第2章

25:厄介ごとを持ち来むな

 夜が明けるのが少し早くなって、日向にいれば汗ばむような、そんな時期。


 同じ色の制服を身に着けた少女が二人、学園の道を歩く。

 一人は青混じりの金髪をまとめ上げ、シワひとつない学生服を校則に則って完璧に着こなしていた。

 その姿は生徒たちの模範というべき姿であり、同時に羨望の対象でもある。


 それに対し、もう一人の少女は対照的だ。


 真っ黒な髪に大きめの青いリボン。

 学生服は肩から羽織るだけで、その下にはメイド服を着ている。

 

 そんな二人が並んで歩く姿は、他の生徒たちの視線を自然と集めた。


「フィロメニア様だわ!」

「相変わらず綺麗だよな……!」

「ウィナフレッド様も負けておりませんわ」

「え、あの子、平民だよ?」

「関係ないだろ。あれだけ強ぇんだぜ?」

「そうだよ。小さいことはいいことだよ」

「あんたはなんの話してんの?」


 そんな言葉も気にかけず、二人は歩調を同じくして、教室棟へ向かう。

 

 彼女たちは一学期の始めに怪しい噂のあった教師に対し、決闘を申し込んだ。

 そして、グレーター級を使う三人を相手に数的不利という状況でありながら、見事勝利を収めたことは学園中の知ることである。


 結果、もたらされたのは、使用人を学生と認めるという異例の待遇。

 

 もちろんそれに対し、使用人でありながら学園に入学することを良く思わない者もいる。

 だが、彼女たちの強さというゆるぎない証明は、その人気を躍進させていた。

 

 すでに次の舞踊会の主賓は彼女たちだという声もある。

 学年主席だけが立てる、全生徒が憧れる夢の舞台だ。


 その人気の陰で必死に努力しているものもいるだろう。


 未来はまだわからない。

 各々の夢や目的に向け、己の力を磨き上げ、研鑽を積む者たちがいる限り。



 ◇   ◇   ◇



「いや、相変わらず目立ってんね」


 アタシことウィナ――【ウィナフレッド・ディカーニカ】は通学路で今日何度目かの黄色い声を聞く。

 そして、横にいるこの世界の悪役令嬢【フィロメニア・ノア・ラウィーリア】へそう声をかけた。

 すると、訝しむような視線が返ってくる。

 

「その言葉はそのままそっくり返す。メイド服で登校する生徒など、学園創立以来、お前が初めてだろうよ」

「実際、これが仕事着なんだから仕方ないじゃん」


 そう。これは別に自己顕示欲のために着ているわけではない。

 いくら学園長による特例で入学出来たといっても、フィロメニアの使用人であることは変わらないのだ。


 相変わらずフィロメニアの部屋の掃除、洗濯、事務処理、その他もろもろはやらなくてはならないし、お茶会があればアタシがお茶を淹れなければならない。

 メイド服というのは前世じゃすでにコスプレでしかなかったけれど、この世界では実用的な仕事着なのだ。

 仕事に必要なものは全部身に着けておけるようにしてあるし、長年着ている分、こっちの方が動きやすい。

 

 朝の準備から仕事が始まっているので、フィロメニアの身支度をしてから学生服へ……なんて暇はないのだ。

 

 

 というか、あの日以来、フィロメニアのお茶会の頻度が爆発的に増えた。


 

 それはどうやらアタシのお茶を飲みにくるのが目的らしい。

 貴族の令嬢や子息がメイドに憧れるというのも変な話だが、決闘で派手にやったアタシが粛々とお茶を淹れるところを見るのが人気らしかった。


 たぶん、ギャップ萌え、というやつなのかもしれない。


『その言葉の使い方はあっているのかねぇ』

 

 そのとき、脳内に声が響く。

 見ると、腕組みして首を捻った緑髪の少女がアタシに伴うように空中に漂っている。

 

 この子は【セファー】だ。妖精みたいな容姿だけれど、一応は神様らしい。

 

 アタシは自分にしか見えないその相棒に脳内で反論する。

 

