26:その二つ名に異議あり

 そんなこんなでその日はシャノンと、ついでにアタシの課題も手伝ってもらって、勉強会はお開きになる。

 人生、勉強することは尽きないとは思うけれど、異世界でもこんなに勉強することになるとは思わなかった。


 そうしていつも通りフィロメニアの身の回りの世話を終えて、学生寮に新しく新設されたアタシの部屋に戻ると――。


「なんじゃこりゃァーッ!?」


 ――アタシの部屋が花で埋まっていた。


「アッ、ご主人様、お帰りなさいニ! とりあえず助けてくださいニ!」


 叫んだアタシの声に反応したサニィが、花の山から顔を出す。

 

「サニィ! これなに!?」

「贈り物ですニ!」


 なんだこれ。スポンサーが百個くらいついたお店の開店祝いでもこうはならないだろう。

 ぎゅうぎゅうに押し込まれた花束を掻き分けて進み、サニィの襟首をつかんでベッドに放り投げた。

 

「一応、聞いとくけど誰から?」

「ふぁぶりす様ですニ!」


 アタシはだいたいの予想をつけながらも聞くと、案の定な名前が返ってくる。

 

「普通、こういうのは外に置いとくもんでしょ!?」

「んニィ~……だってぇ……」


 こんなもの、普通の業者ならば外か、もしくは事前に送り主に確認してから搬入するだろう。

 サニィもさすがにそれはわかっていたのか、苦し気に言い訳する。


『お前がウィナフレッドの使用人か? 今からこの部屋を花で埋め尽くしてやる! いいか? これはサプライズだ。あいつは花を愛でる姿も可愛いからな。さぞ喜ぶだろう』

 

「とかニャんとか言ってて気がついたらこうニャってたニ」

「自分で最後まで監修する辺り、タチが悪いわね……」


 アタシは額に手を当ててため息をついた。


 決闘の後、一度はシャノンに向いたはずのファブリスの恋心は、急激な転回を経てアタシの方に戻ってきてしまったのだ。それも何かの加速を受けたかのように猛烈なものになって。

 あの場では話に出さなかったが、テラスで勉強しているアタシたちをこっそり遠目から見ていたことにも気づいている。


 正直言ってストーカーの域だ。


「あーもー」

 

 これから熱いシャワーを浴びて寝ようというときに、今からこれを運び出さなきゃいけないの?


 そう考えていたら、頭の上から声がかかる。


『お困りかい? 我が君』

『素直にめっちゃ困ってる。花がありすぎて草も生えない』


 セファーだった。

 その表情には鬱陶しい笑顔が張り付いている。


 この状況が楽しいものらしい。

 

『これは壮観だねぇ。君より背が高い花がいくつかあるのも芸術点が高い。砂漠に咲く一凛の花ならぬ、花畑につく一匹の虫かな』

『この世界に虫はいないっつの。代わりに微精霊がうようよしてるけど』

『君の精神衛生上、微精霊でよかったじゃないか』


 ちなみに詳しいことは知らないが、この世界には虫っぽいものは魔物以外にいない。

 アタシがわかることといえば、これらの花の花粉の運搬は【微精霊】と呼ばれる存在が担っていることくらいだろうか。

 

 そして、この微精霊は基本的に魔法の才能がないと見えないのだ。

 形は指先ほどのクリオネみたいなのからトカゲっぽいのまで様々だが、いっぱいいるとやっぱり気持ち悪い。

 

 なのでサニィにとってこの部屋はただのお花畑だが、霊獣となってアタシにとっては、この部屋はもはや一つの生態系だ。

 

『まぁ、冗談はさておき。片付けるなら良い手がある』

『マジで? どうすんの?』

『【貯蔵Strage】したまえ。細かい範囲などは我が指定しよう。なに、間違っても君の子猫を消したりはしないよ』


 そういうものまでこの腕輪は収納できるんだ、とアタシは素直に感心する。

 てっきり魔力だけかと思ってた。


 アタシは左腕の袖のボタンを外して腕輪を露わにする。

 そうして念じると、腕輪が回転し、【貯蔵Strage】を司ってるぽい紋章が上を向いた。

 

