47:悪しき者

「そうか……。シャノンが……」


 日が落ちたその夜、場に居合わせていなかったフィロメニアを含めて、クレイヴたちと集まっていた。


「私のせいですわ! 私が……神殿などを頼ったから……!」


 ディアナがバン! とテーブルを叩いて悔しがる。

 

「いいや、この事態は遅かれ早かれ起こったことだろうよ。元々、マリエッタが関わっていたのだからな。恐らく、シャノンの命の危険を察して姿を見せたフェネクスを見られたのかもしれん」


 だが、そんな様子を見て、冷ややかにフィロメニアが訂正した。

 

「しかし、心配ではあるな。さすがに巫女には手荒な真似はしないと思うが、相手はあの神殿だ」

「……貴女もシャノンを心配なさっているの?」

「ああ、『友達』なのでな」


 訝しげに言うディアナに、フィロメニアは事も無げに言う。

 ディアナとの一件の後から、シャノンとフィロメニアの間の関係性が少し変わったらしい。


 それによりシャノンへの虐めは鳴りを潜めたが、その直後にこんなことになるとはアタシも思いもしなかった。


「ところでよ。その【巫女】っつーのはなんなんだ?」

「知らんのか。本を読め、阿呆」

「なんだと!」

「あ~、ちょっと喧嘩しないでよ」

 

 相変わらず言葉にトゲがびっしりなフィロメニアに、ジルベールが食って掛かるのをアタシは止める。


 とは言っても、アタシも【巫女】については例の乙女ゲーをプレイしてわかる範囲でしか知らない。

 【巫女】とは百年くらい前にいた実際の女性で、シャノンと同じように他者を治癒したり、強化したりできる力を持っていたそうだ。


 そして、その霊獣は滅多に姿を見せず、普段は白い輝きを持つ翼となって【巫女】の背中に宿っていた。

 彼女はこの国の国教を広めつつ、旅をして、道中にその力で人を助けたり、騎士と共に魔物を退治したりしたそうだ。

 

 乙女ゲーではストーリー中盤にヒロイン――つまりシャノンがまったく同じ力と霊獣だと判明し、二代目の【巫女】として祀り上げられる。

 ついでに、その時点で一番好感度の高い攻略対象を騎士として任命し、二人で敵に立ち向かっていくのだが……。


「随分と性急……かつ強引に事を進めたものだ。あれでは彼女から拒否されてもおかしくはなかっただろうに」


 アタシの言いたいことをクレイヴが代弁してくれた。


 今のこの世界は既に元の乙女ゲーのストーリーからはかなり逸脱してしまっているが、それにしても


 ゲームならばこのイベントは二年時……やっと各攻略対象のルートに入り始め、彼らと協力して大型の魔物を討伐できるようになってからだ。

 要するに、まだ攻略対象が弱い。クレイヴたちはまだ霊獣をグレーター級にしか昇華できていない。

 シャノンが【巫女】として、そして攻略対象が騎士として活動するには、それこそエリート級という段階まで昇華させていなければ厳しいだろう。


 それがまだ二学期が始まったばかりという序盤で、シャノンはまだその力を開花させていない時期に起こるとは妙な話でもある。


「シャノンはなんと?」

「神殿の悪いことをやめさせたいって」


 セルジュから問われ、アタシは馬車で聞いたことを答えた。

 するとクレイヴが唸るように反応する。


「内側から体勢を変えるつもりか。だからシャノンは……」

「本人が行くっていうなら、止めらんないわよね」


 シャノンは芯が強い。

 神殿を変えたいという思いは、これまでのことで予め考えていたことだったのだろう。


 そして、自分が巫女である、ということもディアナと探した書物から察してはいたのかもしれない。


「とはいえ、【巫女】といえば伝説のような存在です。シャノンの言う通り、神殿を変えることもできるかもしれない。悪いことばかりではない、と私は思いますが」

「けどよ。あいつらディアナを突き飛ばしたんだぜ? 信用できねぇよ」


 セルジュとジルべールがそれぞれの意見を言うが、アタシはそのどちらにも同意見だ。


 もし神殿が一枚岩ではなかったとして、例の乙女ゲーのように善良な面もあるのなら、シャノンの成長が見込めるし、本当に体制を変えることができるのかもしれない。

 けれどマリエッタのように邪悪な存在ばかりであったなら、今すぐにでも助けに行かなくてはいけない。


「うーん……」

「ディアナ。貴様は神殿がどうシャノンを扱うと思う?」


 アタシが何とも言えずに唸っていると、フィロメニアが言う。

 水を向けられたディアナは少し考えて。


「……利用価値があれば丁重に扱われるとは思いますわ」

「ほう。たとえば?」

「あの子の魔法のおかげでわたくしは一時的とはいえ、強力な力を手に入れました。恐らく次は神殿の騎士たちでそれを試すでしょう。それに……」


 ディアナは間をおいてから、言いにくそうに言葉を続けた。


「マリエッタ様には未来が見えているようですの」

「は?」


 予想外の話に、アタシは間抜けな声を出してしまう。

 

