
「は? 陛下って……」
一瞬、アタシは男の言っていることがわからなくなる。
へいか。陛下ってアレよね。国王とかのことよね。それをなに? 今、目の前のドッペルゲンガーに言った?
アタシがさらに困惑して目を瞬かせていると、もう一人のアタシは自分の髪を掴んで引っ張った。
今までのはウィッグだったらしい。
すると、現れたのは雪を思わせる白だ。
風になびくそれは腰まで伸びる長髪だった。
そして、軽く髪を整えてから彼女は言う。
「初めまして、ウィナフレッド・ディカーニカ。私はこの星帝シュタリア帝国のいっちばん偉い人。【星帝】セレス・ノヴァ・シュタリアだよ」
ニコっと笑った顔は、アタシとは違って上品な笑顔だった。
「どっ……」
「ど?」
そのときにはアタシの脳みそはパンク状態で上手く言葉が出てこない。
一度詰まった叫びを再び出すことだけが、唯一アタシのできることだった。
「どういうことぉぉぉ!?」
◇ ◇ ◇
それから、理解不能な状況なまま、アタシたちは一つの談話室に通された。
フィロメニアはまだパーティの続きがあるのでいない。
アタシは暖炉で薪が燃えるパチパチという音だけが響くその部屋で、出されたお茶を呆然と啜っていた。
「さっきはごめんね。ちょっとおふざけが過ぎちゃった。ランベルトにも怒られちゃったし」
「ああ、うん、ええ、はい」
いまだ脳みそがショート状態のアタシは、なんと返事していいのかわからず、とりあえず思い浮かんだ相槌を全部言う。
「普通に話していいよ? その方が余も話しやすいし」
「じゃ、じゃあ聞くけど……なんでアタシとおんなじ顔してんの? なんかの魔法?」
「あ、これはね……」
そう言ってセレスが目元に手をやると、眼球から何かを外した。
そして顔を上げると、そこには白く光る瞳が見える。
それは人ではない――
「どう? これで少しは違って見える?」
「
「それはそうだよ。だって生まれたときからこの顔だもん」
「だから、それがなんでって聞いてんの!」
アタシの叫びにセレスはふふっ、と笑う。
なんというか……いちいち癪に障る反応だ。
自分と同じ顔が勝手に動いているという嫌悪感がアタシの神経を引っ掻いているのかもしれない。
「それはね。余たちは姉妹だからだよ」
「アタシに姉妹はいないわよ!」
だん! と床を踏んで立ち上がる。
けれど、セレスは意に介していないようにお茶を啜って、ニコニコと笑っていた。
「それはアドリアーナの養子だからでしょ。余たちは本質的には同じなの。でも、余の方が先に生まれたからお姉ちゃん。で、あなたは妹ちゃん」
「アンタいくつ!?」
「歳? 歳はね……」
まさか生き別れの双子とでも言うんじゃないでしょうね。
でもアタシは人間だし、
そんなことを考えていたら、予想からさらにブッ飛んだ答えが返ってきた。
「今年で三百……四十二歳かな? 長く生きると自分の年齢ってよくわからなくなるね」
「嘘つけぇぇぇ! そんなん水祭前じゃない!」
この世界はレゼの水祭から数えた【水祭歴】という暦を使っているが、今年は水祭歴三一二年だ。
セレスの言うことが本当なら前世で言う紀元前の生き物になってしまう。
キリストもびっくりなことを言い出したセレスに突っ込むと、彼女はけろっとした顔をする。
「本当だよ。帝国だって余が一から作ったんだから」
「だ、だとしたらなおさら姉妹じゃないわよ! アタシは今年で十五だし!」
「妹ちゃんは目覚めるのが遅かったからね」
「目覚めるって……ちゃんとアタシはお母さんに赤ちゃんの頃から育てられたし!」
「知ってる」
立ったままのアタシをセレスは真っ直ぐに見据えた。
「赤ちゃんのときの妹ちゃんは私と一度会ってるから。アドリアーナが育てるっていうのも私が許可したんだから」
「お、お母さんのことも、なんで知って――」
「アドリアーナは昔、余の下で戦ってたんだ。元々、あの子は帝国で冒険者をやってたんだよ。知ってた?」
知らない。アタシはお母さんについて、騎士だったという以上の過去は知らない。
お母さんが教えてくれた多くは戦う術、生きる術で、お母さん自身のことはあまり喋らなかった。
アタシは気が抜けて、すとんと元の椅子に座る。
もう何がなんだかわからない。
いきなり出てきて姉を自称するのが星帝で、お母さんのことも『あの子』呼ばわりする存在が出てきた。
今からでも全部嘘でした、とでも言ってほしい。
アタシはそれくらいの衝撃を受けていた。
だが、セレスは悪戯っぽい笑顔でアタシに迫る。
「もっと知りたいなら、帝都においで。余も妹ちゃんに見せたいもの、いっぱいあるんだ」
人の気も知らないで……いや、知りながら言っているんだろう。
それはアタシにとって甘い誘惑だった。
知れば何かが変わってしまうということを確信しながらも、手を出さずにはいられない蜜のような誘惑。
でも、ここで立ち止まってはいけない気がする。
アタシはこちらを見据える白い瞳孔に対し、強く視線を返すのだった。
◇ ◇ ◇
「まさか、そのまま帝都にまで招かれるとはな」
「……うん」
