37:気まぐれの現場監督

「じゃあなに? 本当は屋敷に火をつけろって言われたけど、ビビって別の建物に火つけたってこと?」


 アタシは寝不足の頭を掻きながら、腕を縛られて地面に膝をつかせられた眼帯の女に聞き返した。

 すると女はつまらなそうに答える。

 

「ビビったんじゃないよ。良い額だけど、公爵家の屋敷に火を放つほどの報酬じゃなかったからそうしただけさ」

「また中途半端な」

「金の分は仕事はしたつもりだよ。さ、首を飛ばしな」


 そう言って首を捻って見せつけてきた。

 随分肝が据わっている女性だ。戦った感じといい、それなりに経験のある戦士なんだろう。

 

「死ぬ前に雇い主を言ってくれる?」

「言わないよ。それを知っても三下の仲介人が出てくるだけさ。無駄だよ」

 

 女は肩をすくめる。

 まぁ、そう簡単に尻尾がつかめるようならこんな大胆なことはしないか。


 アタシがこめかみを掻いていると、後ろにいたフィロメニアが出てきて細剣を抜いた。

 

「既に腹は決まっているか」

「金はもう仲間が受け取ってるだろうからね」

「仲間のために死ねるのなら本望か?」


 細剣を女の首に当てながら聞くと、女はフィロメニアを睨みつける。

 

「アタシは頭領なんだよ。それで自分がトチったんだ。金が入るだけマシさ」

「傭兵団か。古いな。近頃はにらみ合いばかりで仕事はないだろうに」


 傭兵、とは今でいう冒険者の前の言い方らしい。

 大きな戦争がそこかしこで勃発していた時代には金で雇われて戦う彼らをそう呼んだ。

 けれどだんだんと戦争がなくなってきて、魔物退治や遺跡探索などの仕事が主流になるに連れて、彼らは冒険者と呼ばれるようになった。


 そうなると当然、大規模な人数もいらなくなるわけで、傭兵団というのは過去の遺物と化している。


 この女はそういった集団のリーダーらしい。

 

「家族だよ。だから食わせるためにはなんでもする。おかげさまでこんなガキどもに尋問されてるってわけだけどね」

「首はどこに置けばいい? 我が家には死体で遊ぶ趣味はないのでな。手厚く葬ればお前の家族とやらも自棄にならんだろう」

「へぇ……粋なお嬢さんだ。別にどこだっていいさ。この綺麗な庭園の肥料にでもしとくれ」


 女が肩を竦めて言うと、フィロメニアの背中に少しだけ面白がるような雰囲気が漂った。

 

 アタシはまさか、と思いつつ事の成り行きを見守っていると、フィロメニアが剣を退く。

 

「いや……ふふ、気に入った。そういえば貴様、魔法の心得があるらしいな」

「どっかの没落貴族の血が入ってんだろうよ。それがなにか?」

「貴様が火をつけたのは工場だ。それを再建しろ。家族とやらも連れてこい。飯は食わせてやる」

「……話が飲み込めないね」


 女は訝しむように首を捻る。

 ここらへんでベルトランドを連れてきた方がいいのかな、と公爵家のメイドとして考えつくが、たぶんもう遅い。

 

「賊だろうが猫よりかは使えるだろう。自分たちの寝床も作るといい」

「あー……なんだ。あたしらを雇おうってことかい? あたしはあんたんとこに忍び込んだ賊なんだよ?」

「今、貴様の首が繋がっているということは何かの縁だ。でなければこのウィナによっては貴様は死んでいる。貴様を使えと言われている気がしてな」


 いや、単に雇い主とかわかるかなって思って生かしといただけなんだけど……。

 

 ただ、往々にしてフィロメニアの気まぐれは悪い方向に向いたことはない。

 それはアタシと初めて会ったときからわかっていることだ。

 

「星の思し召しってことかい。信心深いものだね」

「私が信じているのはそんなものではない。さて、話を戻そう」


 フィロメニアは話はだいたい終わったとでもいうように、女に背を向ける。

 そして、有無を言わさぬ圧をかけて女に問うた。

 

「ここで死ぬか、それとも飼われるか。選べ」


 女はため息をつく。

 そして、項垂れるように頭を垂れて言った。

 

「選択肢はないようだね。でも後悔しても知らないよ。こんなどこの馬の骨かもわからないあたしたちを雇って」

「確かに。何かに際して貴様らの死体を片付けるのは面倒だ」

「それまではあたしたちは雨風を凌げるってわけかい。悪くはないね」


 気がつけば、女は地面に額をつけている。

 言葉はともかく、平伏の姿勢ということだろうか。


 けれどどうして急にこんなのを雇う気になったんだろう。


 首を捻りながら考えるアタシに、フィロメニアは「あとは任せる」と言って去ってしまうのだった。

 

 

 ◇   ◇   ◇

 


 それから、女の仲間という傭兵――冒険者の集団が集まった。

 さすが金に困っているだけあって貧民街ほどではないが綺麗な服装ではない。


 まずは彼らの衣服と食料を用意して、それから大工に「金はそのままでいいからこいつらを好きに使ってくれ」と頼んだ。

 

 そうしてだいたい一週間。

 燃え落ちた建物を再建する計画の目途が立つまで、アタシは今日も現場監督みたいなことをやらされていた。

 

