33:その傲慢に幸あれ

「ちょっとクレイヴ!」


 アタシは教室棟で探していた相手をやっと見つけた。


「やぁ、ウィナフレッ――」

「ちょっと来い!」


 そして、朗らかに手を挙げたクレイヴの胸倉を掴むと、引きずるように人気のない場所に連行する。


「ど、どうした? 君らしく……いや、君らしいが、何かあったのか?」

「シャノンへの虐め! アレどうにかしなさいよ!」


 アタシが単刀直入に言うと、クレイヴは息を飲む気配がした。

 どうやら虐めのことは知っているらしい。


「彼氏でしょ!」

「……彼女とは友人だよ。俺がフィロメニアに振られてしまったからと言って、そう決めつけるのはシャノンにも失礼だ」

「友達でもなんとかしろ!」


 クレイヴはやけに落ち着いている。

 その態度にアタシは普段以上に熱くなっていた。

 

「無理だ」

「なんで!」

「彼女自身が変わらない限り、ああいった輩は今後も出てくるだろう。友人でしかない俺が何かしたところで、それは一時的なものに過ぎない」

 

 その言葉に、アタシは先ほどのフィロメニアからも感じたドライな雰囲気を覚える。

 冷めていて、達観したようなその雰囲気――アタシはそれが、貴族特有の人間関係から来るものだと直感した。


 クレイヴはアタシの様子に気づいたのか、肩に手を置いて諭すように言う。

 

「ウィナフレッド。君だからこそ言おう。学園の『友人』などというものは、我々貴族の世界では自らの手数の数に過ぎない。本当に大切なものならば、血を交える他ない」

 

 つまり親戚や家族にならなければならない、ということだろうか。

 なら――。


「ならシャノンとさっさと結婚しなさいよ」

「何度も言うが、彼女とはそういう関係ではないんだ。近頃は話すことも少ない。それに彼女にも別の友人が出来たみたいだ」

「誰?」

「ディアナという子爵家の娘だ。よく一緒に魔法の練習をしている」


 その名前に、入学式の日にフィロメニアと一緒に登校した女子生徒の顔を思い浮かべる。


「俺も彼女には胸を張って学園で学んでほしいと思っている。だが俺は彼女から虐めについて相談されたことはない。俺たちはそういう距離なのだ」


 それは違う、とウィナは思った。

 

 距離があるから相談しないわけじゃない。何かと色んな問題を抱えたがるクレイヴを案じて話していないだけだろう。

 けれど、そんなことをアタシが今言ったところで何の意味もないともわかる。


 クレイヴは胸元を正すと、申し訳なさそうにこちらを見た。

 

「……君の思っていたような男ですまない。これで失礼する。ウィナフレッド」


 そうして、アタシはまた残される。


 思い違いも甚だしい。

 ジルベールなどの他の攻略対象がシャノンから離れた今、彼女と交際関係に発展するのはクレイヴだと確信し切っていた。

 乙女ゲーの知識を信じ切っていたのだ。


 けれど、実際の人間関係はもっと複雑で、シャノンはクレイヴとの縁も薄くなってしまっている。


 放っておけば彼女たちは幸せになると思っていた。

 見守っていれば彼らはお互いを大事にすると思っていた。


 それがアタシの慢心。

 思えば、決闘でジルベールたちを叩きのめした時点で乙女ゲーのルートからは大きく外れてしまっているのかもしれない。


 それはアタシの望んだことだ。

 フィロメニアの死を回避するためにアタシがやったことだ。

 その結果が今だ。


 きっとフィロメニアが言うのならば、このまま行けばシャノンは学園を去ることになるんだろう。

 彼女の言う言葉はそれほどに重い。軽々しく予想を言う主でないことはアタシが一番よく知ってる。

 

『またお悩みかい? 我が君』

『因果応報かもしれないけど、そう。悩んでる』


 そこにセファーが仕方なさそうに降りてきた。

 アタシは顔を上げて真っ直ぐ彼女を見据える。


『いいんだよ。それで。君は君の願望を好きなだけ願うといい。叶えるといい。そのために我はいるのだからねぇ。さぁ、何を望むんだい? 我が君』


 セファーがそう言って差し出した手を取って、アタシは言った。


『シャノンを幸せにする!』

『これはこれは。大きく出たねぇ。告白みたいだよ』

『フィロメニアもシャノンもどっちも幸せにする。そうしたい』


 そんな強欲な願いを口にしても、小さな相棒は否定することはない。


『いいだろう。なにが彼女たちの幸せがどんなものかもわからない、君のその傲慢も受け入れよう。さぁ、できることをやろうじゃないか』


 セファーが光の粒と共に消えると同時に、アタシは振り返って歩き出すのだった。



 ◇   ◇   ◇



 放課後の自習室、アタシはシャノンと二人きりで教科書を前に頭を悩ませる。

 

 決心した次の日から、アタシはなるべくシャノンの傍にいるようにした。

 特に一人で図書館や自習室に行くときにはセファーに教えてもらい、フィロメニアの許可を得て行動する。

 フィロメニアは何かを察しているのかため息をついていたけれど、仕方ない。


 そうしていれば虐められはしないものの、目の敵にしていると思われる生徒は顔をしかめていた。


 これが一時しのぎにしかならないことはわかっている。

 けれど現状、アタシにできることはこれくらいだ。


「ね、ねぇ、ウィナちゃん? なんか最近、無理して私と一緒にいない?」

「偶然でしょ」


 シャノンの方もさすがに不審に思っているらしい。

 若干引き気味で聞かれるが、アタシは素知らぬ顔で答える。


 そんなことを続けているとどうだろう。

 だんだんとアタシの耳に陰口が入るようになってきた。


 これがいじめられっ子を擁護すると虐められるというやつか。


 もちろんフィロメニアがいない場所でのことだが、中々肝が据わっていると思う。

 