『でもそういうことでしょ。決闘のときとの落差が大きくて感動する~とか言ってたじゃない』

『それを萌えと表現するのか、という意味だよ。そもそも萌えという言葉自体、君の中で死語のようなのだが』

『うるせー。萌えでも推しでもなんでもいいのよ。おかげでフィロメニアの悪評も吹っ飛んだんだから』


 実際、決闘の際に噂立ってしまった「公爵令嬢ご乱心」の話はどこかへ消えてしまった。

 敵対したマリエッタが学園から去ったこともあるが、やっぱり――。


『人は流行というものに弱いねぇ』

『アタシの頭の中のセリフを先に言わないでくれる?』

『君の考えを肯定したまでさ。では、我は今日も今日とて覗きに精を出そう』


 人の思考を勝手に読んでくる相棒は、そう言ってどこかへ飛び去っていく。

 ああやって飛び去る仕草をしてみせるが、実際にはセファーはいつでもどこにでもいる。


 情報収集癖とでも言えばいいのか。図書館の本の半分はすでに内容を覚えてしまったらしい。

 ついでに学園内の様々な場所の監視も行っているんだから、たぶん意識だか体を分裂できるんだろう。


「ウィナちゃん! フィロメニア様!」


 そんなことを考えていると、名前を呼ばれた。


 後ろを振り返ると、少し早歩きで追いかけてきたのは長身のイケメンと栗色の髪をした少女だ。


 攻略対象の一人、かつ王太子殿下の【クレイヴィアス・エルサレム・モルドルーデン】、そしてこの世界のヒロインである【シャノン・コンフォルト】だ。


「おはよー」

「うん、おはよう! フィロメニア様もおはようございます」

「うむ」


 朝からシャノンは快活そうに笑った。

 横にいるクレイヴもそんなシャノンを見て頬を緩ませている。


 わかる……。いるだけでこの子は周囲を明るくしてくれるよね……。わかりみが深い。

 ついでに言うと、二人が一緒にいること自体がアタシにとっては尊みがスゴい。

 

 なんてったってメイン攻略対象とヒロインの黄金カップルだ。

 それを画面越しではなく、実際に目の当たりに出来ているんだから眼福にもほどがある。


「ウィナフレッド。勉学の調子はどうだ?」

「う゛っ」

 

 アタシがそうしみじみと現状に幸せを感じていると、クレイヴが話しかけてきた。

 コイツ、中々痛いところを突いてくる。


「ぼ、ぼちぼちでまんがな」

「どこの地方の喋り方なのだそれは。……毎日、私が放課後に見てやっています。殿下」

「ははは、これまで学ぶ機会のなかったことだ。仕方ないだろう。今日も励むのなら俺とシャノンも参加していいか?」

「別にアタシはいいけど……フィロメニアは?」


 そう言ってちらっと横目で見ると、フィロメニアは無言で頷いた。


 今は特に問題なさそうにみえるが、実際には彼女はシャノンに対して良い感情を抱いてない。

 それは先日、アタシに毒入りのチョコを渡したところに起因する。


 ただ、フィロメニアもシャノンに全て非があるとは思っていないようで、今もこうして表立った敵意を表すことはないのだった。


 アタシとしては仲良くしてほしいんだけどなー……。


「では放課後にテラスへ集合だ」

「おっけー」


 そうして、アタシたち四人はなんだかんだでつるんでいる。

 

 平民出身二人と超上流貴族出身二人の歪な集団。

 けれど意外にもこれがしっくりくる。


 勉強と仕事を両立するのは大変だけれど、今のところは学園生活に問題はない。


 と、思っていたのは放課後までだった。



 ◇   ◇   ◇



「それで、ジルべールのことなのだが……」

「おぉい、ちょっと待って! 一緒に勉強するって話でしょ。なにナチュラルに相談始めてんの!?」

「……駄目か?」

 

 さぁ、いざ勉強を始めようというときに、クレイヴが重々しく相談事を展開し始めた。

 瞬時に突っ込むと、アタシより座高が高いのに上目遣いで見てくるという器用な技を使ってくる。


 クソッ、顔がいいな!?


