20:その誇りに感謝を
Detoxification Progress Status……
98%……
99%……
……Completed
Checking All System……All Green
……Sentitive Mental Reboot
……Ready
……
…………
………………
気がつくと、そこは白かった。
眠りとは違う、なだらかな意識の浮上ではなく、スイッチのオフオンに近い感覚だ。
夢……?
『うん。だいたい解毒は完了したね』
『……ん!? なにココ!?』
セファーの声がして、アタシは夢の中ではないことを理解して仰天する。
けれども現実でもないことを同時に理解していた。
視界はあるが、体がないのだ。アタシの。
意識だけが真っ白な空間に漂っている。
すると、目の前にセファーが現れた。
いつもの妖精のような手のひらサイズじゃない。
普通の人間サイズのように見える。
色のない背景も合わさって遠近感覚が狂っているように感じて、アタシはわずかな眩暈を覚えた。
『半覚醒状態というのかな。この状態で話す方が君への情報伝達に時間を取られないからねぇ』
『なるほど、わからん』
『じゃあ状況を説明しよう。君は今、学園の医務室で寝ている。看病についてくれているのは王太子のメイドだねぇ』
相変わらず人の話を聞かない相棒だ。
仕方なくアタシは話の続きを催促する。
『決闘は?』
『開始まであと十五分だ。最大速度で走れば決闘場に二分で到着できるが、障害がある。武器を持った上級生が五人、部屋の外で君を待っている』
『わかった。十分でそいつらを叩きのめせば三分余裕があるわけね』
どうせマリエッタが何かを餌にそそのかしたのだろう。
武器まで持っているとは、結構な熱烈歓迎っぷりだ。
『それともうひとつ。腕輪の魔力を解毒で使い果たしてしまった。戦うなら新しく魔力を【
『注文が多い……』
『それくらいやってみせたまえよ』
『はいはい』
答えつつ、解毒の魔法なんてあったんだとアタシは感心した。
果たして【
いや、やるしかない。
戦争に出れば四方八方から襲われて当然、と両親に鍛えられたのだ。
五人だけと決まっているだけ簡単だと思うしかない。
『さぁ、意識を取り戻すよ』
セファーがそう言うと、白い空間はだんだんと暗くなっていく。
起きるのに暗くなるんだ。
などと不思議に思っていると、次の瞬間には木製の天井が見えた。
「う……?」
「ウィナ? 起きたのね!? よかった……!」
ぼすっと布団に手をついて身を乗り出したのはリーナだった。
セファーの言う通り、アタシを見守ってくれていたのだろう。
目には隈ができていて、昨日の夜からずっといてくれたのだと察する。
「リーナちゃん……」
「殿下から貴方を守るよう仰せつかったの。……案の定、外には物騒な生徒たちがうろついてる」
クレイヴが?
アタシは彼の心遣いを意外に感じた。
「アイテテテ……。体からリアルにギシギシ音すんだけど」
「動いては駄目よ! お医者様は三日は起きないって仰ってたけど、こんなに早く目が覚めるなんて……」
「偉そうに喋る目覚まし時計がココに入ってんのよ」
トントンと頭を指で叩きながら、凝り固まった体を伸ばしてベッドから降りる。
「ま、待って!」
すると、リーナに腕を掴まれた。
「そんな体で何をしようというの!?」
アタシの腕を掴む手が震えている。彼女が渾身の力を込めて握っているからだ。
そこには絶対に放さないという強い意志を感じた。
アタシは首をバキバキと鳴らしながら、笑ってみせる。
「あはは、この流れで優雅に朝食食べに行くと思う? 決闘に決まってんじゃん」
「この部屋から出れば何をされるかわからないわ」
「いや、確定的に邪魔されると思うけど」
軽い調子で言うと、リーナは顔を赤くして声を荒げた。
「王家の使用人として、私にも誇りがある! 殿下の婚約者の使用人を……友人を、私は見捨てるわけにはいかない!」
見れば、彼女は目元に涙を浮かべている。
それは強い感情の発露で――勇気を振り絞ってアタシを止めてくれている証拠なのだろう。
アタシはそれが嬉しくてつい――。
「――……えへっ」
笑ってしまった。
ちょっと失礼だったかもしれないけれど、顔がニヤけるのを止められなかった。
