48:責任の所在は
「ラウントリー辺境伯のところへ行くぞ」
「そりゃ、また突然」
次の日、放課後に受け取った手紙を読んだフィロメニアにそう言われ、アタシは目を丸くした。
以前、アタシが霊獣になった直後に保護してくれた帝国の領主だ。
その際には一週間ほど滞在し、アタシ自身も辺境伯とも知らない仲ではない。
「表向きは社交界だ。王家と父上のところに招待状が届いたらしい」
「あれ、でも帝国って敵国だよね」
「だからこそ、私が呼ばれたのだろう。父上も来るが、実質私が帝国と王国の橋渡し役となる」
フィロメニアはかねてから帝国の貴族と繋がりがある。
それは届く書簡を御付きメイドとしてチェックしていればわかることだ。
ここの部分はゲームでは悪役令嬢として政治的な悪行を行うために使われていた人脈だが、今のフィロメニアにその様子は当然ない。
どちらかというと睨み合いが続いている王国と帝国の仲を収めたいという思いをアタシは感じていた。
それで言えば、今回の件はフィロメニアの活動が実を結んだものとも言える。
アタシは主人の優秀さが嬉しくなって、ついおちょくりたくなった。
「ちょ~責任重大だね」
「……問題を起こすなよ?」
ど、どの口が……。
アタシは問題に巻き込まれているだけで、アタシ自身が問題を起こしてるんじゃない。
けど誰に責任があるかと言われるとちょっとそこが有耶無耶だ。
一学期からこれまで濃厚な日々を送っているアタシは、もはやその責任が誰にあるのかわからなくなっていた。
「お前の周囲には常に何かと問題が集まってくるからな」
アタシが答えに詰まっていると、フィロメニアがそんなことを言ってくる。
「それ、アタシと一緒にいるフィロメニアにも言えない?」
「そこに突っ込んでいくのがお前だと言っている」
くそぉ~、アタシにもなんでかわからないけど否定できない!
アタシは悔しさを抑えながらも、頭を仕事モードに切り替えた。
話からしてこれは重要な案件だ。
御付きの立場としては全体を把握しておかなければならない。
「行くのはご当主様とフィロメニアとアタシだけ? 護衛の騎士さんたちは別で」
「連れていく使用人はお前が選べ」
「じゃあご当主様にメイド長つけて……あと十人くらい?」
素早く考えを言うと、フィロメニアは頷く。
「今回は和平交渉の挨拶のようなものだ。それでいいだろう。あまり目立つのも芳しくない。私のドレスと化粧はそれを意識しろ」
「は~い」
返事をしたアタシの頭の中では、すでに地味めで肌を隠すドレスとナチュラルメイクが浮かんでいた。
ここらへんはフィロメニアが社交界デビューした辺りから脳が鍛えられている。
「あ、あとリタも連れていっていい? いい経験になると思うんだよね」
「好きにしろ」
うむ。もうほとんど丸投げされている感じがする。
けど、当日の社交界はフィロメニアにとって戦場だろう。
相手は帝国の貴族たちだ。婚活パーティみたいな社交界ではなく、王国としての意志をフィロメニアは代弁しなければならない。
さっきの話だとクレイヴも来るだろうけれど、フィロメニアが名指しされているということはあちらさんもそれを期待しているということだ。
アタシには到底できない重要な役割。だからこそ、アタシはそれ以外をこなすことに徹底する。
そうやって主の負担を軽減することが、御付きメイドとしての役目だ。
「で、いつ行くの?」
「明日、ここを発つ」
「おっけー」
じゃあもう、すぐにでも準備は始めなきゃ。
当然、明日も明後日も授業があるが、これは最も優先されるべきことなので仕方がない。
それに貴族の集まるこの学園ではこういった休みは珍しくないのだ。
「じゃあまずお土産買い出しにいってから荷物まとめて……ここにないものはお屋敷にあるし、いっか。辺境伯のとこまでは結構かかるから、軽食も用意しとかないと」
アタシは一人でぶつぶつと言いながら、社交界に向けての準備を進めるのだった。
◇ ◇ ◇
大神殿――神殿というこの国の国教を束ねる組織の総本山は、険しい山道を馬車で登った先にあった。
三百年前の【レゼの水祭】で出来たという大きな亀裂ような谷――その上に真っ白な石を積まれてできた建物だ。
シャノンは騎士たちに丁重に誘われて、その中へと入っていく。
大神殿はどこも良く磨かれた石造りで、無機質な印象を受ける。
故に歩き心地は固く、そして山の上のためか少し肌寒い。
そうして連れていかれた部屋に入ると、そこには一人の老人が立っていた。
「よくぞお越しくださいました。巫女様。私は大神官を務めさせて頂いております。【エヴァリスト・レイ・オリオール】と申します」
「しゃ、シャノン・コンフォルトです」
深々と頭を下げるエヴァリストに、シャノンは慌ててお辞儀する。
彼は神殿の制服と思われるローブに身を包み、後退した髪の毛を撫でた。
