32:友情と劣情

「すごい。すごいですわ、シャノン。貴女に強化してもらうだけでこんな……」


 ここは学園内にある魔法の練習場――。


 そこでシャノンはディアナと共にいた。

 その視線の先にはディアナの撃った氷の魔法が巨大な氷塊を作っている。

 

「この子も強く、大きくなって喜んでいるようですわ」


 ディアナは傍にいる霊獣を撫でた。

 白と黒の毛並みの巨大な狼――フェンリル種の霊獣だ。


 そのフェンリルはシャノンが初めて見た時には大型犬ほどの大きさしかなかったが、今ではディアナの背丈を超え、全長は授業で使う黒板の横幅ほどある。


 ディアナの霊獣はレッサー級からグレーター級に昇華したのだ。


「ディアナこそ……凄いです。こんなに早く制御できるようになるなんて」


 ディアナと初めて会ったときから二週間、ウィナやクレイヴと別行動を取るときにはディアナと魔法の練習をしていた。

 始めこそ急激に強化された力を制御できず、魔法を編めなかったり、あらぬ方向に撃ってしまったりしていた。

 

 だがこの短期間での練習でも、ディアナはすでにその力を操れるようになっている。


 シャノンの魔法に関しても、ディアナの助言を受けて他人の強化や治癒だけではなく、自分の防御の魔法などを試したところ、それなりの才能があることがわかった。


 特に、シャノンにとって大きな意味があったのは――。


「フェネクス」


 シャノンが名を呼ぶと、わずかに子供のような声が聞こえて体が軽くなる。

 そして、その場で跳ねるとシャノンの体はふわりと宙に浮いた。


 それはシャノンの背に朧げに見える翼の力だった。


 翼と言えばウィナも決闘の際に生やしていたが、シャノンのものはその形を異にする。

 ウィナの翼は枝葉の紋様を持つガラス細工のようなものに対し、シャノンの翼は鳥の翼そのものだ。

 

 淡いピンクのその翼はシャノンの霊獣、【フェネクス】のものだった。


 シャノンにはまだはっきりとは姿は見えない。

 けれど、一緒にいるという感覚はわかってきた。


 優しく、誇り高い性格。けれど声は幼子のようで可愛い。


 シャノンは自分の霊獣が存在することが嬉しく、そして気に入っていた。


「そうしていると、まるで精霊のようですわね」

「えへへ。でもまだこれ以上飛ぶのは怖くて……」

「ゆっくりでいいんですわ。それに貴女の霊獣は特殊なもの。文献にある以上はわからないのですから」


 ディアナは微笑んで言う。

 シャノンの霊獣がフェネクスであると判明したのは、教諭から勧められた文献をディアナと一緒に読み漁って見つけたからだ。


 過去、フェネクスを召喚したのはたった一人。まだ学園も創立されていない時代の女性。


 彼女は神殿の巫女だった。


 文献によるとやはりフェネクスは滅多に姿を現さず、普段は朧げな翼として主と共にいて、力を使う際にその本当の姿を見ることができると書いてあった。

 けれど肝心のその力というのがわからず、少し行き詰っているというのが現状だ。


「しかし……やはりマリエッタ先生の目は間違ってはいなかったのですね」

「は、はい。私を見出してくれたことには感謝しています」


 シャノンの内心は複雑だった。


 ウィナへ毒盛ったり、上級生に単位を与えることを引き換えに襲わせたりという悪行は事実だと明かされている。

 けれど、自分を村から引き出してくれて、神殿の後ろ盾をつけてくれたのはマリエッタだ。

 彼女が学園を追放された今も、神殿は支援を続けてくれている。


 シャノンにとっては恩師とも言っていい。


 そんな彼女を追放したのが、自分の友人の主というのが彼女にとっては悩みの種だ。

 フィロメニアを恨んでいるわけではないが、居心地が悪い。


 この前は魔法陣の課題のときに少しだけ話したけれど、何かを疑っているような目だった。

 

「そんな風に悩んではいけませんわ」


 そのとき、物思いに耽っていたシャノンをディアナが引き戻す。


「フィロメニア様は冷徹なお方……。政略の敵となるか、味方となるかしか見ていませんの。だから、あまり深入りしないようになさった方がいいですわ」

「でも、ウィナちゃんとは友達なんです」

「ええ、わかっています。けれど、あのメイドもフィロメニア様を傷つける存在には牙を剥きますわ。あの決闘のときのように……」


 ディアナはその微笑みを崩さずに、シャノンへ寄り添った。

 吐息がかかる距離で、彼女は囁く。

 

「貴方は暴力が嫌いでしょう?」


 シャノンは頷くしかない。

 あの決闘もあんな形ではなく、話し合いで終わらせることはできなかったのかと今でも思っているのだ。


 お互いに退けないことがあるのはシャノンにもわかる。

 けれど決闘という形を経ればどんな形でも人から何かを奪えてしまうというのは、正直、理解しがたい。


 今、先生はどこで何をしているんだろう。


 夕暮れに飛ぶ鳥を見ながら、シャノンはマリエッタの顔を思い浮かべるのだった。



 ◇   ◇   ◇



 仕事と勉学に忙殺されていると時間が過ぎるのは早い。

 ギターを鳴らし、歌を歌い、ダンスを踊って、夜は机に向かって勉強――その結果が出るときが来た。


 一学期の中間成績の結果である。


 正直、座学は完璧と言わずともフィロメニアという天才の助けもあって自信はあった。

 他の実技もセファーの力があればなんのことはない。


 そして結果は――。


「四位だー!」


 アタシは掲示板に張り出された紙を見てぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 成績の結果は生徒の全員の順位が張り出されていた。