アタシは「ありがと」と言いながら、リーナの指を一本ずつ、優しく腕から剥がしていく。
「リーナちゃんも結構激アツなトコあんだね。じゃあ友達として信じてよ。アタシは絶対に勝ってくる」
そうして放した手をアタシは握って、もう一方の手で柔らかく包んだ。
その頃にはリーナは勢いを失って、アタシは彼女をゆっくりと椅子へと座らせる。
「そんで殿下に『決闘に参加しなくてよかったですね~』とか言ってみてよ。たぶん喧嘩になるから! どう?」
「ウィナ、貴方は……」
リーナの目から、涙が零れた。
アタシの――アタシたちの我儘だっていうのに、泣かせてしまった。
胸が痛むけれど、さっさと勝ってくれば彼女を安心させられるのだ。
そう考えて、アタシは医務室の扉を開ける。
「じゃ、いってきまーす」
「どこに行くって?」
と、そこには大柄な男子生徒が剣を持って立ちふさがっていた。
上級生だけあって中々大人びている。というか、ちょっと老けてみえるなぁ。
「おおう。決闘場だけど」
アタシは両手を上げてびっくりしたように言う。
「行かせねぇつったら?」
そう言って男子生徒はずいと前に出て、アタシを医務室に押し返そうとした。
だから――。
「――コレド流拳闘術、七式尖拳【
「ぐげぇっ!?」
密着した状態から、身を伏せる勢いを利用して相手を押し出し、そのまま構えに移行する技。
体格の良い男子生徒なら手加減は不要かと思ったが、彼はぶっ飛んで反対側の部屋のドアを突き破ってしまった。
まぁ、死んじゃいないでしょ。
「こうなるよ?」
アタシは廊下で各々の武器を持って座り込んでいた他の生徒にそう言った。
いきなり仲間の一人がフライアウトしたのを見て、全員が目を丸くしている。
「アンタたち、ちゃんと魔法使って全力で来なさい」
そうでないと困る。これはただのウォーミングアップだ。
ナメてかかられて即ノックアウトでは務まらない。
「ちょ、ちょっと、聞いてたのと違うんだけど! ヤバくない!?」
「て、てめぇ、何モンだ!?」
問われて、アタシは自分の口角が上がるのがわかった。
そして、改めて構えを取ってその答えを口にする。
「公爵家のメイドよ。以後、お見知り置とけ?」
そうして、アタシは木製の床を破壊する勢いで生徒たちに突っ込んだ。
◇ ◇ ◇
――運命は決まっている。
フィロメニアは物心ついたときから、それを知っていた。
なぜかはわからない。
それは彼女にとって良いことでもあれば、悪いことでもあった。
世界に愛されているのか、それとも嫌われているのかもわからない。
だから、ここにこうして一人で立つことも、フィロメニアにとっては予想の範囲外などではない。
ただ、わからないこともある。
これから歩む道は長き地獄になるのだろうか。それとも早き幕引きの方が自分にとって幸せなのだろうか。
目を瞑って待つフィロメニアに、声がかけられた。
「ご自慢の霊獣のお嬢さんはどうしたのですか? フィロメニア」
「どうせ逃げ出したんだろ? そりゃ、
「潔く降参しろ。フィロメニア。決闘は命の奪い合いではない。だが、私たちは手加減などしない。それが礼儀だと教わっただろう。私たちは」
そういうジルベールたちの背後には、三つの巨体がそびえ立つ。
丸太のような太さの胴体を持つ大蛇【ミドガルズオルム】、全身が炎に包まれた魔人【イフリータ】、前身には鷹のような頭とかぎ爪、後ろ脚には獅子の足を持つグリフィン。
それぞれがセルジュ、ジルベール、ファブリスの霊獣だ。
二年生であるファブリスは別として、セルジュとジルベールの霊獣がグレーター級に【昇華】している。
召喚時のレッサー級と比べ、人の倍以上の大きさを持つ一段階上の状態だ。
霊獣と心を通わせ、共に鍛錬を積むことにより【昇華】できるもの。
しかし、入学間もない彼らがそれを成しているということは、あの平民の娘の力が関係しているのだろう。
――あれが相手では一対一の状況でも私に勝ち目はないな。
自分の愚かさをふっと鼻で笑って、フィロメニアは顔を上げる。
「無論だ」
ここで退けば公爵家の名に泥を塗ることになる。
それは許されない。
フィロメニアは自身が敗北して落ちぶれるか、ここで死ぬことを選ぶのだ。
「ほ、本当に始めるのか? 霊獣なしでか? いや、いたとしても三対一じゃどうしようもないけど……」
