31:なんだその腹は

「やぁ……。おかげで調子が戻りました。やはり頭に栄養がいかなければ勉学もはかどらないのですね。それに睡眠のおかげで集中力は段違いですよ。礼を言います」


 授業が終わって、さぁ今日やったことの復習だと教科書を鞄にしまっているとそんな風に話しかけられる。

 目の前には横に丸っこい人影が合って、アタシは首を捻った。


 こんなやついたっけ……?


 一応、誰に話しかけられてもいいように初日でクラス全員の名前は覚えたはずだが、その体型には見覚えがない。

 ていうか制服から腹肉がはみ出していて、シャツもピッチピチでボタンがはちきれそうだ。


 こんな奴は見たことがない。


「……誰?」


 あんぐりとアタシは口を開けてそう聞くと、目の前のデブは勢いよく突っかかってくる。


「私ですよ! 私! まだ覚えていなかったのですか!?」

「いや、アンタ先週まで教室にいた……? マジで見覚えないんだけど」


 アタシが困惑していると、その巨体の後ろからクレイヴが微妙な顔をして近づいてきた。

 

 おっと、また面倒を持ち込んできた? と思いつつ、彼が口を開くのを待つ。


 すると驚愕の事実が発せられた。


「う、ウィナフレッド。彼はセルジュだ。その……少し容姿が変わってしまったようだが」

「セルジュ……? 先週まで干からびたゾンビみたいな体だったセルジュ?」


 今の目の前にいるのは顔が油でテカテカしてるボールみたいな体型なんだけど。


「ぶぅ……。やっと思い出してくれたのですね。まったく……」


 そうかそうか。セルジュか。ははは。

 たしかにアタシはちゃんと食べてちゃんと寝ろとは言った。

 

 極端なセルジュのことだ。それを食っちゃ寝しろと受け取ったのなら、もしかすればこうなるのも――……?

 

「いや、急に太りすぎだろこのブタァ!」

「ぶひぃッ!」


 アタシは思わずその腹肉に蹴りを入れた。



 ◇   ◇   ◇



 放課後、アタシとフィロメニアは校庭の芝生に座って今日の復習をしていた。

 今日は風もなく、けれど日が出ていて気持ちのいい気温だ。


 そこに腹肉を揺らしながら息を切らしたセルジュが駆け寄ってくる。

 

「ぶ、ぶひぃぶひぃ……! い、言われた通り校庭を十周してきましたよ……!」


 アタシはそのブタににっこり微笑みながら水の入ったグラスを渡す。

 

「うんうん。じゃあこれ飲んだらもう十周行って」

「ぶひっ!?」

「飲まないなら早く行けし。蹴るわよ」

「ぶ、ぶひぃ……」


 アタシは外で勉強をするついでに、セルジュのダイエットに付き合っていた。

 本当ならクレイヴ辺りが一緒に走ってやるべきだが、彼はあいにく忙しいらしい。

 

 王太子殿下にどうにかしてくれと頼みこまれては断れない。

 

 シャノンも横で課題をやっていて、時折校庭を走るブタを見ては可哀そうな目を向けている。

 

「まぁ……こんな魔法陣を書いたところで、結局は魔法を使う人間の想像力が肝要なのだ。これはそれを補助するための絵に過ぎない」


 そんなことよりアタシの課題だ。

 今は魔法陣に関する授業の課題で、自作の魔法陣を描くというものをやっている。

 

「でもこれ、魔力を流しただけで発動するんでしょ? メイド長が使ってるのよく見たよ」

「そこが不思議なところでな。火を起こしたければ火の絵画でも飾っておけばいいと思われるがそうではない。この魔法陣を認識した状態で魔力を流すと、なぜか魔法陣の通りの魔法が使えるのだ。これの意味がわからなくともな」

「えっ、不思議~」

「きっと私たちの知る言葉や形とは違う、何か別のものを認識しているんだろう。だから平民でも魔法陣を使えばわずかでも魔法の恩恵が得られるのさ」

「魔石もそんな感じだよね」

「あれは外部からの衝撃や魔力に反応してその属性を放出する、水釜のようなものだ。帝国は魔石を使う技術に長けていると聞く。かの国は魔石の出土量が多いからな」


 フィロメニアは授業で習うことよりもさらに詳しいことを解説してきた。

 相変わらずの知識量で、かつわかりやすい。

 

 アタシはとりあえずどんなのを描こうかなと考えていると横で「きゃっ!?」という声が聞こえる。


「シャノン? ――うおっまぶし」


 横を見ると、シャノンが紙に書いた魔法陣の上で強烈な光を放つ球体が浮かんでいた。

 もはや太陽の光よりも眩しいくらいの光量だ。というか、眩しすぎて逆に何も見えない。


「何をした?」


 フィロメニアが手で目を覆いながら聞く。

 

