28:ご婦人カウントから外されて

「今度の休日、みんなで冒険に行かないか?」


 いつもの放課後、そう言いだしたのはクレイヴだった。

 アタシは自作の魔法陣を書く手を止めて、薄目で彼を睨みつける。


 フィロメニアは我関せずとお茶を啜っているし、シャノンはすでに聞いているようで事態を見守っていた。


 仕方なくアタシはクレイヴに聞く。


「……それ、まさかだけどジルベールも一緒とか言うんじゃないでしょうね」

「勘がいいな、ウィナフレッド」


 王太子殿下に褒められて嬉しくないことなんてあるんだなぁ、とアタシは感心した。

 アタシは薄目のまま話を続ける。


「その心は?」

「俺はジルに戻ってきてもらいたい。だからまずは俺たちがジルに歩み寄ることから始めようと考えた。共に冒険することにより、君らとの因縁も解きほぐせるかもしれない」

「別にこっちは解きほぐさんでもいいんだけど」


 まぁ、クレイヴの言わんとしていることもわからないでもない。

 そもそもやり方を考えろと言ったのはアタシなので、文句ばかり言うのも憚られる。


 だからといってフィロメニアを危険に晒すのは嫌だった。


「言っとくけどアタシはフィロメニアしか守れないわよ。シャノンまで連れてって大丈夫なの?」

「ウィナ、少しは言葉を慎め。殿下とて決して弱いわけではない。剣と魔法の腕はお前が思うよりも立つお方だぞ」

「はぁ~い……」


 怒られてしまった。

 けれどクレイヴは馬鹿にされたとも思っていない風に自分の胸を叩く。


「安心しろ。ジルも俺も冒険は初めてというわけじゃない。それにシャノンにとっても良い経験になるはずだ」

「は、はい。もし怪我とかしても、私の治癒魔法で……」


 シャノンは言葉の途中でちらっとフィロメニアを見た。

 だがフィロメニアは相変わらずお茶を啜るだけだ。


「みんなを補助できるよう……頑張るから」


 シャノンにしてはどこか力のない様子に、アタシは首を捻る。

 けれどどんどん話を進めていくクレイヴに流され、結局はここにいる四人とジルベールで冒険にいくことが決まってしまった。


「では当日は街の南門に集合だ。ギルドの依頼は俺が受けておく。皆は戦える準備だけしておいてくれればいい」


 そう言うクレイヴは随分と楽しそうな雰囲気だ。

 ハイキングに行くんじゃないんだぞと言いたかったところだけど、そんなことは彼もわかっているんだろう。


 久しぶりにジルベールと冒険に行くのが楽しみ――そんな感じだ。


「わかりました。ではウィナ、課題はそれまでに終わらせんといかんな」

「うっわぁ、結構山積みなんだけど」

「今日から私の部屋でやるぞ。お前の飼い猫は放っておいても適当に過ごすだろう」


 それで、今日の勉強会兼お茶会は解散となった。



 ◇   ◇   ◇



「なんでてめぇらがいるんだよ」

「聞いてなかったんかよー。あに見てんだ。どこチューだおめー」


 集合して早々、ジルベールにガンをつけられてアタシは同じような態度で応戦した。

 はぁ、と後ろでフィロメニアのため息が聞こえて、ジルベールがなおさらヒートアップしそうになる。


「まぁ待てジル。俺が誘ったんだ。パーティは俺たちだけよりも、この五人の方が安全だ」

「俺ぁ一人でも問題ないぜ、クレイヴ」

「そう言ってくれるな。こうして好き勝手できるのも、今のうちだけだ。そうだろう?」


 クレイヴがどこか悲しそうにそう言うと、「……あぁ」とジルベールは渋々了承した。


 まぁ、そうなんだろう。

 次の王であるクレイヴも、それを守る家系のジルベールも、学園を卒業したらこうした冒険はできなくなる。

 それぞれの家の仕事を任されつつ、有事があれば戦いを指揮する立場になるのだ。


 そうやってこの世界の多くの人は家系に縛られている。

 縛られない人は冒険者稼業で日銭を稼ぎ、命をかけて生きるしかない。


 現代日本と違って自由の代償は高いのだ。残酷なほどに。


「では今日行くのは水祭前の遺跡の再調査だ。ジルにはぬるいと思うが、今日はご婦人が二人いるからな。徐々に慣らしていこう」

「ちょっと! 今のカウント、アタシ入ってないだろ!」

「ああ、問題ねぇぜ」

「じゃあ出発だ。目的地にたどり着くまでも冒険の一つだからな。気を抜かずに行こう」

「聞けし!」

 