「お嬢! この箱はここでいいのかい?」

「あー……お嬢。すいやせん、ちょっとここの読み方がわかんなくって……」

「やぁ、お嬢さ! 今日は昼メシくらいは一緒に食ってくだ?」


 当初、アタシが抱いていたイメージとは違って、彼らはただの荒くれ者の集団ではなく、意外と気さくな者が多い。

 気がつけば一緒にお昼ご飯を食べたり、仕事終わりに簡単な賭けの遊戯をしたりする仲になっていた。


 けれど――。

 

「今更なんだけどさ。ジョゼ。その【お嬢】って呼び方、なに?」


 アタシは一度剣を交えた女に聞いてみる。

 彼女はこの集団のリーダーである【ジョゼ】だ。ただのジョゼ。本名は忘れたらしい。

 

 聞かれた彼女はアタシの横にある木箱に座って、不思議そうな顔をする。

 

「お嬢はお嬢だろ? あたしたちがここで仕事にありつけてんのはあんたのおかげでもあるんだ。だから皆にはあんたに敬意を払うよう言ってある」

「いや、アンタたちを雇いだしたのはフィロメニアの気まぐれなんだけど」

「それでもさ! そもそもあんたはあたしより強い。だからあんたに従うのは当然さ」

「そっすか……」


 実にシンプルな考えだ。まぁ、学園でも同じ感じなので、それがこの国のスタンダードなんだろう。


 ちなみにジョゼが連れてきた傭兵団はこぢんまりとしたもので、三十人程度の人数が集まった。

 けれど工場の再建には十分な人数だ。


 再建が終わればそのまま工場で働かせる方針でもあるというので、冒険者として日銭を稼ぐよりかは安全で先があることからもその志気は高い。


 なにより傭兵団というのは色々な経歴の持ち主が多く、ジョゼの魔法を始めとして、土木作業に慣れている者、建築の知識を持つ者、魔法具の扱いを知っている者などがいた。


 フィロメニアとしてはサイリウムを生産する工場の人材を適当なところで見つけられて結構、というところだろう。


「けどアンタたちには退屈じゃないの? こういう仕事」

「そりゃデカい戦でもあればそっちにいくさ。けど今は腕っぷしだけじゃ生きられない――五年前の大戦からさらに退屈な時代になったもんさ」


 五年前、と聞いて、アタシは両親を亡くした戦争を思い出す。

 帝国と王国の間に起きた大きな戦いだ。


 たった半年という短期間の戦争にも関わらず、両国の騎士や兵士が大勢死んだらしい。


 それはもう最後は派手に混乱した戦いだったらしく、両親はそこで戦死した。


 ジョゼにとっては退屈かもしれないが、アタシにとっては今はいい時代だ。

 もし戦争が今でも続いていたならアタシはフィロメニアの横でメイドなんかやっていられなかっただろう。

 

 戦列を組んで、同じような鎧と兜を着て、大勢で槍やら剣を構えて突っ込んでいく。

 そこに貴族の使う魔法が叩き込まれて終わり。


 そんなのが戦争だ。


 母はそれなりに腕の立つ騎士だったらしいが、詳しくは知らない。

 その戦いぶりはよく話してくれていたけれど、自慢話はあまりしない人だったから。


「お嬢?」

「ん? ああ、ごめん。なんでもない」


 そんなことを考えていたらジョゼに顔を覗き込まれていた。

 アタシははっとして手を振って答えると、ジョゼは柄杓で水を飲みながら少し誇らしそうに話を続ける。

 

「ま、その時代にあった生き方をするのが――するしかないのがあたしたちさ」

「ひとの土地に入って放火するのが時代にあった仕事?」

 

 皮肉を言うと、ジョゼはニヤリとした笑みを返してきた。

 

「貴族同士で色々やり合うのはいつの時代も変わらないだろ?」

「へぇ、貴族に雇われてやったんだ?」

「たぶん、そうだろうって話さ。あんな金用意できんのは貴族くらいだしね」

「まったく。どこのどいつよ」


 例の放火の報酬はそれなりに大きな金額だったらしい。

 仲介人をさらに仲介して末端のジョゼたちにそれほどの金が入るのだから、元は相当大きな金を用意したことだろう。

 

「さぁねぇ。あたしに聞くよりあんたのご主人様の方が察してそうなもんだけどね」

「まぁ、そっか」


 裏では敵の多い公爵家だ。

 貴族間の情勢を把握しているフィロメニアの方が知ってそう、というのには同感する。

 

 するとジョゼは木箱から立ち上がって、力こぶを叩いて快活そうに笑った。

 

「じゃ、もうひと頑張りしてくるよ」

「必要なもんがあったら言いなさいよ。せっかく身綺麗にしたんだから」

「恩に着るよ。お嬢」

「はいはい」


 そうしてジョゼは子分たちを叱咤する声を張り上げて建設現場へと戻っていく。

 アタシはそんな雰囲気が嫌いじゃない。

 

 ジョゼの言う通り、その時代にあった生き方をするのが傭兵やら冒険者なら、案外そっちでも生きていけたのかもしれない。


 アタシはそんなことを考えつつ、そろそろ現場監督を離れるための見通しを立てるのだった。

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