『準備はできてる?』

『もちろん。【貯蔵Strage】。Ready』

『いくよ』

 

 相変わらず流暢な英語が聞こえて、アタシは腕輪に力を込める。

 

「えいっ!」


 すると、花々が眩く輝いて、部屋を埋め尽くしていたそれがパッと消えた。


「んニ!? すごいニ! これ!? これのおかげニ!?」

「ちょっとちょっと。指挟んだら怪我するわよ。いや、噛むな。舐めるな」

 

 一瞬にして様変わりした風景にサニィが驚き、アタシの腕輪をガジガジと齧り出す。


 この子は買収した当初はこちらを警戒していたが、今や立派な飼い猫だ。

 アタシが忙しくて自分の世話をできていないので、今は正式に雇用して御付きをさせている。


 ただ、それもアタシが仕事を教えながらなので、まだメイドとしては半人前以下だけど。

 懐けば意外と可愛いものだ。


『ちなみに微精霊は魔力に変換してしまったよ。放っておいても散ってしまうような存在だからねぇ』

『なんだ残念。ごと送り返してやろうと思ったのに』

『まぁ、そのままとはいかないねぇ。微精霊もこの花も生き物なのだから』


 そっか、とアタシはセファーに返す。

 とにかく、これでゆっくり眠れることができるのだ。


 その日はサニィが一緒の部屋に眠りたがったので勉強は置いておき、熱いシャワーを浴びて床につくのだった。



 ◇   ◇   ◇



 そして次の日の朝、男子生徒寮に悲鳴が轟いた。


「な、なんだこれはあぁぁぁ!?」


 ちょっと可愛い感じの色合いをしたパジャマを着たファブリスが、顔を真っ青にして頭を抱える。

 彼が目覚めて最初に目にしたものは、昨日ウィナに送った大量の花々だ。けれど、それはファブリスの知っているものとは少し違った。


 ――どの花弁もドス黒く変色した地獄のような光景だった。


「ハッ、呪い……? 呪いの類か!? 力が抜ける! 生気を吸われているのか!?」


 ファブリスは動転しているのか訳のわからないことを口走って部屋を出ていく。


 アタシはその様子を屋根上から見ながら、ため息をついた。


「なにいってんだか……。まー、花があんな色になってるなんてアタシも思わなかったけど」

『花にも微量の魔力があるからねぇ。【貯蔵Strage】すればそれも吸収されてしまうのは明白だ。だから言っただろう? そのままとはいかないと』

「もしかしてこの力結構ヤバい?」

『ヤバいの定義がわからないが、少なくとも生物と食物は【貯蔵Strage】しない方がいいだろうねぇ。ちなみに彼が呪いなんて言ってるのもあながち間違いじゃない。魔力だけが枯渇した花を大量においておけば周囲の魔力濃度も当然低くなる。彼はそれを感じ取ったんだろう』


 どうやらアタシはもらった花をデバフアイテムにして送り返してしまったらしい。

 まぁ、それくらいのお仕置きなら軽いもんだろう。


 さて、さっさとフィロメニアと合流しなきゃいけない。

 

「よっと」


 アタシは五階建ての男子生徒寮の屋根上から飛び降りた。

 少しの浮遊感のあと、脚力で衝撃を和らげて着地すると、アタシは持っていた制服を羽織る。


 すると、ちょうど寮の扉が開いてそこから声がかけられた。

 

「誰かが落ちてきたと思えば、君か。ウィナフレッド」


 このイケボの主は振り返らずともわかる。クレイヴだ。

 アタシは手を挙げて挨拶しようとして――。


「おっす。おはよー。クレイヴ……ってなんだソイツ!?」


 ――クレイヴの後ろにゾンビみたいな男子生徒がいた。


「き、君ですか。セルジュですよ。お、覚えていませんか……? そうですか……」

「いや、頬こけてるし目虚ろだし……。つーかどこ見てんだアンタ、お空と話してるわよ」


 アタシは思わずそこに何があるのか周囲を見回してしまう。

 それほどにセルジュの視線は定まらず、ふらふらと体を揺らしていた。


「これはだなウィナフレッド……」

「待ってクレイヴ。なんか面倒に巻き込まれそうだから聞かないでおくわ」

「そう言わずに聞いてくれ」

「アンタこそ聞けし!」

 