 そんなこんなで道中、獣に襲われることなくたどり着いたのは今にも崩れそうな水祭前の遺跡だ。

 水祭とは――正しくは【レゼリアの水祭】と言って、三百年前に主星四柱の神と人間が外から来た悪魔と戦って、その結果起きた大災害のこと。

 そこで一度は滅びた文明を三百年かけて復興させたのが今の人類というわけだ。


 まぁ、これは星典といっていわゆるおとぎ話のようなものだから、実際のところはどうなのかは知らない。


 とにかくこうした遺跡は各地に点在していて、その中には特殊な魔導具だったり希少金属だったりがあるから度々冒険者に依頼が来るらしい。

 今回は調査し尽くされたと思っていた王都周辺の遺跡で新しい通路が発見されたために、もう一回見てこいという旨の依頼だ。

 魔獣を倒してこいだの、その素材を取ってこいだのといった依頼よりもアバウトで、それ故に歩合制だが危険は少ないらしい。


 確かに冒険者稼業なんかやったことのないアタシたちにはうってつけの依頼だ。

 

 先頭はジルベール、最後方はクレイヴという形で遺跡に入ったアタシたちは、物珍しさに周囲を見回す。


「時々壁が光ってんだけど、あれ何?」

「あぁ? ……この遺跡自体がまだ生きてんだろ。昔はこれくらいの建物が空を飛んでたって話だぜ」

「へぇ、宇宙船的な?」

「なんだよそれ」

 

 アタシが先頭のジルベールに話しかけると、彼は鬱陶しそうにしながらも解説してくれた。


 遺跡の中はなんというか、カオスな印象を受ける。

 今の世界と変わらないようなデザインの廊下があったと思えば、急にSFチックな廊下になったり、途中で簡素な足場が組まれた鉱山みたいになっていたり、ときには現代の工事現場みたいな場所もあった。


 そういえばアタシは前世で鉄骨にブッ潰されたんだった……、とつい上を確認してしまう。

 まぁ、今のアタシなら直撃しても大丈夫そうだけど。

 

「あ、ココとか開かないの?」

「は?」

 

 と、アタシは一つの壁の前で立ち止まる。


 それは半分、土砂に埋まっているが、どう見てもスライド式のドアだ。

 これまでそういったドアはいっぱいあったが、その横についているコンソールに緑色の光が灯っている。

 けれど他の皆にはそれが扉だとは見えていないっぽく、首を捻られた。


「それは壁じゃないのか。ウィナフレッド」

「どう見てもドアでしょ」

「なら開けてみせろ。ウィナ」

「はいはーい」


 フィロメニアに言われて、アタシは光るコンソールを適当に弄ってみる。

 けれどどのボタン押しても何も反応しない。


 そんなことをしていたら、セファーがふと現れた。

 

『我が君、それはボタンが壊れているよ』

『えぇ? じゃあどうすればいいのよ』

『さぁ。こういうのは最終的に物理て――』


 アタシは手甲のように変形させた腕輪でコンソールをぶん殴る。

 するとバチバチと音と立てて電流が瞬き、電子音が鳴ってドアが少しだけスライドした。


『……物理的なキーがあるはずだ、と言いたかったのだが、野蛮人か君は』

「この手に限る」

「おお、すごいな。ウィナフレッド!」


 ふふん、と鼻を鳴らすと、新しく道を開拓したことにみんなが湧く。

 アタシはわずかに開いた扉に手をかけて力づくで開くと、中には暗い廊下は続いていた。

 

 中にはなにがあるんだろう。

 

 少し楽しくなってきたアタシが乗り込もうとすると、ジルベールに制される。

 

「待てって。ここからは未探索の道だぜ。危険だ」

「そうだな。ここは新しい通路を見つけたことを報告するだけにした方がよさそうだ」

「えー!? 手柄取られちゃうじゃん!」


 アタシはせっかく開けた新しい道の奥が見たくて仕方がなかった。

 既に地図が出来ている道を、ただひたすらに歩くことに飽きていたというのもある。


 そして、この道の奥でお宝を見つけるという実に冒険らしい冒険を前に、アタシは胸が躍っていたのだ。


「ウィナ、ならば私たちだけで行こう」

「いいの!?」

「ま、待て、フィロメニア……」

「わ、私も行きたいです!」


 すると、なんとフィロメニアとシャノンがアタシに賛同してくれる。

 いつもは慎重派なフィロメニアの大胆な行動にクレイヴは動揺し、それに加えて手を挙げたシャノンに目を丸くした。


「……どうするジル?」

「別に俺はいいぜ。ただし、シャノンは俺とお前が守る。てめぇらは自分でなんとかしやがれ」

「安心しろって~。アタシ、アンタより強いから」


 ポンポンとジルベールの胸板を叩くと、またその顔が鬼みたいになる。

 もうちょっと冗談に肝要になってほしいもんだ。

 

 それにしてもシャノンはなんか積極的になった。

 アタシは何か変化があったのかなと思いつつ、先へと進むのだった。


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