36:燃え盛る炎の中で
その夜、アタシは得も言われぬ感覚に、バチっと目を覚ました。
一瞬、なぜ目を覚ましたのか自分でもわからないほどの直感だったが、すぐにベッドから出てメイド服に着替える。
左腕の袖をまくって腕輪を出した状態で、さらにその上に肩と胸だけの皮鎧を重ね着した。
「ウィナお姉さま……?」
屋敷では同室のリタが布擦れの音で目を覚ます。
だが、アタシは口に人差し指を当てて、静かにしているように指示した。
そして、どこにいるかわからないセファーに頭の中で呼びかける。
『なんかいる』
『さすが、感覚が鋭いね。屋敷内ではない。庭園に隣接する建物に何者かが侵入している』
そういえば、庭の向こう側に何か新しい建物が出来ていた。
それがなんの建物かは知らないが、こんな夜更けに屋敷の敷地内に入ってくるのはまともな連中じゃない。
アタシは窓を開けると、リタに向かって言う。
「アタシが出たら窓と扉の鍵を閉めておいて。メイド長かアタシの指示があるまでは絶対に出ないこと」
「は、はい……」
やや怯えた声で返事をしたリタに微笑み返すと、アタシは屋敷の屋根伝いに建物に向かう。
見えたのは簡素な建物だ。
木製の長方形をした最低限の作りで、大きめの納屋に見える。
アタシは屋根から庭園を飛び越え、その建物のそばに着地した。
入口の錠が外れている。やっぱりこの中らしい。
アタシは遠慮なくその扉を開いた。
すると、暗闇の中で動く人影をセファーの視界補助が捉える。
そこに何かがいる、とアタシの目だけでは判別できないそれを輪郭強調した。
アタシはとりあえず声をかけてみる。
「なにやってんの?」
「チッ……」
このままでは相手の顔もわからない。
【
「メイドかい。痛い目に遭いたくないなら失せな」
「なにやってんのかって聞いてんだけど」
「別に。この建物に火を放とうなんて思っちゃいないさ」
女の手には何かが握られている。
きっとそれで火を放つつもりなのだろう。
この建物がなんの建物かは知らない。
だが、火をつけられて屋敷に燃え移られるのは勘弁願いたい。
アタシは肩をぐるぐる回して宣言した。
「よ~し。わかった。ぶっ飛ばす」
「まぁまぁ、その前に――」
女の手の中でバキッという音がして、赤い光が灯る。
「――仕事はさせてもらうよ」
それを女の手元の箱に落とした途端、火の明かりが一気に広がった。
『ああ、火属性の魔石を引火させたのか。質が悪いから爆発しなくて済んだんだねぇ』
なにをしたんだろう、と考える前にセファーが分析してくれる。
だが、その時には女は火に紛れるように走り出していた。
「逃がすか!」
アタシは迷わずその火の海の中に突っ込む。
すると、その奥で驚愕に目を見開いた女が待ち受けていた。
「んな!? こいつ馬鹿かい!?」
「色々と鈍感でね!」
言いながら女の服を掴み、足を蹴って投げ飛ばすが、女は空中で体を捻って華麗に着地した。
この動き――相手はすでに身体能力を上げる魔法を使っている。
しかも、いきなりぶん投げられて受け身を取れるくらいには反応が早い。
「あんた普通のメイドじゃないね……!」
「アンタもただの賊じゃないでしょ!」
そんなことを言い合っていると、周囲でバチバチと木が燃える音が激しくなってきた。
それを見て女は歯噛みする。
「ちっ……! あんたのせいであたしらは火の中に取り残されちまったよ! どうすんだい!」
「続きすんに決まってんだろ!」
「ほんっとうに頭が悪いのかい!?」
「それで結構!」
言った瞬間、女は剣を抜いた。
同時に、アタシも長剣を手の中に【
ほぼ同時に踏み込んで刃を打ち合った衝撃に、互いの顔が歪んだ。
「「くっ……!」」
以前、相手をしたセルジュなどとは手応えが違う。
ジルベールなら良い勝負になりそうだが、相手の剣の冴え――技量はそれを凌駕していた。
