27:友人とは

 放課後の廊下、荷物の重さに耐えながら、シャノンは自習室を目指していた。

 

 持っているのは図書館から借りてきた本だ。

 今の学園の勉強についていくのには、自分は圧倒的に基礎が足りない。

 それを補うための資料を探していたら、こんな量になってしまったのだ。

 

 もちろん授業中はしっかりとノートを取り、わからない部分があればクレイヴに聞いている。

 だがみんなにとっては当たり前の知識も、シャノンにとっては初めて聞くことばかりだ。


 そんなことまで聞いていたらクレイヴの邪魔になってしまう。


 だからこうして日々、地道に自主的な補習を行っているが、シャノンはいまだに追いつけているという実感が得られなかった。


「あっ――」


 すると考えに耽っていたシャノンは衝撃を感じて、持っていた本を落としてしまう。

 うっかりしていた、とは思ったものの、たとえ気をつけていても結果は変わらなかっただろうとも思う。


「ちょっと。痛かったんだけど」


 ぶつかった相手は同じクラスの女子生徒たちだった。

 自分は広い廊下の端を歩いていたはずだ。シャノンとて、相手が故意にぶつかってきたことくらいはわかる。

 

「また図書館の本占領してんの? 少しは周りに迷惑かけないようにしたほうがいいんじゃない? 殿下にも迷惑かけてるし」

「ていうか本売りさばいたりしてないでしょうね。見つけたら退学にしてやるわよ」


 そんな悪意のある言葉をかけられても、シャノンは言い返すことはできない。

 相手は貴族だ。雲の上の存在なのだ。この国で力を持つ者が上に立つのと同じように、学校でも勉強に追いつくことすらできない自分は下の人間なのだ。


「……すみません。気をつけます」

 

 だからシャノンは謝ることしかできない。非が自分になくとも。


「そんな無駄なことして。あの先生、悪いことやってたんでしょ?」

「どうせあんたもそのうち追い出されるよ。殿下に見限られるのも時間の問題ね」


 散らばった本をかき集める間、女子生徒たちは言いたい放題だ。

 クレイヴと一緒に歩いているときには声すらかけてこない彼女たちは、こうしてシャノンが一人のときを狙って嫌がらせをしてくる。


「あ、やばっ――」

「何がやばい?」

 

 そのとき、女子生徒が慌てた。そして、その声に反応する別の生徒の声がする。

 

 顔を上げると、廊下の先からフィロメニアとその取り巻きの生徒たちが歩いてくるところだった。


「い、いやぁ……べ、別に……」

「私に何か用か?」

「――な、なんでもありません!」


 そうして、女子生徒たちは駆け足でその場を去っていく。

 ふん、と鼻を鳴らしてそれを見送ったフィロメニアはこちらに歩いてきて――。


 ――通り過ぎていった。


 シャノンは顔を伏せて、彼女たちの足音が聞こえなくなるのを待った。

 手を差し伸べてもらえると期待していたわけではない。

 クレイヴやウィナといるときも、彼女から嫌われているような雰囲気は感じていなかった。


 だが無関心だ。


 彼女は自分という存在に興味がない。

 ウィナに毒を持ってしまったときには明確に敵意の視線を感じたものの、今は何も感じない。

 きっとウィナが弁明してくれたのだろう。


 けれど、それが逆に辛い。


 一緒にいても、彼女にとっては自分を喋る置物かなにかだ。

 周囲からはフィロメニアの一派として数えられているようだが、友人ではない。


 そんな考えも、おこがましいことだとシャノンは思う。


 事実、彼女がここを歩くだけで自分は助けられた。

 それだけで十分のはずで、友達になるなど身の程を知らない考えだ。


 だからこそ、これは自分でなんとかしなければならない。

 これ以上ウィナやクレイヴに頼ることなく、周囲を見返す力を持たなければならない。

 この国で、この学園で見下されないためにはそれしかないのだ。

 

 シャノンはそのために努力する。


「――お怪我はなくて?」


 そのとき、落とした本の一冊が差し出された。

 顔を上げると、フィロメニアの後をついていたはずの女子生徒の一人が、こちらに微笑みを向けている。


「あっ、ありがとう……ございます」

「なんて下劣な人たち。殿下と一緒にいる貴女が羨ましいのでしょうね。そう言えば微笑ましく聞こえますが、やはり幼稚ですわ」


 シャノンは困惑していた。

 入学してからというもの、自分に手を貸してくれた同性はウィナしかいない。

 あのマリエッタでさえ助言はしてくれたものの、こういった場面に居合わせたことはなかった。


「あ、あの……」

「あら、ごめんなさい。わたくしはディアナ……【ディアナ・ヴァン・ペリシエール】ですわ。シャノンさん」


 彼女は胸に手を当てて名を名乗る。

 ディアナの透けるような銀髪が、窓から入る日を眩しく照らしていた。

 


