38:我が情熱を歌と踊りへ

 サイリウムの生産工場の建設が軌道に乗り、現場がアタシがいなくともジョゼに任せられるようになってから。

 仕事が一段落したと思ったらアタシの日常はさらに忙しくなっていた。

 

「はい! いち、に、さん、し! いち、に、さん、し! ウィナさん、もっと体を大きく使って!」

 

 ここはお屋敷の一室。絨毯ではなくよく磨かれた木の床の舞踏室だ。

 立派なお鬚の筋肉ムキムキの殿方の手拍子に合わせ、アタシは一生懸命体を動かす。


 そう。舞踊会のレッスンが始まってしまったのだ。


 これが歌だけならともかく、アタシが自分で現代のライブみたいにしたいと言ってしまったおかげでダンスの練習までついている。

 一緒に踊っているフィロメニアでさえ、肉体強化の魔法を使っているのに息を上げている始末だ。


「これ、歌いながらやんの……?」


 いや、アイドルって凄かったんだなと改めて思い知らされる。

 ぽつりと漏らしたアタシの言葉に、先生はぐっと拳を握りしめた。

 

「もちろんヨ! 用意された楽曲、ワタシも聞いてみたけれど、先鋭的で情熱的な素晴らしいものだったワ! それをあの舞台で踊れるなんて……ンマァー! 羨ましい!」

「暑苦しいなこの先生」

「はぁはぁ……。ウィナ、この方は王国でも有数の振付師だぞ」

「だってぇ……」


 アタシはフィロメニアに言われても愚痴を零さざるをえない。

 もう一時間近くは踊りっぱなしなのだ。

 

 さすがのアタシだってへろへろになってくる。

 

「ほら、無駄話をしている余裕があるなら練習するわヨ!」

 

 そうしてダンスのレッスンが終わった後には――。


「ウィナさん、なにかこう……貴女の歌声には情熱が足りません。もっと出して、貴女の中の熱を! でなければ観客の心に響きませんよ!」


 ――やっぱりというか、当然というか。歌のレッスンが待っていた。

 

「こっちは別のパターンで暑苦しい」

「そういうものなのだ。我慢しろ」

 

 フィロメニアの方も若干疲れた顔で反応する。

 けれど彼女の歌は今のところ問題ないようで、指摘されるのはアタシばっかりだ。

 

「いいですか? ウィナさん、歌とはただ歌うんじゃないです。ダンスや楽器も一緒! 踊る人、奏でる人、歌う人の表現したい、叶えたい何かが出なければいけないんです!」

「もっとロジカルに言ってぇ……」


 情熱とか叶えたいこととか、そんなふわっとしたことを言われても困る。

 アタシがそんな風に顔をしかめていると、先ほどからレッスンの様子を物珍しげに眺めていたセファーが舞い降りてきた。

 

『【模倣Imitate】したものをそのまま歌っているのがいけないんじゃないかい? 我が君』

『じゃ、じゃあどーすんのよ』

『戦いと同じだよ。君の中にあるものを【模倣Imitate】したものと交えて表に出せばいい。確かに我も聞いていて感じる。君の歌は単調でつまらない。一度、【模倣Imitate】を切って歌ってみてはどうかねぇ』


 なるほど。

 相棒のアドバイスにアタシは頷く。

 

 アタシは一度【模倣Imitate】の力を解いて、全て我流で歌ってみた。


 すると――。

 

「……いいですね。その調子です!」

「ほんとに!?」

「ええ、けれどウィナさん」

「はい?」

「歌はド下手になりましたね」


 ――下手くそだった。しかもドがついてる。


 どうやらアタシは音痴らしい。人生二度目で発覚した事実。

 

