39:神々のお告げ

「づがれた……。づかれたぁ~!」


 夏休みが始まって早一ヵ月、アタシはシャノンの部屋でベッドに突っ伏して我儘を言っていた。


「ウィナちゃんずっと忙しそうだもんね」

「よしよし、です」


 そんなアタシをリタとシャノンが横に座って労ってくれる。

 

 今日は本当に……ほんっとに久しぶりの丸一日の休みだ。

 ここ最近、学園とこの屋敷と他の貴族のところと、せわしなく移動し続けていたので、お出かけしてリフレッシュなんて気も起きない。今日は何があっても屋敷内でグータラしていると決めたのだ。


「シャノンは? 暇してない?」

 

 アタシはうつぶせのまま首だけを動かしてシャノンの方へ向く。


「ううん。二学期の予習をしておこうと思って。それにエレノアさんの計らいで歌と踊りの練習もさせてもらってるよ。リタちゃんが言ってくれたんだよね」

「はい!」


 さすがはリタ。さすがはメイド長だ。

 アタシがシャノンの相手をできないときには気を遣ってくれているらしい。たぶんアタシたちの先生とは別の、屋敷お抱えの講師に教わっているんだろう。


「なんか聞かせてよ」

「え~……恥ずかしいよ」

「そんなんじゃ舞台に立てないわよ」

「わ、私じゃ舞台には――……ううん、そうだね。じゃあ聞いてくれる?」


 そう言ってシャノンはベッドから降りると、少し離れてアタシたちの前に立つ。


 うん。きちんと背筋を伸ばして堂々としてる。


 そして、シャノンが歌い出したのは一学期の課題曲だ。

 もちろん演奏する者がいないのでアカペラになるが――。


 ――アタシは思わず息を飲む。


 声量が凄い。

 それに声質がとても透き通っていて、よく通るのだ。


 なんと表現すればいいのか。聞いているうちにその声を自然と耳で追ってしまうような、人を惹きつける歌声だった。

 踊りはせず、リズムに合わせて体を揺らすだけだが、それだけでも十分に見栄えする。


 隣のリタも自然に体を揺らしていて、アタシたちは一緒にシャノンの歌に聞き入った。


 そうして歌い終わると、シャノンが顔を赤らめる。


「え、えへへ、どう?」

「良い……」

「え?」

 

 アタシは腕組みしてしみじみと言った。

 さすがはヒロイン。やっぱり元々才能があるのか、演奏なしでも他者を魅力する力がある。


「ね。、ね。リタ」


 これを表現するのに言葉の数などいらないだろう。

 アタシはリタに同じような感想を求めると、リタは目を輝かせて立ち上がる。

 

「はい! ぶわーって広がって、でもとってもキラキラしてて、最後はしーんってお胸に染み渡るようなお声がとっても良いです!」


 ……全部言ってくれた。


 アタシは自分の下手くそな感想を代弁してくれたリタの頭を無言で撫でる。

 やっぱりリタはアタシが目を付けただけはある。うん。そう思ってないとなんか凹む。

 

「歌は元々やってたの?」

「うん、村の収穫祭とかで歌うことが多かったから。歌だけは自信あるの」

「なるほどね~。アタシも歌う機会あればもうちょっとマシだったのかなー」

「別にウィナちゃん、歌も上手いでしょ?」

「きょ、教科書通りに歌うのはね……」


 シャノンが「?」と首をかしげた。

 

 伝わらないだろうなぁ。シャノンの歌にあって、アタシにないもの。

 今は【模倣Imitate】した歌に自分なりの感情を込める練習の真っ最中で、正直言ってシャノンの歌と比べるとお遊戯レベルだろう。

 

 歌が上手いといえばクレイヴも中々のイケボなので、出来ればシャノンと一緒に立つ舞台というのも見てみたい。

 そう思ったアタシはベッドに戻ってきたシャノンに聞いてみる。

 

「クレイヴとはどう?」

「どうって?」

「まだ付き合ってないの?」


 アタシがズケズケと踏み込んでいくと、シャノンは目を丸くして爆発しそうなくらいに紅潮した。


「わ、私とクレイヴ様じゃ釣り合わないよ」

「そうかなぁ。あんだけ一緒にいて」

「う、ウィナちゃんだって一緒にいるじゃない。クレイヴ様はウィナちゃんが好きなんだと思う」

「それはない」


 スパっと言ってみせるとシャノンは驚く。


「だ、だってたまに距離がすっごく近いよ。二人とも」


 言われて、たまにやっているコソコソ話のことだとアタシは思い至った。

 

 あれはクレイヴの距離感がおかしいのだ。

 あの良い顔と声でぐいぐい来るもんだからアタシも困っている。きっとたらしの才能があるんだろう。天然の。


 けれど、アタシたちはそういう関係じゃない。

 なんたって話している内容がシャノンとのことなんだから。


「いや、あれはなんていうか。友情……? いや、同盟か?」

「よくわからないよ」

「とにかくアイツにとってアタシはジルベールとかセルジュと同じ扱いなのよ。アイツ、絶対アタシのこと女だと思ってない」

「そ、そんなことないし、失礼だよウィナちゃん」


 王太子殿下をアイツ呼ばわりすると、シャノンから控えめに怒られた。

 すると、横からリタが飛び出てきて話題に参加する。


「クレイヴ様ってどなたですか?」

「王子様だよ。シャノンの」

「私のじゃないよ! ……クレイヴィアス様のこと。ほら、王太子殿下の」

「え!」

 