 ◇   ◇   ◇



「まぁ、それでジルベール様とセルジュ様はすでに霊獣をグレーター級に昇華させていたんですわね」

「はい。けどマリエッタ先生が追い出されて……。ウィナちゃんに毒を食べさせるなんて、やっぱり私悪いことしてたんじゃないかなって……」


 その日、シャノンを助けてくれたディアナは本を半分持ってくれた上に、自室でお茶を振舞ってくれた。

 ウィナ以外のお茶を飲むのは初めてで、シャノンは自然と背筋を伸ばしてしまう。

 だが、彼女の柔らかな雰囲気に飲まれてか、自然と悩みを零していた。


「けれど、それがシャノンの強みなのでしょう?」

「でも、フィロメニア様の言ったことが気になって……。だから私、この力だけじゃなくて、ちゃんと勉強ができるって証明したいんです」

「それでこんなに本を……。けれど、ここの生徒は皆、入学前から家庭教師を雇って勉強していた子たち。これから彼女たちを見返すのは並みの努力では――いえ、努力だけでは到底足りませんわ」


 お茶を啜りながらディアナは困ったように言う。

 シャノンはぎゅっと手を握りしめた。

 その言葉は、シャノン自身も薄々感じていたことだからだ。


 自分は開始点が違い過ぎる。

 

 ウィナも同じ境遇だと思っていたが、二人きりのときでも勉強の悩みを聞かない。

 彼女は元々騎士の家の出であるらしく、公爵家の使用人だけあって、それなりの教育を受けていた。


 それに比べて自分は畑仕事の手伝いや妹や弟の面倒が中心で、字だって読み書きができるようになったのは最近だ。

 そんな自分が他の生徒たちよりも上に立つのは、努力しただけでは不可能。


 努力なんて誰だってしている。恵まれた環境に生まれたとしても、相応の厳しい世界を生きている。


「そんなに自分を卑下してはいけませんわ」


 無意識に顔を伏せていたシャノンは、話しかけられてはっとした。

 ウィナに胸を張れと言われたのに、また自分は、と唇を噛む。

 

「まず、そのご自分の力を否定するのはよした方がいいですわ」

「えっ……」

「私たち貴族でも、もちろん才能の有無はあります。たとえば私は風属性が得意で、逆に土属性が不得意。それはもうどうしようもないことですの。代々そういう血を受け継いでいるのですから」


 ディアナは指先に魔法で小さな竜巻を作りながら言った。

 そして次に別の魔法を発動しようとして……それはピリっと微量の電撃を作っただけで不発に終わる。


「そしてシャノンには他者への治癒や強化という特別な力があって、他はさっぱりといった感じなのですわよね? その状態でご自分の得意とするものを否定しては、そのうち魔法自体が使えなくなってしまいますわ」

「そうなんですか……?」

「ええ、魔法の要は頭の中の想像……シャノンはきっと、他の方を助けることをとても上手く想像できるのですわ。けれどそれ自体を否定していると、自分が何者であるかわからなくなり、いずれ魔法を使う自分を否定するようになってしまいます」


 言われて、シャノンはカップに注がれたお茶に映る自分を見た。

 そこには自信のなさそうな、顔色の悪い少女がいる。


 そんな少女が、クレイヴのように、フィロメニアのように、ウィナのように美しく戦えるはずはない。

 彼女たちのように胸を張る自分を、想像できない。

 

「じゃ、じゃあどうすれば……」


 思わずシャノンが口走ると、ディアナはカップを置いた。


「では、まずわたくしにその魔法をかけてみてはいかがかしら」

「えっ、だ、駄目です! もしフィロメニア様の言う通り、危険なものだったら……!」


 その提案に、シャノンは立ち上がって拒否する。

 

「でもジルべール様とセルジュ様、あとファブリス様も今のところ健康そうですわよ。……まぁ、セルジュ様は別の原因で体調を崩されてますが」

 

 小首を傾げながら言われて、シャノンははっとした。

 確かに。この場では言わないが、クレイヴにもこの力を試したことはある。

 けれど今の彼が至って健康なのは、近くにいる自分が良く知っている。


「フィロメニア様が危険視していたのは、もしかすると別のものなのかもしれませんわね。何か心当たりがありまして?」

「心当たり……」


 シャノンは視線を彷徨わせて考える。


 この学園に入学するにあたって、シャノンは何もせず放り込まれたわけではない。


 自分の村に来たマリエッタが、たまたまシャノンの治癒魔法を施すところを見て驚き、すぐさま神殿に招かれた。

 そこでマリエッタの言うままに魔法の使い方を習って、神殿の騎士様を強化魔法を施したり、何かの魔法陣に対して魔法を使ったり――。


「あっ」

「なにかありそうですわね」

「私、神殿で色んな魔法陣に魔力を込めたりしてました……」

「魔法陣……?」


 ディアナはお菓子を摘まみながら考えるように視線を流す。


「その結果、どんなことが起こりまして?」

「わ、わかりません」

「それはだいぶ怪しいですわね……」


 シャノンはそう言われて肩を落とした。

 フィロメニアの言う危険な研究とは、あのことだったのかもしれない。


 だとすれば、自分の魔法に関してはどうだろうか。


「試してみる価値はありますわ。そもそも問題があれば学園長も止めているでしょう。さぁ、いかが?」

「私は……」


 シャノンは顔を上げる。


「お願いします。手伝ってください。ディアナさん」

「ディアナ、でよろしいですわ。シャノン、もう私たちはお友達でしょう?」


 そういうと、ディアナは再び笑みを湛えるのだった。

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