 先生が言うには気持ちはそこそこ入るようになったものの、「音程やテンポが合っている部分の方が少なかった」とか言われてしまった。


『先は長そうだねぇ』


 先生の弾くピアノの上で昼寝をするセファーを恨めしそうに見ながら、アタシは歌い続けるのだった。



 ◇   ◇   ◇



 夏休みが始まってから二週間しか経っていない。

 なのに、アタシには怒涛の日々が襲い掛かってきている。


 屋敷にいるときには踊りと歌のレッスン、フィロメニアが出かけるときにはそれに同行し、たまに学園に戻って舞台セットの準備の様子を見る。


 入学式のときには真ん中が一段高くなった円状の舞台というシンプルなものだったが、アタシたちの舞台はそれよりも手の込んだものだ。

 中央に舞台があるのは変わらないが、舞台場の両側にある入場口と繋がっており、言ってみれば大きな橋のような作りにする予定だ。


 流れとしては橋の両端からアタシとフィロメニアが出てきて、踊りつつ移動する。最終的に中央で合流し、歌のサビの部分は二人で踊り合う。


 セットにはシャノンにも手伝ってもらい、一学期期末に彼女が作った、謎に発光するだけの魔法陣を組み込んだスポットライトなども取り入れた。

 動かすのは完全に人力だが、これを使えば前世のライブにだいぶ近い感じになるだろう。


 そして、ついでに――。


「これがラウィーリア家で作ったサイリウムというものでな。舞台の時に観客も共に舞おうという算段だ」


 ――夏休みを利用してフィロメニアはサイリウムの売り込みに精を出していた。

 

 表向きはお茶会という面目だ。

 けれど舞踊会当日に見に来るであろう有力貴族を片っ端から屋敷に呼び出し、サイリウムの実演販売を行っている。

 

「さいりうむ……ですか? これはどのように?」

「ここを押せば発光する棒になる。これを曲の拍子に合わせて振れば、皆が共に踊っているように見えるだろう」

「な、なるほど。それは壮観なものになりそうですわ。色とりどりの花のようで――」

「ところで、私には何の色が似合うと思う?」


 ここがフィロメニアの上手いところだ。

 販売も兼ねて実際のライブへの情報収集も行っていた。

 

 聞かれた女子生徒は少し考えて、答えを返す。

 

「色……? フィロメニア様といえば、そうですわね……。やはり決闘の際の赤いご衣裳はお似合いでしたわ」

「ではウィナはどうだ?」

「やはり緑ですわ! あのお姿になったときのウィナフレッド様は本っ当にお綺麗で――あ」


 あ、この子、アタシのファンだ。

 アタシは思わず顔を背けてニヤけてしまった顔を隠した。

 

「ふふ、では緑色に光るこれを一つ、渡しておこう」

「よ、よろしいのですか?」

「当日でも販売はするつもりだ。その色が多いほど、舞台場の我々には観客席が華々しく見えるだろう。何本か指に挟んで振るのもいい。――あんな感じにな」


 アタシはすぐさま懐からサイリウムを両手に三本ずつ持って、ちょっとあざとく振ってみる。

 すると、女子生徒は身を乗り出してフィロメニアに詰め寄った。

 

「ぜ、是非買いますわ! 今すぐにでも!」

「まぁ、待て。まだ生産が出来ていないのだ。当日には十分な量を用意しておく」

「楽しみですわ!」


 アタシのファンサに感動したらしい女子生徒は、興奮気味に帰っていった。

 当日、もし顔が見えたら個レスしてあげよう。

 


 そんな販促活動も佳境に入ってくると――。


 

《それはどこまでも綴っていく。終わらせない物語の続きを。闇の中、彷徨ってもこの繋がりだけは熱を持ってる》


 ――広いホールの中央でアタシのギター、お抱えのドラマー、そしてフィロメニアのピアノと歌声が響く。

 周囲ではメイドたちが大袈裟にサイリウムを振って、他の観客たちにその様子を見せていた。

 

 曲はサイリウムを振りやすいアップテンポな曲。


 これはいわゆるサイリウムの使い方のお披露目会ということで、生徒以外でも多数の貴族たちが招かれていた。

 もちろんメイドたちには教育済みで、全力でライブを盛り上げてもらっている。

 

 舞踊祭で披露する楽曲でもないのに完璧に歌い上げるフィロメニアは見事なものだ。

 

《光を超え、感じてる。愛しいこの手の中には……》


「キャー!」

「フィロメニアお嬢様ー!」

「お美しいが歌ってるー!」


 なんか歓声のテイストが独特な子がいるな……と思いつつ、間奏のギターソロを演奏すると、王国では珍しい音色に観客たちが湧く。


「これはいいものですな!」

「ええ、確かに……!」

「ウィナお姉さまー!」

「カワイイが演奏してるー!」


 やはり窓を閉め切って会場を暗くし、若い娘たちが熱狂する雰囲気は人を惹きつけるらしい。

 当初は戸惑っていたおじさま達も渡されたサイリウムを振り始めた。

 

 こうしてアタシたちはだんだんと、そして着実にサイリウムの文化を広めることに成功するのだった。

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