「腹パンメイドだなんて、下品な名前よね」

「暴力しか取り柄のない平民ですわよ。あぁ、恐ろしい」

「フィロメニア様が心配よね。もしかして例の決闘もアレに脅されてのことだったり?」


 言いたい放題だ。悪口にも色々言い方あるんだなぁなんて感心するほどだ。

 けれどアタシはそんなことを言われても何の怒りも沸かない。

 

 むしろアタシの攻撃性が周知されてるのが誇らしいくらいだ。

 馬鹿め。こっちはいつでもお前らの胃をひっくり返せる拳があるんだぞ、とアタシは不敵に笑う。


「ウィナちゃん」


 ぐっふっふ、と心の中で笑っていると、シャノンが口を開いた。

 何かと顔を向けると、少し暗い顔で彼女は言う。

 

「……この間はごめんね。いきなりいなくなって」


 この間、というのは中間成績の発表のときだろう。

 アタシはそれに対して手を挙げて謝る。

 

「こっちこそごめん。アタシ調子に乗ってた」

「いいの。四位なんて本当に凄いと思うし、私なんて……」

「それ!」


 急に声を上げたアタシにシャノンの体がビクっと体を跳ねた。

 アタシはシャノンを指差しながら言う。

 

「『私なんて~』とか『私じゃどうせ~』とか言わない! 胸張って歩けって言ったでしょ! アタシなんて変なあだ名つけられても堂々としてんのよ! ねぇそこの人たち!?」


 シャノンを諭すと同時にアタシの陰口を叩いていた女子生徒たちに水を向けると、彼女たちは気まずそうに視線をそらした。

 

 無視か! まぁ返す言葉もないだろうけど!


「う、ウィナちゃん。自習室では静かにしないと」

「それもそうね! ねぇ、そこの人たち!?」

「こ、声が大きいよ」


 むふーっと鼻から大きく息を吐くとアタシは背もたれに体を預ける。

 すると、ぞろぞろと女子生徒たちは自習室を退散した。


 どうせまた同じことを繰り返すとは思うが、今日は分が悪いと感じたんだろう。

 

「……ねぇ、ウィナちゃん」

「なに?」

「相談して……いい?」

「なんでもござれ」


 そろそろこの魔術詠唱に関しての教科書にも飽きてきたところだ。

 教科書を閉じてシャノンに向き直ると、おずおずと彼女は話し出す。


「最近、お友達が学校に来てないの」


 なんかデジャヴを感じるな。

 最近は教科書を読みながら腕立て伏せをするという奇妙な技を覚えたジルベールの顔が頭に浮かんだが、思考を振り払って続きを促した。


「お友達って?」

「ディアナさんって名前で、魔法の練習を一緒にしてた子なんだけど……」


 クレイヴの言っていた女子生徒のことか。

 たしかに最近は顔を見ていない。まぁこの学園は結構自由なところがあるから気にしていなかったけど、シャノンは気になるらしい。


『セファー。その子が今なにをしてるかわかる?』

『わからないねぇ』


 少しは悩んでよ!

 その即答にムカついていると、セファーは話を続ける。


『というか今現在、学園内にその女子生徒はいない。前の筋肉くんは宿舎には戻ってきていたが、彼女は戻ってきてすらいないようだ』

『家の都合かな』

『詳しく監視していたわけではないから不明だねぇ。けれど何かあれば校内でも噂になるんじゃないかな』

『確かに』

 

 生徒たちの話題は結構な頻度で家絡みの話が多い。

 自分の領内の特産品だの、新しい事業だの、割とビジネスライクな話題について話すのが貴族だ。


 ディアナの家に何かあれば、校内を常に飛び回っているセファーの耳には入るだろう。


「んー……わかんないけど、お家が火の海とかじゃなさそうだから、あんまり心配しなくてもいいと思うよ」


 とりあえず、シャノンにはそう伝えておく。

 この子は割と自分よりも人の心配をする性格だ。その点でいうとクレイヴに似ている。

 乙女ゲーをプレイしているだけでは気がつかない類似点だ。


「そ、そっか。ウィナちゃんがそういうなら」

「魔法の練習がしたいなら付き合うわよ」

「ううん。いいの。私のためにウィナちゃんの時間を使わせちゃうのは、フィロメニア様に申し訳ないから」


 シャノンの顔に影が差す。


「だからそういう顔しないの!」

「うみゅ!? ――うぅ……うぃなひゃんひゃめて~!」

 

 アタシがすかさず両手で顔を挟んでやると、タコみたいな口になったシャノンは抗議した。

 ヒロインの顔になんてことをしてるんだろうと思ったが、割とこれが面白い。

 

「貴方達、もう少し静かになさい」

「「すみません」」

 

 そんなことをしていたら自習室の当直の先生に怒られてしまう。


 アタシたちは再び教科書を開いて、黙々と勉強に集中するのだった。

 

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