35:帰ってきた恐れ知らず

「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」


 開かれた扉の奥、屋敷のロビーで使用人たちが総出で頭を垂れた。


「うむ。ご苦労」

 

 人で作られた道の真ん中をアタシとフィロメニアは歩き、そしてシャノンが恐る恐るついてくる。


 ここはラウィーリア家のお屋敷だ。

 入った途端に使用人全員が使うと決められた香水の香りがして、アタシはやっと帰ってきたと安堵する。


「おかえり。フィロメニア」


 すると、ロビーの二階から声がかかった。

 この家の当主、【ベルトランド・ノア・ラウィーリア】だ。


「ただいま帰りました。父上」

 

 フィロメニアは階段を降りてきた父親とハグすると、シャノンへ顔を向ける。


「父上、お手紙を差し上げましたが……」

「ウィナの友人のシャノン君か。ゆっくりしていきなさい」

「はっ、はい! お世話になります!」


 雰囲気に気圧されていたシャノンはベルトランドにそう言われ、慌ててお辞儀をした。

 それからベルトランドはアタシの方に近づいてきて、肩に手を置く。


「ウィナ。あれから体に問題はないか?」

「はい。ご当主様。この通り問題ございません」


 ベルトランドはアタシにとって三人目の父親のような存在だ。

 一人目は前世のお父さん。二人目はこの世界で格闘術を教えてくれたお父さん。そして、ベルトランドは両親が戦死したときに便宜を図ってくれた。


 そのおかげでアタシはこの屋敷で働くこととなり、それからは使用人として接しつつも、父のようにアタシの身を案じてくれている。


 ベルトランドはアタシの返答に頷くと、「とりあえず休みなさい」と言ってその場を去っていった。

 それを見届けてから、アタシは使用人たちに向かって名前を呼ぶ。

 

「リタ~!」

「は、はい!」


 出てきたのは十歳そこらの焦げ茶色の髪の少女だ。

 名前は【リタ】。アタシがお屋敷にいる間に目をかけていた使用人見習いである。


 とてとてと駆け寄ってきたリタの背中を軽くさすって、その体をシャノンに向けてあげた。


「リタ、シャノンをお部屋に案内して。荷物はあとで運ぶから、とりあえずお茶を淹れてあげてね」

「わ、わかりました!」


 うんうん、相変わらず元気で良い子だ。


 今すぐ抱き着いて頬をスリスリしたいくらいだが、その前にフィロメニアを私室まで送らなきゃいけない。

 アタシはひとまずフィロメニアの私室へと同行する。


 ああ、懐かしきこの部屋だ。数か月前に出て来てから何もかもそのままだが、しっかりと掃除がなされている。


 けれど、フィロメニアはせっかく帰ってきたというのにさっそく荷物から書類を出して机に向かってしまう。

 

「ウィナ、ここはいい。お前も今日は休め。これから忙しくなるのだからな」

 

 手持ちの荷物をアタシが部屋に置くと、そんな声がかけられた。


「忙しくなるって?」

「やることは山積みだろう。舞踊会の準備にサイリウムの販促や生産。帰ってきたからといってゆっくりできる時間は少ないぞ」

「ぐえぇ~……。わかった~」


 期初に舞踊会で歌と踊りを披露するアタシたちには、夏休みだからといってはっちゃける時間もないらしい。

 アタシは自分の中のスイッチを仕事からプライベートに切り替えると、「じゃあね~」と言ってフィロメニアの部屋を後にするのだった。



 ◇   ◇   ◇



「たっだいまぁー!」

「「「おかえりー!」」」


 アタシが意気揚々と使用人の休憩室のドアを開けると、元気な声が重なって返ってきた。

 馬車に積んでいたでっかい荷物を置くと、わっとメイドたちが集まってくる。


 皆、この屋敷で働く気心の知れた同僚だ。


「ねぇねぇ、お土産はなに?」

「お菓子と本」

「ウィナ、なんか学園でやっちゃったんだって?」

「色々やった!」

「学園の腹パンメイドってもしかしてウィナのこと?」

「認めたくないけどそう!」

 

 同僚たちはアタシを囲んで次々と質問してくる。

 それに一つ一つ答えながら、学園のある王都で買ったお土産を渡していった。

 すると、さすが同僚たちの動きは早いもので、お菓子を頂くためのお茶をもう淹れ始めている。

 

 みんなこのお土産を楽しみにしていたんだろう。


 お祭り騒ぎな状況に苦笑していると、そこに良く通る声が響いた。

 

「賑やかですね」


 すると、一瞬でアタシを囲む同僚たちが姿勢を正す。

 アタシは荷物の山から手を引っこ抜き、その声の主に向かって顔を上げた。

 

 その先にいたのは、眼鏡をかけた暗い藍色の髪の女性だ。

 

「あ、メイド長」

「あ、ではありません。まずは言うべきことがあるでしょう」

「ただいま帰りました!」

 