「厄介ごとを持ち来むなクソボケって星典にも書いてあるでしょ」

「それは星の外へむやみに祈りを捧げると主神四星以外の神を呼び寄せてしまうという意味だ。ウィナ」

「だいたい合ってるでしょ。フィロメニアもなんか言ってよ」

「奴がどんな愚かなことをしているか聞けるのならば、愉しそうな話だ」

「悪い癖出た……」

「と、とにかくジルベールさんが大変なんです!」


 シャノンが場をまとめるように必死にアピールした。

 

 けれど、ジルベールのことは知っている。最近、学園の授業を休みがちなのだ。

 アタシはそもそも興味がないので、てっきり落ち込んで精神でもやられたのかと思っていたのだけれど。


「実は冒険者稼業に精を出しているらしくてな……。まぁ、そういった活動も成績に加味されるが……」

「あー……」


 なんとなくアタシは察した。

 例の乙女ゲーでも勉強に力をいれるか、鍛錬に励むか、恋愛にいそしむか、はたまた冒険者としてお金や名声を稼ぐか。

 学園生活の中でそういった選択肢が取れて、その結果が期末成績に反映されるのだ。


 けれどそれはあくまで休日や放課後の話で、学校を休んでまでやることではなかったはずだ。


「ウィナちゃんに負けたのが相当悔しかったみたいで……」

「なに? リベンジ希望ってやつ?」

「……たぶん」


 はっ、とフィロメニアはその言葉を笑い飛ばす。そして、口端を吊り上げた。


「奴では逆立ちしようが天地がひっくり返ろうがウィナには勝てんだろうよ」

 

 だが、クレイヴには笑えないようで、声を重くしてテーブルに体を預ける。

 

「……俺は幼馴染として学業を疎かにすることは看過できないんだ」

「私もです……」


 知り合い以上カップル未満の二人が同時に落ち込んだように顔を伏せた。


「そー言われてもなー……」

 

 その様子にアタシはこめかみを掻く。

 

「殿下から伝えればどうなのです。『無駄な努力だ。才能のない、筋肉だけのお前は肉体を見せつける仕事にでもつけ。その方が人のためになるだろう』と」

「今のはフィロメニアの私怨だよね!?」

「そ、そうです! 実際にそうだとしてもよくありません!」

「アンタも後ろから刺してんだけど!?」

「それもまた然りか……」

「クレイヴ!? 解決する気ある!?」


 フィロメニアの刺々しい意見を肯定し出したクレイヴに聞くと、彼は手を振って答える。

 

「いや、ウィナフレッド。実際、冒険者稼業においてはそう上手く名声を集められるものではない。筋肉云々はともかく、率直に言って正しい努力とは言えない。ならばしっかりと授業に出席し、舞踊の面で己を磨いた方がジルのためになる」

「じゃあなに? もしアイツが間違って主席にでもなったら舞踊祭で脱ぐの?」

「まさか。大衆の面前でそんなことをするほどジルも……ジルも――」


 そこでクレイヴ以下、全員の顔は上を向いた。

 そして言葉にしなくても伝わってくる。みんな同じ顔をしてるもん。

 

 やるだろうなぁ……、と。


「学園の印象が汗臭くなるのを避けるためにも放っておいた方がいいのでは」

「そんな気がしてきました……」

「アタシもそう思う」


 その場のクレイヴを除く全員が顔を背けると、彼は焦ったように手を平をかざす。

 

「ま、待ってくれ。君たちが想像していることは容易に理解できるが、そう簡単に舞台に上がれるものではない。俺はジルが前のようにしっかりと授業に出てくれさえすればいいんだ」


 クレイヴは必死だ。

 アタシはため息をつくと、妥協点を探るために提案した。

 

「じゃあ何をしてほしいのか考えてよ。アタシはもう仕事と勉強で手一杯だし、シャノンだって人のこと心配してる余裕あんの?」

「ううっ……。そういえば私、まだ課題終わってません」

「ほら、クレイヴ。シャノンもこんな感じよ」


 腕を広げて言ってみせると、クレイヴは顎に手を当てて目を瞑る。

 

「……そうだな。今一度考えてみよう。あいつがどうすれば真面目に授業に出てくれるようになるか」


 できれば今度から考えてから持ち込んでほしいな、と思いつつ、ジルベールの話題はそこでお開きとなった。


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