転生したら推しの悪役令嬢のメイドでした。 ～霊獣になったアタシはご主人様をバッドエンドにはさせてやらない～

３０：蟹食ってるときって

「イフリータァ！」

　さすがは伊達に冒険者として経験を積んでいるといったところか。

　ジルベールの反応は早かった。

　あの巨体が動けるのだから、廊下とは違いイフリータも戦える空間がある。

　赤い魔法陣と共に顕現した炎の魔人が雄たけびを上げた。

　同時にアタシは決闘のときに借りパクした剣を腕輪から【放出（Ｄｉｓｃｈａｒｇｅ）】する。

　そしてその柄を掴むと、刃を抜いて一気に斬りかかった。

　しかし――。

「硬ァッ！？」

　蟹の親玉ともいうべき異様の魔物が掲げたハサミに、アタシの剣は弾かれてしまう。

『物質強化魔法がかかっているね。さすがは親玉だ』

『どこ狙えばいい！？』

『関節か腹だろうねぇ。まぁ、狙えればの話だが』

　飛びずさりながらセファーと話すアタシと入れ替えに、イフリータが突っ込んでいった。

　その拳を炎と共に魔物に叩きつけるが、やはり効果が薄い。

　さらに面倒なことに、魔物の腹からは先ほどの小型の魔物がぞろぞろと出てきていた。

　ジルベールも大型の魔物への攻撃に加わりたいようだが、小型への対処でそれどころではない。

　ひとまずは小型を減らす必要がある。じゃないとジリ貧だ。

　アタシは剣を構え直すとジルベールに叫んだ。

「ジルベール！　ゆっくりやってあげるから合わせて！」

「なんだと！？」

「いいから！」

　こんな状況で言い合いをしている暇はない。

　アタシはジルベールの背後に滑り込むと、その後ろにいた小型魔物を一気に切り払う。

　同時に背後で槍斧を一閃した気配がして、アタシはジルベールの背中へ自分の背を押し付け、そのまま押した。

「よっ」

「うおっ！？」

　アタシはその広い背中でくるんと一回転すると、何かを察したようにジルベールも身をかがめる。

　そして互いが前後を入れ替えて、ジルベールの攻撃の隙を無くすように連撃を繰り返した。

　互いの得物が長い分、力が伴えば攻撃範囲は広い。

　そうしてアタシたちは無言の連携を続けて小型の魔物の数を減らした。

　だが。

「っ！？」

　突然、頭の中で鳴る警告音。アタシは音の方向も見ずに、ジルベールを横へと突き飛ばした。

「なにすん……！？」

　抗議の声が上がるがそれどころではない。

　警告音の方に剣を掲げるが――間に合わなかった。

　アタシの体は巨大なハサミの横振りに殴り飛ばされる。

「ウィナフレッド！」

「ぐはっ……！」

　硬い壁を砕く勢いで叩きつけられ、肺の中の空気は押し出された。

　それなりに痛い。けれど骨が折れた感じもしない。

　まだ戦える。

　粉塵が舞う中、態勢を整えようとして前を見ると――。

「あ、やべっ」

　大型魔物が体ごと突撃してくるところだった。

　重さで圧殺しようというのか。

　アタシはイチかバチか、腕輪から魔法を【放出（Ｄｉｓｃｈａｒｇｅ）】しようと構える。

　電撃の一閃があのハサミを貫通できるかはわからない。

　魔法で守りを固めている分、内部に電撃が伝わらない可能性もある。

　アタシは意を決して魔物を待ち受けた、そのとき。

「【氷矢撃（ケライズ・フリーシア）】！」

　氷の矢が魔物の目に直撃し、その周辺を凍てつかせた。

「【雷槍穿撃（イステラ・ヴェス・コンフォーデ）】！」

　そして畳みかけるように魔物の右脚に黄色い電撃をまとった何かが落ちてくる。

　クレイヴだ。

　的確に関節へと突き刺した剣から、魔法の電撃が伝わって魔物が動きを止めた。

『我が君！』

「わかってる！」

　アタシは今しがた自分の体で砕けた壁を蹴って、体ごと魔物の腹に剣を突き刺した。

　出てこようとしていた小型もろともその甲殻で押しつぶし、剣をその奥へと深々と突き入れる。

「どおおおりゃあぁぁぁぁ！」

　そして、剣を全力で振り上げた。

　ガリガリと砕く音を立てながら、長剣が魔物内部で一閃する。

「もういっちょ！」

　振り抜き、勢いで余って地面に埋まった剣をそのままに、アタシは振り向いて拳を構えた。

　セファーがすぐさまその意を察してくれる。

『【放出（Ｄｉｓｃｈａｒｇｅ）】・【雷槍拳撃波（イステラ・ヴェス・ランシア）】。Ｒｅａｄｙ』

「砕けろぉぉぉぉ！」

　脆く、傷を与えた腹部への接射。

　紫電の光線は魔物の内部へと吸い込まれ、衝撃でその体を浮かしながら臓物を焼き切っていく。

　アタシの腕輪が変形を終えたとき、そこにはひっくり返って体の各部から煙を上げる魔物の姿があった。

　◇　　　◇　　　◇

「助かった～！　ホント、マジで！」

「いや、あれにトドメを刺せるのは君くらいだ。逆によくやってくれた」

　アタシが頭に手を当てて言うと、クレイヴは横目に魔物の死骸を見ながら言う。

　今一度見ても巨大な蟹だ。

「まさか巣とかじゃなくてこんなデカいのがいるなんて思わなかったわよ」

「きっとここで長い年月をかけて育ったのだろうよ。ウィナ、怪我はないか」