「どゆこと?」

「あの人は度々仰っていましたわ。私には【お告げ】が見えると」

「決闘の際にそんなことを言っていたな」


 そういえばセファーがシャノンを監視していたときも、マリエッタは魔導具のようなものを見て、そんなことを呟いていた。

 その時にはマリエッタが敵だと判明したことで頭がいっぱいで大して気にしていなかったけど。


「そこに貴女のことも書いてあると聞きました。フィロメニア様」

「なんだと?」

「ええ、そこには……」

 

 未来が見える。

 もしそうなら、それはアタシの持っている知識と同じか、もしくはそれを上回る情報を持っているということだ。

 そして、それが例の乙女ゲーの物語を綴るようなものであったなら――。

 

「――貴女が悪しき者であると。そう書いてあったそうですわ」



 ◇   ◇   ◇



「ふふ……くっくっく。笑える話だな」

「笑えないよ……」

 

 学生寮の廊下で、前を歩くフィロメニアは肩を震わせる。


「私が倒されるべき悪だという【お告げ】だと? マリエッタがそれを信じた上で、決闘に負けたとは。愚かにも程がある」


 笑えない。

 なぜならそれはアタシの知ってる乙女ゲーでの話だからだ。


 ディアナの話によると、マリエッタがこの学園に来たのも、シャノンを見出したのも、そしてクレイヴを除く攻略対象たちを引き合わせたのも全て【お告げ】のおかげだという。

 けれど、その【お告げ】通りにいかなかったのが唯一、フィロメニアとの決闘だ。


 マリエッタはフィロメニアをあの決闘で下し、そして学園から追放する予定だったらしい。

 どうにも致命的なところでアテが外れたからあんな顔をしていたのかと思うと、なんとなくあの般若みたいな形相もわからないでもない。


 そして、それはアタシにとっても予想外の話だ。


 もし、アタシ以外に乙女ゲーでの物語を知っているものがいるとしたら。

 そして、それが乙女ゲー本来の物語通りに進めることを画策しているとしたら。


 それはアタシの最大の敵だ。


 なんとなくだが、それはマリエッタ本人ではない気がする。

 なぜなら、決闘の申し込みのときにアタシという例外的な存在がしゃしゃり出てきた際、もっと驚くだろうと思ったからだ。

 アタシが逆の立場なら「なんだお前!?」みたいな感じになると思う。


 そして結局、アタシがマリエッタの勝利をブチ壊しにしたからには、【お告げ】は確定的な未来が見えるわけじゃないはずだ。


「ウィナ?」


 そんな風に考え込んでいたら、いつの間にかにフィロメニアの部屋の前にたどり着いていた。


「あ……。ごめん。ちょっとぼーっとしてて」

「ディアナの話を気にしているのか? ふふ……。お前はあの話、どう思う?」


 アタシも実はフィロメニアが悪役令嬢だって知ってる――なんて言えるわけはない。

 こめかみを掻きながら、アタシは言葉を選んだ。


「あ、アタシにとっては……フィロメニアは悪なんかじゃないよ」

「そうか? 案外、そう思っていなくとも私はそういう存在かもしれんぞ」

「だったとしてもだよ!」


 アタシは自嘲気味に言うフィロメニアに対してムキになってしまう。


 悪役令嬢という役割――そんなものから解き放つためにアタシは今までフィロメニアについてきたのだ。

 よくわからない【お告げ】とやらに断定されるなんて、まっぴらごめんだ。


「ふっ……。そう興奮するな。マリエッタの言っていたこともディアナを篭絡するための方便だろうよ」

「わ、わかってるし!」

「今日はもう遅い。私は寝るぞ。おやすみ。ウィナ」

「……うん。おやすみ。フィロメニア」


 そう挨拶を交わして、扉が閉まる。


 アタシは煮え切らない思いが残る胸に手を当てた。

 すると、視界の上から燐光を纏った神霊が舞い降りてきて、相変わらず余裕のある笑みを向けてくる。


『なにか厄介そうな話が出てきたねぇ』

『めちゃくちゃ厄介よ。神殿の闇、深すぎでしょ。なんで乙女ゲーの物語知ってる感じなのよ』

『まぁ、だが君という例外が存在する限り、その他の例外もまた存在を否定できない。それがある程度確定したのは収穫じゃないのかい?』

『モノは言い様ね。けどいきなり出てこられて驚かされるよりはいいかも』

『だろう? 君は君の目的に真っ向から反対する人物、または勢力が現れたときにどう対応する?』

『そりゃあ――』


 アタシは自室の扉を開きながら、絶対的に曲がらない答えを返す。


『ブッ殺すだけよ』


 それを聞いたセファーは肩を竦めた。


『相変わらず物騒な我が君だ。この間は殺生を控えたというのに』

『なるべくね。でも、そのときが来たらやるしかないのよ』


 アタシはメイド服を脱ぎ捨ててベッドに転がる。

 もうシャワーは明日でいい。


『シャノンには悪いけど、もうアタシの手は汚れてるんだわ』


 大の字になって天井を見ると、ゆっくりと頷くセファーが見えた。

 相変わらず、小さいのに大人っぽい笑みを浮かべている。


 アタシはそんな存在に見守れて眠ることに安堵感を覚えながら、ゆっくりと意識を手放すのだった。

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