その顔はどこか困ったような表情だ。
「まずはお詫びを。学園にまで騎士を派遣し、お連れしましたこと、大変失礼を致しました」
「だ、大丈夫……です。ですが、なぜ私が連れて来られたのか。なぜ今なのかを教えてください」
シャノンの言葉にエヴァリストはしっかりと耳を傾け、深く頷く。
「旅のお疲れもあるでしょう。座ってお話を致しましょう」
進められて座ったソファは質素なもので座り心地は決して良いとはいえない。
シャノンは学園という贅沢な環境に、いつの間にかに慣れてしまっていたことを自覚した。
「ではまず、貴方様をお連れした理由ですが……【巫女】であらせられるから、では当然納得はいかないでしょう」
エヴァリストは苦笑しながら言う。
その言葉にシャノンは頷きながらも、姿勢を正すように身じろぎした。
すると、エヴァリストも本題に入るかのように笑みを消す。
「マリエッタ・レイ・ヴュイルヤード……」
彼が口にした名に、シャノンは少しだけ息を飲んだ。
「彼女が貴女様を故郷の村で見出したのはもう半年前のことになりますか。失礼ながら、実は当初、私は貴女様の力については半信半疑でございました。マリエッタは最初から貴方様を巫女だと言い張り、彼女を支持する派閥――まぁ、急進派とでも言いましょうか。彼らは貴女様の学園への入学を押し進めた。これが貴女様の学園入学の流れでございます」
「私を……最初から巫女として?」
シャノンは自らの扱いについて尋ねる。
自分が巫女かもしれない、とはマリエッタから一度たりとも説明されたことはなかったからだ。
「ええ、しかし、知っての通り魔法の才能はその血筋に強く関係致します。貴女様の才能を疑う者、面白く思わない者も神殿には多くいる。だからこそ、学園という学びの場にて様子を見ようという案に落ち着いたとも言えます」
エヴァリストは身振り手振りを加えながら、ゆっくりと話した。
今のところ、シャノンにとってこの老人が嘘をついているようには思えない。
シャノンは少し冷たくなった手を摩りつつ、エヴァリストの言葉に相槌を打つ。
「彼らの見通しではそのまま学園にて魔法を学び、彼らの目の届くところで巫女としての力を成長させ、卒業後にお迎えする流れでした。しかし……ご存じの通りマリエッタは学園を追放され、彼らの手から貴女様は離れてしまった。
それを危惧した者たちは焦っていたのでしょう。【巫女】の真の力は絶大なもの。もし貴女様が神殿を信用してくださらず、公爵家に篭絡されることを」
「フィロメニアちゃんは悪い人ではありません」
エヴァリストの言ったことに、シャノンは反射的に声を上げていた。
言葉にはしないが、不信感だけを積もらせてくる神殿の主が、自分を友人を悪がごとく言うことにカッとなってしまったのだ。
詰め寄られたエヴァリストは困ったように眉を歪めながら、光を反射する頭を撫でる。
「それは否定致しません。巫女様。フィロメニア殿は聡明で、かつ善良に国を導こうとするお方とお聞きしております。ですが、彼らの危惧はそこではない。
「政治ってことですか……? 大人の事情に学生を巻き込んで……振り回していいんですか!?」
シャノンの内心の怒りは収まるどころか、勢いを増した。
エヴァリストの割り切ったような考え方を、シャノンは受け入れられない。
すると、彼はテーブルに手をついて頭を垂れる。
「はい。ごもっとも。ごもっともでございます。ですが我々、神殿の中にも様々な考え方をするものがいることを御承知ください。神儀会の決定を覆すことは私にも難しいのです」
必死に許しを請う姿は大神殿のトップとは思えないほどに低姿勢なものだった。
そして、エヴァリストは垂れた頭をそのままに、祈るようにしてシャノンに言う。
「……無理にお連れしてこう言うのも信用頂けないとは理解しておりますが、貴女様においては今後、この神殿にて【巫女】の力の開花を目指して頂きたい。そしていずれは先代巫女様と同じように各地を巡り、民に希望を与える存在となってほしいのです。それだけが我々神殿の総意であり、純粋な人々への施しのための願いでございます」
その姿勢に、シャノンは胸を打たれたわけではない。
しかし、彼ほどの地位の者がそうするだけの意味があるのだと、シャノンは感じる。
だから、シャノンは冷えたつま先を縮め、ぐっと手を握って言った。
「……お話はわかりました。けど――」
これだけは譲れない。自分はそれを止めるためにここへ来た。
顔を上げたエヴァリストの目を強く見て、シャノンは言葉を紡ぐ。
「私は人を傷つけるような魔法を使いたくありません。使わせないでください。それだけは約束してください!」
「はっ……神々のお告げにかけて」
彼は素早く、そして再び頭を垂れるのだった。
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