 クレイヴが近づいてきて耳元で囁いてくる。

 昨日の件といい、問題を増やすのは勘弁してほしいのだ。あとちょっとASMRっぽい囁きもやめてほしい。

 

 けれどクレイヴは意に介さずアタシを巻き込んできた。

 

「どうやら色々と根を詰めているようで、ろくに食事も取らずに勉強しているようなんだ」

「秀才キャラがガリ勉キャラになってアタシはガッカリだよ」

「恐らく勉強面でフィロメニアに負けたくないのだろう。君からも何か言ってやってくれないか」


 えー……? と露骨に嫌な顔をしてみせると、クレイヴが悲しそうな表情を見せた。

 

 いや、そんな顔も良いな……!? ……じゃなくて! そのイケボといい、ビジュアルといい、無自覚に人を魅了してくるのは勘弁してほしい。


 けれど、友人が困っているのにつっけんどんに突き放すのもためらわれる。

 仕方なくアタシはセルジュに近づいた。


「あー……セルジュ?」

「なんですか……? きょ、今日はお腹は勘弁してください。吐くものも入ってませんから」

「人をゲロ吐かせる達人みたいに言うな」

「事実じゃないか。【学園の腹パンメイド】といえば君のことだろう」

「その二つ名で呼ぶなァー!」


 できれば意識しないでおきたい事実を指摘されてアタシは頭を抱える。

 

 決闘を見た生徒たちがアタシの戦いっぷりに感銘を受けたのはいい。

 けれどそこから出てきた二つ名が例の【腹パンメイド】で、もうちょっと……こう、あるでしょ!? と思ったものだ。


 とにかくアタシはセルジュに向き直ると、その肩を掴んで揺さぶる。


「アンタもっとシャキっとしなさい! フィロメニアはしっかり三食食べて八時間は寝てるわよ!? アンタも努力するなら真っ当なやり方で努力しなさい!」

「真っ当な……やり方?」

「食べない寝ないなんて体壊す典型のパターンなんだから、いいとこの坊っちゃんがそれでいいの!?」

「わ、私は……」

 

 そう言われたセルジュは何かに気づいたように後退る。

 そして、その目にわずかに光が戻ったように見えた。


「フッ……。私としたことが、どうやら自分を見失っていたようですね」

「お、おう。その意気その意気!」

 

 なんかヤケに物分かりが良いな?

 もしかしたら体調が悪いせいもあるのかもしれない。

 

 アタシのちょっとした説教で思い直すならずっと体調崩してくれててもいいとさえ思う。


「敵に塩を送るとは……。しかし、君の言う通り、しっかりと食べ、寝てみることにしましょう。それでは、先に行きます殿下!」


 そういうとセルジュは足早に、そして千鳥足気味な奇妙な歩き方で教室棟に向かっていった。

 アタシは引っかかるところがあり、こめかみを掻きながらクレイヴを見る。


「……あれ、わかってんのかな?」

「言葉通りにしか受け取れないと思うが……とにかく何か思い直した様子だったのは確かだ。すまなかったな」

「いいケドさ……。アンタも色々抱えすぎじゃない?」

「私の体調は万全さ」

「んー……そういう意味じゃないんだけど」


 む? と目を丸くするクレイヴに、アタシはため息をついた。

 けれどここでお節介を焼くのもアタシにブーメランが刺さる気がして、言葉を止める。

 

「まぁいいわ。フィロメニアのとこ行くから、じゃあね」

「あ、ああ」


 クレイヴは最後までアタシの言った意味がわからないようだった。

 けれど、それはアタシの問題じゃないし、アタシの乗り越える壁じゃない。


 アタシは胸に煮え切らない感情を抱えつつも、こればかりは仕方がないと頭を振るのだった。


--------------------







●作者からのお願い●


ここまでお読み頂きありがとうございます!

カクヨムコン9、参加しております。

レビューキャンペーンもございますので、是非、概要ページより「☆☆☆で称える」をお願いします!


皆さまの応援が作者の原動力になります!ぜひともよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る