そして、二合、三合と打ち合う。
「あんたみたいな小娘に手間取ってるほどこっちは暇じゃないんだよ!」
「こっちこそ出来ればワンパンで大人しくしてほしいのよ!」
相手は相当焦っているようだ。
そりゃ、周りが火の海だという状況を考えれば焦るのもわかる。
けれどアタシは平常心を保つ。たとえこの建物が燃え落ちても生還できる自信はあった。
なんだったらここで雑談にだってしゃれこんだっていい。
焦れば焦るほど技の冴えがなくなることを考えれば、アタシは時間をかけて戦うことを選ぶのだ。
すると、女は一度距離を取り、剣を構え直す。
「殺す気はなかったけど仕方ないね!」
「仕方なくやってみせろ!」
売り言葉に買い言葉。
アタシは相手の剣が紅く発光するのを見て、踏み出していた。
恐らく使うのは剣に魔法を付与した攻撃。
以前、クレイヴが蟹に対して使ったように、魔法は剣にその属性を纏わせて使用することも可能だ。
『恐らく相手の剣は早いよ』
『見越して動けば当たらないでしょ!』
『どうってことはない』
そうセファーと言葉を交わしてアタシは跳躍する。
女が大きく振りかぶって放った一撃は確かにこれまでの剣よりももう一段階素早いものだった。
だが。
「八式鎖拳【
ここ数か月の冒険者としての戦いで、アタシはそれなりに自分の体の使い方がわかってきた。
【
たとえば――自分の体を重くする重力魔法。
背の低いアタシに、戦いにおいて足りないものがある。
重量だ。
いくら力が強くなったとはいえ、自分の体重以上のものを持てばその重さに振り回されてしまう。
それを補うためにアタシは瞬時に体重を操作できるように訓練していた。
今回はそれを足に集中させる。
アタシは相手の横振りの剣に向かって跳躍すると、空中で体を一回転させた。
するとどうだろう。
局所的に重くなった足によって重心が引っ張られ、空中で跳躍――いわゆる二段ジャンプとなる。
これを魔法を使わずに生身で行っていたのがお父さんだ。一体どういう体してんだ。
女の、炎を灯した剣にアタシの髪の毛がほんの少しだけ焼かれるが構わない。
紙一重で攻撃を躱したアタシは、遠心力のままに重くなった足を女の肩に振り下ろす。
「ぐあぁッ!?」
相手は鎧を着ているとはいえ、関節に荷重をかければ当然、可動域分は骨がズレるだろう。
それが剣を振っている最中ならばさらに効果がある。
アタシの蹴りによってカコッという小気味良い音がして、女の肩が大きく凹んだ。
いい当たりだ。狙った通り、肩を脱臼したらしい。
けれど、女から発せられる戦意は消失しない。
瞬時に右手から左手へ剣を持ち替え、いまだ空中にいるアタシへ振りかぶる。
「この程度でッ……!」
「止まらないなら!」
コレド流の【鎖拳】はその名から察せられる通り、どの技からも、そしてどの技にも派生できる連鎖技だ。
今度は逆に魔法を解いて、長剣を重り代わりに体を捻るとわずかに空中で体が動く。
利き手ではないだろう女の左手で振られた剣はまたしても空振り、アタシは狙いを定める。
今度は関節ではなく急所を狙う。
「六式律拳【
狙ったのは顎だ。それもアタシのブーツの先をほんの少し掠める程度。
【
だからあえて失神を狙う。
打たれると構えている相手ほど、微弱な振動がバネのように反響して脳を揺らす技だ。
「シッ――!」
アタシの空中での横蹴りが女の顔の下を通過する。
音は出なかった。
傍から見れば当たっているかもわからないほどの絶妙な蹴り。
それを顎に食らい、女はたたらを踏む。
「はっ――な……?」
そして、自分が何を食らったのかもわからないであろう状態で、女は火に囲まれた建物の中で床に沈むのだった。
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