 シャノンが教えてあげるとリタが驚いて声を上げる。


「シャノン様、王子様とお付き合いしてるんですか!?」

「だ、だから違うって」


 顔の前で手を振って再度シャノンが否定した。

 どうやらリタ的にはそうであってほしかったらしく「えー」などと言っている。可愛い。

 

「とにかく、あんまりトロトロしてるとアタシがクレイヴ食っちゃうぞ! がおー!」

「や、やめてよ」

「へっへっへ」


 ちょっと自分でもおっさんくさいな、と思いつつ、まんざらでもないシャノンの顔を見て安心した。

 これで本気で嫌そうな顔をされれば脈無しということだが、シャノンはきちんとクレイヴを意識しているらしい。


 まぁ、そうじゃなければ一緒にいないか。


 そんなことをしていたら、シャノンは話題を変えたかったらしい。

 わざとらしく「そういえば」と話し出した。

 

「ディアナから返事があったの」

「ああ……例の休んでた子ね。なんだって?」

「ご実家が忙しくて返事ができなくてごめんなさい。でも、夏休みの間に学園で会いましょうって」


 そう言うシャノンの顔はほっとした表情だ。

 アタシたち以外の唯一の友人なのだから心配するのは当然かもしれない。


 夏休みの間に、というところにアタシは若干の引っかかりを覚えつつも、笑って返す。

 

「よかったじゃん。どうせアタシたちも夏休み明ける前に学園に戻るから、そのときに一緒に戻ろ」

「うん。ありがとう」


 シャノンはそう言って、屈託のない笑みを浮かべるのだった。

 

 

 ◇   ◇   ◇



 魔法陣の光が止み、辺りに静寂と暗闇が訪れる。

 ディアナはその中心で激しい頭痛と眩暈に教われ、石の床に膝を落とした。


 すると、そんなディアナに手を叩いて称賛を送りながら、女性が歩み寄ってくる。

 

「素晴らしい! 儀式は成功ですね、ディアナさん」


 ――マリエッタだ。

 

 その表情は恍惚とした感情に溢れていた。

 ディアナは足に力を入れて、その場に立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……! え、ええ、負担は大きいですが、私自身の力も増していることがよくわかりますわ」

「そうでしょう。ですが気をつけて。貴女に移植した疑似霊核の数は四十……。それが限界ではあるけれど、現状を鑑みるにそれだけの数を操れば貴女の精神が持たないかもしれない。徐々に慣らしていくのがいいと思うわ」


 目の前のマリエッタはディアナを案じるように優しく諭してきた。


 ディアナは学園では彼女とあまり接点がなかった。だが、実際に会ってみてあの三人が決闘の代理人を申し出るくらいには入れ込んだのがわかる人柄だ。

 今、行っている儀式の詳細はまだ未解明といっていいものだが、それに対し彼女はディアナの身を常に案じてくれている。

 

「はい、先生……」

「その呼び方は正しくないわね。もう私は先生ではないのだから。でも……私はもっとその呼び名で貴方達を見守っていたかったわ」


 マリエッタは少し寂しそうな顔をして、自分の呼び名を訂正した。

 

 ディアナは一学期の半ば、シャノンとの魔法の練習を通じて己の霊獣をグレーター級の昇華できた。

 そして、シャノンはずっとこのマリエッタから教えを受けていて、その特異な魔法の才能も神殿で磨いていたらしい。

 

 それを聞いて、ディアナはこの神殿に直談判に来た。


 たとえ霊獣が昇華出来たとしても、自分の目的には程遠い。もっと強力な力が必要なのだ。

 そうしてマリエッタに会うことが出来て、新たに研究された術式を元に自分は更なる力を得ることが出来たのだ。

 

 そんな彼女が学園から追放されてしまったことをディアナは残念に思う。

 もしまだ彼女が学園にいれば、まだ見ぬ才能を開花させる生徒がいたに違いない。


 ディアナはそう確信していた。

 

「政略の敵とはいえ、学園から追いやられてしまうなんて。この手を汚してもあの公爵家から学園を守ろうとしたのに……」

「心中お察し致しますわ。私も……あの女のせいで大事な人を無くしましたから」


 顔を伏せて言うマリエッタに、ディアナも手を握りしめて言う。

 あの女の顔を思い浮かべるだけでも心の内からどす黒い感情が沸き上がってくるのだ。

 

「ディアナさん」

 

 だが、そのとき、ディアナの手をマリエッタが取った。

 

「どんな結果になろうとも、貴女は間違っていない。貴女の祈りは正当なものだと、私が保証する」

「マリエッタ様……」


 自分の行おうとしていることが、今行っていることが善であるかと言われればそうではないかもしれない。

 それくらいの理性はまだ自分にはある。


 だが、それを肯定してくれるマリエッタはディアナにとって唯一の存在だった。


「さぁ、引き続き鍛錬を続けましょう。そして貴女の願いを叶えるの。――神々のお告げの通りに」

「はい。神々のお告げの通りに」

 

 そうして、ディアナはまだ残る眩暈の残る体を押して魔法を使う。


 たとえこの身が滅びようとも、あの女は――あの女たちだけは殺してみせるのだ。

 

 そうすべきだとマリエッタの言うお告げにも記されている。

 あれはこの世界にとって邪悪な存在なのだと、記されているのだから。

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