　フィロメニアに言われてアタシは自分の体を見回してみたが、大丈夫そうだ。

　メイド服が少し汚れてしまったが、これは布地の間に鎖帷子が仕込まれた特注品だ。

　そう簡単にボロボロになっては困る。

「おい、チビ」

「なに」

　イフリータを還したジルベールが歩み寄ってきた。

　なんだか始末の悪そうな顔だ。

　みんなで大型の魔物を倒したんだからもうちょっと喜べばいいのに。

「助かった。てめぇがいなけりゃ俺は今頃……」

　ジルベールは視線を落とす。

　何を失望しているんだか。二人で小型を蹴散らしたときの連携は中々のもんだった。

　やっぱりジルベールは強い。即興でアタシの意を汲んでくれるくらいには戦いの勘がある。

「何言ってんの。アタシだけでも死んでたかもしんないんだから、アタシだってアンタがいてよかったわよ」

　アタシはまたその胸板をポンポンと叩くと、笑ってみせた。

「へっ、言うぜ」

「それよりアンタ、さっきアタシのこと名前で呼んだでしょ」

「覚えてねーよチビ」

「うるせー筋肉バカ」

　言うと、今度こそ鬼のような顔ではなく、ジルベールには自信のある表情が戻る。

　そう。その顔だ。コイツはそういう顔をして、自分の強さを信じていればいい。その方がアタシの知ってるジルベールらしい。

「それで……これはどうすんですか？」

　そこで、シャノンが律儀に手を挙げて魔物の死骸を指差した。

　きっと全部持っていいけばギルドでは大騒ぎになるだろうが、いかんせんあの大きな甲殻を持って出れるような出口はない。

　けれどちゃんと遺跡内で魔物を討伐した証拠は持っていきたい。

　かといってアタシの【貯蔵（Ｓｔｒａｇｅ）】を使うと素材が劣化がしてしまう。

　仕方なくみんなが首を捻って出した答えは。

「……バラす？」

　――そこからは、みんなで蟹の関節を折って砕いて、脚だけ持っていく作業が始まった。

　蟹食ってるときと同じように、作業中は誰も喋らない。

　けれど一本ずつ脚を外すたびに、アタシたちには得も言われぬ達成感があって、不思議と口角が上がるのだった。

　◇　　　◇　　　◇

「すごいですわ！　フィロメニア様！　初めての冒険で巨大な魔物を討伐したとお聞きしました！」

「私たちだけでやったのではない。ジルベールと殿下の助けもあってだ」

「ウィナフレッド様の戦いぶりはどうでしたの？　やはり腹パン一撃で？」

「おかしくない？　アタシの評判やっぱりおかしくない！？」

　次の学園の日、アタシとフィロメニアは教室で女子生徒たちに囲まれていた。

　噂の伝わりは早いようで、すでに学園中にアタシたちが大型の魔物を討伐したことが広まっている。

「すげぇなやっぱりジルベールは。ここ最近見ないと思ったら遺跡の未探索部に挑戦してたのかよ」

「ああ、殿下もな」

　男子の方は男子の方で盛り上がっているらしく、クレイヴとジルベールの話で持ち切りだ。

「シャノンもいたぜ」

　そんな中、声が聞こえたのか、話題の中心人物が誰ともなく言う。

　すると、それまで盛り上がっていた生徒たちが急にトーンダウンした。

「あの平民がか……？　なにやってたんだ？」

「そりゃ、シャノンの得意なのは治癒と強化だ。自分でやるよりも数段は効果があるからな。クレイヴはそれで美味しいトコ持っていきやがったんだよなぁ？」

「人聞きの悪い言い方をするな、ジル。制御は難しいが、おかげでウィナフレッドに余裕を持たせることができた。彼女の力あっての勝利だ」

　ジルベールとクレイヴはそんな風にシャノンを持ち上げるが、周囲の反応はあまり良くない。

　シャノンへの評価はあの決闘の日以来、少しずつ良くない方向へ向いている。

　もちろんクレイヴと一緒にいるときには手を出してこないのだが、裏では【殿下を篭絡した女】だとか、神殿のコネだけで入学した【狡賢い平民】だとか言われていた。

　特に酷いのはマリエッタと学園長が男女の中で、その隠し子だとかいう根も葉もない噂まである。

　今回のこともシャノンにとってはあまりいい方向には働かないだろう。

　話だけではやはり目立っているのはアタシとジルベールで、シャノンがその場にいたと知らなかった生徒も多い。

　知っていたとしても、おこぼれを狙ってついていったなんて言われてしまえばさらに良くない評判にひっくり返る。

　そのことをクレイヴはわかっているんだろうか。

　今のシャノンへのいじめを止めるには、王太子殿下の威光なんかじゃなく、シャノン自身が何かを成さないといけないってことを。

　魔物を戦ったときのことを嬉々として語るジルベールとクレイヴを見ながら、アタシはため息をつくのだった。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－

●作者からのお願い●

ここまでお読み頂きありがとうございます！

カクヨムコン９、参加しております。

レビューキャンペーンもございますので、是非、概要ページより「☆☆☆で称える」をお願いします！

皆さまの応援が作者の原動力になります！ぜひともよろしくお願いします。