「大丈夫か? ウィナ」
「だいじょび」
「駄目そうだな」
レンガで舗装された道を、アタシたちを乗せた馬車が走る。
アタシたちはラウントリー辺境伯の屋敷から、そのまま帝都へと直行していた。
馬車の窓から見える街並みは、王都と比べると
街の建築様式はそこまで変わらないものの、その屋根や壁は様々な色に塗られていた。
フィロメニア曰く、帝国は鉱物資源が多いから顔料も多いんだろうとのことだが、正直、アタシはそんなことよりも自分のことで頭がいっぱいだ。
これからアタシたちはセレスの待つ王城へと入る。
そこでどんな事実が待ち受けるのか、それだけがアタシの頭の中にあった。
と、そこで馬車が止まる。
窓から身を乗り出すと、ちょうど城門が開かれるところだった。
その奥に見えた巨大な人型に思わず息を飲む。
「あれが魔装兵か」
同じく窓から見ていたフィロメニアが呟いた。
全身を金属で覆われた巨人――帝国の主戦力である魔装兵だ。
あれは魔導具の技術で作られた、人が乗って戦う兵器らしい。
アタシから見ればロボットにしか見えない。
こんなものを生産しているのだから、帝国の鉱物資源と魔導技術はよっぽどのものなんだろう。
その巨人が並んで作る道を馬車が通り、いくつかの門をさらに通り過ぎて王城の前に止まる。
すると出迎えてくれたのはランベルトだった。
「ようこそ御出でくださいました。フィロメニア嬢」
「団長自らが出迎えとは、歓迎されているな」
「お二方は陛下の大切なお客様でありますから」
大柄なランベルトは帝国式の礼をすると、フィロメニアに手を貸して馬車から降ろさせる。
アタシはぴょんっと反対側の窓から飛び出て、先んじて荷物を取り出そうとすると、ランベルトに止められた。
「ウィナフレッド嬢、貴女はそんなことをしなくてもいい。それよりも陛下が待ちわびておられる」
「これ、アタシの仕事なんだけど」
「そこをなんとか曲げて頂きたい」
ランベルトは懇願するように言う。
なんとなくこの騎士団長からは苦労人の匂いがして、アタシは仕方なく言う通りにした。
そうしてランベルトに案内されるまま城へと入ると、まずあったのは巨大なホールだ。
たぶん入ろうと思えば何百人も入るだろうホールのお立ち台の上に、あいつはいた。
「ようこそ。我が城へ。お待ちしていました」
長く白い髪に、顔が見えないようヴェールをかけて、薄い布を何層も合わせて作られた聖女を思わせる衣装。
それがセレス――シュタリア星帝の姿だった。
「御招き頂き感謝いたします」
するとフィロメニアが跪く。癪だがアタシも慌てて跪くと、くすっと笑う気配がした。
「滞在の間は帝都を存分に楽しんでください」
セレスはそう言うと、さっさと行ってしまう。
あれ? これだけ?
と、思っていると、近づいてくる女性騎士がいた。
「クラウディア・ヴィル・バルシュミーデと申します。フィロメニア様、まずは王城をご案内致しましょう。――ランベルト、あとは頼みます」
「はっ……。ではウィナフレッド嬢、こちらへ」
「え」
ちょっと待って、別行動!?
と、アタシが声を出そうとすると、フィロメニアに制される。
「構わん。ウィナ、大丈夫だ。何かあれば呼ぶ」
「……はい。お嬢様」
フィロメニアが言うのなら、恐らく大丈夫なのだろう。
異国の地で主を一人にする不安を抱えつつも、アタシはランベルトのあとをついていく。
そうして案内された一室に入ると――。
「妹ちゃん!」
「うわっ!」
――いきなり星帝に抱きつかれた。
「もう、ずっと待ってたんだよ?」
「は、離しなさいよ! キャラの切り替え早くない!?」
「余はああいうキャラで売ってるから仕方ないの。でも、もう家族しかいないから大丈夫。ねぇ? ランベルト」
家族……?
と思いつつ、部屋の扉がしっかり閉まっているか確認するランベルトを見ると、何やら変な汗をかいている。
「へ、陛下、ご軽挙はあまり――」
「家族だけのときはお母さんでしょ」
「……母上。お願いですからせめて扉が閉まり切ってからにしてください」
「母上!?」
アタシが思わず仰天すると、セレスは今度はランベルトの丸太のような腕にしがみついた。
「そう。この子は余が育てました!」
「……随分でかい子を産んだのね」
「産んではいないよ。余は
セレスはあっけからんと言う。
たぶん養子ということだろうが、それにしてもアタシと同じ顔がお母さんと呼ばれているのを見ると眩暈がしてきた。
「じゃあ、さっそくお話ができる場所に行こっか」
そう言ってセレスは暖炉の脇にある本棚に近づく。
「ま、待ってください母上! まさかこの者に家を――!?」
「あ、ポチっとな」
なんか古臭い言い回しが聞こえたような気がした。
ランベルトが止めるのも構わず、本の一つをセレスが押すと、見た目の割に滑らかに本棚が横へと移動して。
「か、隠し通路」
「じゃーん」
その裏には、その部分だけ時代が違ったような、謎のスライドドアが現れるのだった。
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