「ちょ、ちょっと光る魔法陣を作ったら……」

「熱を感じん。奇妙な光だな」

「これ……どうやって消せばいいんでしょうか?」

「注いだ魔力が無くなれば消える。それか魔法陣を破れ」


 そう言われたシャノンは目を瞑りながら紙に手を伸ばすが、中々掴めない。

 アタシは仕方なく顔を背けながら、光の方向に【貯蔵Strage】を発動する。


 すると、魔力が腕輪に吸収され、光の玉は一気にその光量を落とした。


「あ、ありがと、ウィナちゃん」

「あいあい」


 お礼に返事していると、フィロメニアが立ち上がってシャノンの魔法陣を見る。

 そして、眉をひそめてシャノンに聞いた。


「これは貴様が一人で書いたものか?」

「はい。あ……、でもお友達にアドバイスをもらって……」

「友達?」

「は、はい」


 フィロメニアの訝しむような表情に、シャノンは小首を傾げる。

 何か悪いことをしたかな、と疑問に思う子犬のようだ。


「……そうか」


 けれど、フィロメニアは特に話を続けることなく、紙をシャノンに返した。

 

 ……? なんか疑ってる?


 別に好きにやっていい課題なのだから多少は友人の助言をもらって書いても構わないはずだ。

 現にアタシがフィロメニアに手伝ってもらってるのだから人のことは言えない。


 けれどフィロメニアには何かを憂う雰囲気があって、アタシはそれが引っかかるのだった。


「ぶ、ぶひ……。お、終わりました……」

「じゃあ腕立て百回」

「ぶひゃぁ!? 百回はちょっと……」

「アタシは八歳のときからやってたわよ」


 ディカーニカ家の家訓その二。「日々の鍛錬を怠れば死因になる。されど死ぬときは死ぬ。死ぬなら鍛えてから死ね」である。

 ちょっと今でも意味わかんないけど、鍛えてた方が死ぬ確率は低いよって意味でアタシは解釈している。

 

 アタシは昔からやらされていた朝の鍛錬をそのままセルジュにやらせているが、やっぱりキツいらしい。

 実際、アタシも泣くほどキツかった。


 もしアタシが男だったら今頃ジルベールみたいな筋肉ムキムキになっていたかもしれない。


 けれど相変わらず腕は細く、体つきも華奢なのは持って生まれた素質のせいか。


 そんなことを考えながら、アタシは紙に思いついた魔法陣を書いていくのだった。



 ◇   ◇   ◇



 そしてまた次の休日、アタシたちは街へ買い物に出ていた。

 いつもならば買ったものを持つのはアタシの仕事だけれど今日は違う。

 

「ぶ、ぶひっ……フィロメニア。そ、そろそろ休憩にしませんか?」

「ウィナに聞け」

「次の店終わったらね」

「だそうだ」

「ぶひぃ……」


 セルジュが荷物持ちだった。

 すでに両腕に大量の荷物を抱えていて汗だくである。


 まだ今日のメインの買い物をしていないのだ。これくらいヘバってもらっては困る。


 来たのは様々な楽器を取りそろえる店だ。

 乙女ゲーでもそうだったように、学園の成績は勉強だけでは決まらない。


 ダンスに歌、そして一人一種類は楽器も弾けなければならないのだ。


 そして今日はアタシの楽器を選びに来た。


 ちなみにフィロメニアはピアノっぽい楽器にヴァイオリンっぽい楽器のどちらもできる。「っぽい」というのはそもそもアタシが楽器に詳しくないから前世のものと一緒か判別がつかないからだ。


 こんなことなら前世でなんかやっておけばよかったと今更過ぎる後悔をしつつ、楽器を見ていく。


 弦楽器に打楽器、金管楽器と色々あるが、どれも値段がヤバい。

 これも貴族としての一種のステータスなんだろうな……。


 そんな風に考えていると、フィロメニアはずんずんと奥へ進みながら言う。

 

「鍵盤と擦弦は無しだ」

「な、なんで」

「私と被る」


 一緒の楽器なら教えてもらえるだろう、というアタシの密かな思いは一言でおじゃんになった。

 アタシはこめかみを掻きつつフィロメニアについていく。


「これはどうだ」


 と、指差したのはギターっぽい楽器だ。

 けれどアタシの知っているアコースティックギターとは違い、全体が金属製で何やら宝石のようなものが一部に取り付けられている。


「そちらは帝国から取り寄せた石響撥弦になります」


 声をかけてきたのはこの店の店主だ。

 さすがは貴族御用達の店だ。パリっとした服を着て、佇まいも落ち着いている。


「この道具で弦を弾き、独特の音色を奏でます。お試しになられますか?」

「ああ」


 なぜかフィロメニアが返事をした。


 あれ? アタシの楽器選んでんだよね!?