 メイド長――エレノアは目を細くしてアタシの挨拶を受け取る。

 それから長いため息をついて、アタシの頭を撫でてきた。


「……まぁ、いいでしょう。学園では派手にしでかしたそうですね」

「いやいや、その発端はフィロメニアっていうか」

「フィロメニアお嬢様、とお呼びなさい。でも実際にやったのは貴女なのでしょう?」

「それはそう」


 アタシの返答に再び長いため息が漏れる。


「……貴女を淑女として育てようとした私の努力も考えてほしいものです」

「おかげでこの通り立派な淑女です!」

「淑女は殿方の胃をひっくり返したりはしません」


 そりゃそーだ。

 アタシは返答に困り、曖昧な笑顔で返して見せた。


「今後は出来れば大人しくしていることを願っています」

「フィロメニア次第ですかね~」

「それでも努力なさい」

「はぁい」


 甘えるように返答すると、エレノアはやっと少しだけ笑ってくれる。

 エレノアは厳しいだけのメイド長じゃない。


 アタシが十歳のときにこのお屋敷に来てから、ずっと気にかけてくれた人だ。


 教育してくれたのがこの人でなければ、今のアタシはなかったかもしれない。

 メイドとしてのアタシの目標。そんな人だ。


 そうして、エレノアが休憩室を出ていくと、静まり返っていた部屋が喧騒を取り戻す。


「相変わらずウィナは恐れ知らずよね……」

「甘える秘訣があるんだなこれが」

「そんな秘訣、知ってても誰も実行しないって。ほら、もっと学園で殿方と浮いた話とかないの?」

「使用人にそんな話あるわけ――あ」


 アタシが思いついたように発した声に、ばっと全員の視線が集まった。

 屋敷で働いていると、やはり出会いが少ないのかそういった話題に皆飢えている。

 だからお土産に恋愛小説とかが多いのはそのためだ。

 

 アタシは満を持して思いついたことを話す。

 きっとこれを聞いたら皆黄色い声を上げるだろう。

 

「王子殿下とその周辺にタメ口で話せるようになった!」

「えぇ……」


 ――ドン引きだった。


「え、なんか思ってた反応と違う」

「う、ウィナ、さすがにそれはちょっとやりすぎというか」

「断頭台とかに立たされない? 大丈夫?」


 皆は青い顔をしてアタシの心配をしてきた。

 

 それもそっか。

 

 アタシにとってはクレイヴとかは乙女ゲーの攻略対象という認識だが、皆にとっては雲の上の人だ。

 大人の貴族だって王族にはタメ口では話しかけたりはしない。

 

「だって向こうがそうしろって言うんだもん」

「え? もしかして禁断の恋?」

「厄介ごとを事あるごとに持ち込んでくる男はタイプじゃない」

「「「言う~……」」」


 皆の声がシンクロした。


 この辺の一体感は同じ屋敷で働く娘たちならではの雰囲気だ。

 アタシは実家のような安心感を感じつつも、そういえばと思い聞く。


「そういえばファブリス様は? 帰ってきてないの?」


 その質問に同僚たちが顔を見合わせて気まずそうな顔をした。

 

 あ、これは何かあったな……。


「ファブリス様は……しばらく帰ってこられないそうよ」

「なんで? アタシが腹パンしたから?」


 一番可能性がありそうなのが、まだ決闘のことをご当主様が許していないことだ。

 まぁ許されても廃嫡は取り返しがつかないのだけれど、実家出禁くらいは普通にされるかもしれない。


 けれど、アタシの問いに同僚は顎に手を当てて眉を八の字にする。

 

「だとよかったんだけどねぇ……。なぜか『自分を磨く旅に出る!』とか言ってどこかへ行ってしまったらしいわよ」

「うわぁ……」

「ご当主様も頭を悩ませてるわ」


 どうやらファブリスは自分探しの旅に出てしまったらしい。

 元々の収集癖のおかげで行動力はあるのだ。

 

 けど、今度は自分を探し求めるという難題に挑んだのかぁ……。

 

「わかる。超わかる」

「なんで保護者面なのよ」

「実際、保護者みたいなものなのよ……!」

 

 アタシがご当主様の心中をお察ししているとツッコまれた。

 けれどこの数か月、迷惑をかけられっぱなしのアタシにはその権利があると思っている。


 そうやって渋い顔をしていると、先ほどのエレノアのように頭を撫でる小さな手があった。


 なにかと顔を上げると、そこにはいつの間にかにリタがいた。


「ウィナお姉さま? 大丈夫ですか?」


 アタシは小首を傾げて言うリタにがばっと抱き着く。


「きゃっ!?」

「わあぁぁん! リタあぁぁ! 会えなくて寂しかったよぉぉ!」

「あはは、ウィナお姉さま甘えん坊です」


 すると、リタの言葉に同僚たちの間で笑いが上がった。

 この屋敷で一番年下の彼女がアタシを甘やかしているのが面白いらしい。


 アタシは体を離してリタの肩を掴む。

 

「ちゃんとシャノンにはお茶淹れられた?」

「はい! ご夕食のお時間もお伝えしました!」

「偉い~……!」


 アタシはリタに頬擦りすると、彼女はくすぐったそうに年相応の笑い声を上げた。

 だが、何か思い出したように「そういえば」と言う。

 

「なにか思い詰めているような感じでした」

「あ、あー……なんか友達と音信不通らしくてね」

「可哀想です」


 以前、相談されたディアナの件について、シャノンは結局、一度会っただけでその後は音信不通らしい。

 しかもその際にかなり体調が悪そうだったというので、シャノンは心配していた。


 クレイヴに言われて手紙を出してみたそうだが、それも返ってきていないらしい。


 アタシがシャノンを屋敷に連れてきたのも、そうして寂しくしていたシャノンを放っておけなかったという側面がある。


「なんとかしてあげたいんだけどね」

「ウィナお姉さまならできます!」


 うわぁ、素直過ぎて眩しい。


 ナチュラルにプレッシャーをかけてくる妹分の頭を撫でながら、アタシは「そうね!」と控えめな胸と虚勢を張るのだった。


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