「こんなの決闘なんて言えるのかよ……」
「いくら審判がいるとしても、フィロメニア様のお命が危ないです! やめてください先生!」
観客席では生徒たちが思い思いの言葉を口にしていた。
それに対し、フィロメニアにとっては不快な声が響く。
「それは無理です。決闘とはたとえ生徒同士であっても神聖なもの。私たちのどちらかにその意志がなければ、決闘を取りやめることはできませんもの」
家の権威目当てとはいえ、自分を慕ってくれる友人たちには申し訳ないとフィロメニアは思った。
マリエッタから向けられた挑発のような視線を、真っ向から受け取る。
「その通りだ。私はこの決闘から降りることはない」
そう明言すると、観客席には異様な雰囲気の静けさが漂った。
失望と諦め、そしてこの決闘を目にすることへの緊張が、フィロメニアにも伝わってくる。
そして、遠くで時刻を知らせる鐘がなった。
時間だ。
フィロメニアは戦装束の
そして、その剣身を掲げ、目を瞑って祈った。
「……いずれ散りゆくこの命。どのような形であっても、その結末が変わらぬというのなら、受け入れてみせよう。だが、この心だけは屈しはしない。終わりのその瞬間まで足掻き続けよう。汚泥にまみれ、血の海に沈もうとも――私は……お前と出会えたことを幸せに思うよ」
その時、強い横風が吹く。
思わずフィロメニアは髪を抑えた。そして、風が止んだとき、気づく。
香りがする。
いや、実際には香りではないのかもしれない。
長く傍にいてくれた彼女の存在が、自分を安堵させるそれを感じさせるのかもしれない。
フィロメニアは、風が吹いてきた方向を見た。
◇ ◇ ◇
「どう……して?」
剣に祈るフィロメニアを見ながら、クレイヴは横で呟かれた言葉を聞いた。
横を見ると、シャノンが涙を流している。
「どうしてそんなに苦しみながら……貴女はそこに立っていられるんですか……?」
「苦しんでいるのか。フィロメニアは」
「わかりませんか……?」
逆に問われ、クレイヴは虚をつかれた気持ちになる。
自らの婚約者だというのに、自分は彼女の何もわかってやれていない。
未来の王が、一人の女性の心すら理解できないとは。
クレイヴは自らを恥じた。
代わりに王子は自らができる唯一の行動を起こすべきかを迷う。
案ずることなど誰でもできる。祈ることなど誰もが行っている。
今、自分にできることは――婚約者として、王子として、彼女に降参しろと命ずること。
それはきっと、彼女の意志を根本から無碍することだ。
優しく、残酷なその言葉をかけたその先で、彼女はどうなってしまうのだろう。
頭に過ぎったその考えを、王子は振り払う。
大事なことは、命を守ることだ。
自分はこの国の王位継承権第一位のクレイヴィアス・エルサレム・モルドルーデンだ。
民なくして国はない。
そこには婚約者のフィロメニアも含まれている。
ならば。
「フィロ――ッ!」
クレイヴは多くの生徒が詰めかける決闘場に響くように、その声を上げようとした。
だが、その直前にフィロメニアの顔がこちらを見る。
その顔は驚きと、喜びと、そして安堵の表情だった。
王子はそんな彼女を見て、確信する。
婚約者として、幼馴染として、彼女の様々な顔を見てきたはずだ。だが、あんな顔は初めて見た。
あんなにも嬉しそうに、彼女の心から零れるような笑みを、クレイヴは初めて見た。
故に――王子は後ろを振り向く。
きっとそこにいるのは、フィロメニアの心を動かせる唯一の存在だ。
やはり、そうだったか。
王子は安堵すると同時に、己の無力さを実感した。
スカートの裾は焦げ、破れた袖から奇妙な腕を覗かせた彼女がそこにいた。
いくつかの傷を作りつつも堂々とした姿で、観客席の最上段に立っていたのだから。
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●作者からのお願い●
ここまでお読み頂きありがとうございます!
カクヨムコン9、参加しております。
レビューキャンペーンもございますので、是非、概要ページより「☆☆☆で称える」をお願いします!
皆さまの応援が作者の原動力になります!ぜひともよろしくお願いします。
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