 そんなことも意に介されず、言われるがままにその楽器の担がされる。

 ストラップがついていて、肩にかけてちょっと弾くと――。


「これエレキギターやんけ!」

「おお、帝国ではそのような名前で呼ばれているらしいですが、よくご存じで」


 エレキギターだった。

 と、いっても本物のエレキギターようにアンプと繋がっているわけではなく、楽器から直接音が出ている。

 細かく言うと取り付けられた魔石から出ているのだ。


「え? どういう仕組み?」

「詳しくはわかりませんが、その石で音を増幅し、歪ませているようです。取り付ける石によって音の音色も変わるとか」

「へ、へぇ……?」


 よくわからないが魔石が電子機器の代わりをしているみたい。

 

「ウィナ、少し弾いてみろ」


 無茶言うな。こちとら人生で二度目でやっと初めてギター背負ったんやぞ。


 仕方なく店主から受け取ったピックで適当に鳴らしてみる。ジャカジャカ音が鳴るだけだ。

 アタシは困ったようにフィロメニアを見た。

 

「店主、これを演奏できる者はいるか」

「おります。ご紹介致しましょうか」

「講師として雇おう」

「手配致します」


 ということで、アタシの楽器はエレキギターになりました。


 アタシの意志はまったく反映されてないけど。まぁ……いいか。



 ◇   ◇   ◇



 次の日から若いギタリストがアタシの講師についた。

 だがなんと開始から一時間、アタシはもうすでに一曲弾けるようになっている。

 

 というのも。


「お前のその腕輪の力でどうにかしろ。他人の魔法を真似できるのだろう?」


 などとフィロメニアの無茶ぶりが原因だ。


 魔法と楽器の練習は違うでしょ! とツッコもうとしたらセファーが飛んできて言う。


『可能だよ』

『ウッソだろ』

『まぁ基礎知識も知る必要があるが、とにかく任せたまえ』


 そう言ってセファーは平べったい胸を張った。

 アタシはなんだかチートを使っている気分になって辟易するが、フィロメニアは関係ないらしい。


 うむ、とゆっくり頷く。

 

「さすがだな」

「そうかな……。ん?」


 そこで、気づいた。

 アタシは声に出してセファーと喋ってない。なのに、なぜかフィロメニアにそれが伝わっている。

 

「なんだ?」

「待って。今なんかセファーと会話してなかった?」

「していたが」

 

 アタシの頭にハテナマークがいっぱい並んだ。

 これまでセファーの姿も気配も見えないと言っていたフィロメニアが急に会話しだしたからだ。


「言葉はわからんが肯定の意志が伝わってきた。決闘のあとからだな。そこにいるということもわかる」

『そうなんだねぇ』

「言うの遅くない!?」

「言わずとも気づくと思っていた」


 気がつかないよ!


 相変わらず言葉の足りないフィロメニアに憤慨しそうになるが、セファーが『まぁまぁ』と宥めてくる。


『きっと君と、君の主、そして我の繋がりが馴染んできたんだろう。そのうち姿や言葉もわかるようになるんじゃないかな』

「今も朧げに見えているぞ」

『これは興味深いねぇ。一応、挨拶をしておこう』


 そう言うと、セファーはフィロメニアに向かって片足を引いて華麗に一礼した。

 それを見てフィロメニアは「うむ」と頷く。


 やっぱりちょっと見えてるみたい。



 

 そんなことはさておき。

 ギターに関しては講師に一通りの音の出し方を教わって、今帝国で流行っているらしい曲を何曲か弾いてもらった。


 するとビックリ。


 アタシはアタシが理解しないままに自由に音を出せるようになっている。


「いや、ウィナフレッドさん。マジでやっべぇ~っす。超テク上昇マジぱないっす」

「アッ、ハイ」

 

 演奏したのは王国内で主流のゆったりとした曲とは違い、割とポップな曲調だ。

 それを一度聞いただけで弾くアタシは、他人から見ればもはや化け物に近い。

 

「マジパねぇ……。これじゃ楽譜も要らねぇっすね……」

「いや、要る! 要ります!」


 肩を落としてお役御免になったと去ろうとした講師を、アタシは慌てて引き留める。


 今のアタシは目の前で弾いてもらったものをそのまま【模倣Imitate】しているだけだ。

 これでは自分が演奏する曲が出る度に、一々この人を呼んで弾いてもらう必要がある。


「講師。ウィナに楽譜の読み方、書き方も教えてくれ」

「いいっすけど、なんか必要なさそうなくらい才能パないッスよ」

「金は出す」


 結局、ギター用の楽譜の読み書きも【模倣Imitate】して、アタシはエレキギターを一週間でマスターした。


 講師には結構な額の報酬を出したようで彼はホクホク顔をしていたが、なんだか自信も同じくらい無くしていた気がする。

 セファーはセファーで『さすが我だねぇ!』なんて言ってて、アタシは座学くらいは自力で努力しようと固く誓うのだった。


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