 それを見て各々の位置に肩を落とすものもいれば、アタシのように喜ぶものもいる。


「まぁ、妥当だな」

「妥当て。フィロメニアは一位じゃん……」

「お前の話だ」

 

 フィロメニアが冷めた感想にアタシは呆れた。

 主だった友人の成績としては四十人ほどの一年生のうち、クレイヴが二位、セルジュが五位、ジルベールが六位、シャノンが十九位だ。


 優秀な貴族の中でこの順位なのだから少しは褒めてほしい。


「魔物討伐と決闘で見せた力も込みと考えると実際の座学の点数はそれほどでもないだろう。期末は二位を取れ」

「う、ウス……」


 フィロメニアは自分が一位を取ったことにはさして興味はないらしい。

 取って当然という態度にアタシはちょっと引いた。


 そして横ではセルジュとジルベールが肩を落としている。


「負けた……。この私が腹パンメイドに負けた……」

「そりゃアンタ、太ってて実技全然だったじゃん」


「……なんでだ。俺の剣技がチビに劣ってたってことか?」

「アンタは勉強かなり怪しかったでしょ!」


 ちなみにセルジュの体重は順調に減ってはいるものの、まだズボンに腹肉が乗っていた。

 どうやら太りやすく、痩せづらい体質らしい。


 ジルベールは出席していなかった時期の評価もある。

 それに魔法陣の課題で「俺の考えた最強の爆裂魔法」を作ろうと失敗してボヤ騒ぎを起こしたりしてたので、そういうセンスのなさが出たんだろう。


「また勝っちゃったな~」

「次は勝ちますよ……!」

「ナメんなよチビ!」

「はいはい」


 二人をおちょくってやると予想通りの反応が返ってきて面白い。

 アタシもここ数か月でこの二人ともなんとなく打ち解けてきた気がする。


 そんなことをしていると、後ろの方で成績を見るシャノンを見つけた。

 最近はあまり一緒にいなかったこともあり、アタシは上機嫌で話しかける。

 

「やっほー。シャノン」

「ウィナちゃん……」


 すると、シャノンはどこか心ここにあらずといった感じだった。


「どうしたの?」

「私、一生懸命頑張ったんだけど……」

「で、でも真ん中より上じゃん。元々勉強してたわけじゃないんだからスゴいと思うけど」

「ウィナちゃんは四位でしょ……?」

「アタシはほら……色々と特殊だし、三馬鹿ボコったのもあるし」


 どうやらシャノンは落ち込んでいるらしい。唇を噛んで悔しそうに下を向く。


「ま、まぁ、ほら、とりあえずお疲れ様会でもやろうよ」

「……駄目なの」

「え?」

「私はもっと、もっと優秀にならないと駄目なの! じゃないと私……!」

「あっ、シャノン――!」

 

 シャノンは目に涙を浮かべて走り去ってしまった。

 その叫びに生徒たちが何かと振り向き、視線が集まる。


「ウィナ、どうした?」

「いや、ちょっと……アタシが無神経だったんだと思う」


 アタシはこめかみを掻きつつ、近づいてきたフィロメニアに答えた。

 すると彼女は髪をかき上げながら言う。


「放っておけ」

「友達なんだからそれはできないよ」

「あの平民の肩身は狭い。いずれはいなくなるだろうよ」

「……どういう意味?」


 アタシはフィロメニアを睨みつけた。


「どうせあの娘は自分を虐める者たちを成績で見返そうと懸命に勉強したのだろう。それは成績からして私も理解している。だが、そもそも下賤な者たちは成績など意識していない。たとえ一位だったとしても、あの娘への風当たりは変わらんだろうよ」


 フィロメニアは腕を組んでドライな態度でそう話す。

 

 さっきのはそういう意味だったのか、とアタシは額に手を当てた。

 アタシは自分のことで精一杯で、シャノンを気遣う時間を作っていなかった。

 

 そもそも彼女を虐めから救うのはクレイヴの役目だと思っていたからだ。


 結局、シャノンは虐められ続け、それを溜めこみ、自分なりの解決方法を考えたがそれも叶わなかった。

 そこに、境遇の似たアタシが成績上位につけてへらへらと話しかけてくれば、シャノンだって走り去りたくもなる。


「……友達だからなんとかしたい」

「なんともならん」

「そこをなんとかしてよ」

「なぜだ?」


 突き返されて、アタシは思わずたじろいだ。

 フィロメニアは意地悪などではなく、素で聞き返している。


「と、友達でしょ!」

「私とあの娘は友人ではない」


 ぴしゃりと言われて、アタシは口をパクパクさせた。


「お前が勝手に連れていただけだろう。よく毒殺しようとしてきた相手と一緒にいるものだと、常々思っていた」

「そ、それはマリエッタのやったことじゃん」

「だとしても、その片棒を担いだのは事実だ。利用される方が愚かなのだ」


 アタシは何も言えない。

 

 てっきりシャノンは許されていると思っていた。

 けれどそれはアタシの中だけで、フィロメニアとっては敵でも味方でもない何かだった。


「先に戻るぞ」


 そう言って、フィロメニアは歩き去っていく。

 あとに残されたアタシはそれとは逆方向に歩き出すのだった。


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