21:強い風に運ばれて
「来たのか」
そう言われて、アタシはこめかみを掻く。
偉そうなことを言っておきながら遅刻なんて、フィロメニアを失望させるところだった。
「ごめん、寝坊した。ちょっと道も混んでてさぁ。苦労したよ」
適当な言い訳を思いついたまま口に出すと、視界の横に目を見開いたマリエッタが見える。
だがフィロメニアはそんなことには関心も示さない。
代わりに、どこか懇願するような顔で聞いてきた。
「私といれば、これからも同じようなことが……いや、これ以上の苦労が待っているぞ。それでも――」
「――だからこそ」
そんな質問、アタシの答えなんてわかっているだろうに。
けれど、思いは言葉にすることも大事なのだ。
名を呼べる距離にいても、手を握れる距離にいても、それは変わらない。
だから、アタシはこの先も続くこの世界に対して言う。
「アタシはそばにいるよ。フィロメニア」
返ってきたのは、零れるような笑顔と、名を呼ぶ声だった。
「ならば来い――ウィナ!」
「あいよ!」
勢いよく答えると、腕輪が金属音を立てて変形する。そして、アタシの体は風のような光に包まれた。
一歩ずつ階段を下る度、体に力が漲ってくる。
霊獣の姿となったアタシを見て、決闘場はどよめきに包まれた。
アタシは階段を下った先にいた知った顔へ笑いかける。
シャノンは姿が変化したアタシに戸惑いながらも、涙でぐちゃぐちゃになった顔で近寄ってきた。
「ウィナ……ちゃん? 大丈夫なの……?」
「アンタこそめっちゃ目腫れてブサイクになってるけど大丈夫? はい、ハンカチ。鼻水はかまな――かむなっつの!」
ズビーッと盛大に鼻水を噛んだシャノンに抗議すると、「ご、ごめん、洗って返すから……!」とか言っている。
当たり前でしょ!
呆れているとそばにクライヴが近寄ってきた。
なぜか手に剣を持っている。まさか土壇場で参戦してきたりしないよね?
「その折れた剣で戦う気か。枝葉の君」
「ステゴロでもやってやるけど? あと名乗ったでしょ。ワケわかんない呼び方すんな」
「ならばウィナフレッド。こいつを使え」
「えっ」
クレイヴは何か吹っ切れたように覚悟を決めた顔をしている。
てっきり参戦はしなくともこちらの味方でもないと思っていたけれど、違うらしい。
いつの間にかに両サイドで自分を案じてくれている王子とヒロインを見て、アタシは首を傾げた。
「アンタらどっちの味方なんだっけ……?」
すると、二人は顔を見合わせて、それからため息をつきつつ明後日の方向を見始める。
「さぁな……」
「わからなくなっちゃいました……」
なんかこの二人、似てるな……。
そんな気まずそうな二人の顔が面白くて、アタシはつい笑ってしまった。
「ふふっ、なんなの? アンタら」
言いつつ、アタシはクレイヴが差し出した剣を片手で受け取る。
王太子殿下から剣を受け取るのに無礼とは思いつつも、右手がさっきぶっ飛ばした男子生徒の剣で塞がっているので仕方ない。
「まぁアンタららしくていいんじゃない? お似合いよ。――じゃあ、行ってくるから。ちゃんと見てなさい」
そうして二人と頷き合うと、アタシは決闘場へと体を放り込んだ。
「おいおい……本当に来たぜ。じゃあ審判、開始していいんだな?」
ジルベールが闘志を漲らせた笑みで言う。
「え、ええ……これより、決闘を開始! 防御壁を!」
審判の宣言と共に、観客席と決闘場の間に氷の結晶のようなドームが構築される。
これで魔法や武器が吹き飛んでも観客は安全というわけだ。よくできてるなぁ。
そんなことを考えていると、視界の端にウィンドウみたいなものが開き、セファーの顔が映った。
通信機器のようなその画面の中で、彼女はドヤ顔で言う。
『さて、では我も戦闘支援を開始しよう』
『なにすんの?』
『やればわかるさ。我が君』
『あっそ。――信じる』
すると、視界の中で以前、フィロメニアの私室を精査したときのような光が広がり、対峙する三人と三体の輪郭が赤く表示された。
なんだかゲーム画面みたいだ。
まぁ、直感に従って動けばいい。
思うままにフィロメニアを守るだけだ。
アタシはイケメン三人を指差して睨みつける。
「さてこのクソボケ共。ついた側を間違えたことを後悔させてやるわ」
決闘場の中では無礼講。
挑発も戦略のうちだ。
思った通り、セルジュが眼鏡の位置を直しながら毒づく。
「なんて品のない……。しかし、逃げずに来た忠誠心だけは褒めてあげましょう。公爵家は良い忠犬をお持ちのようだ」
「お褒め頂きあざっすと言っておくわ」
一応、褒められたのでお礼を言うとセルジュは黙った。
代わりにその肉体美を誇示するような戦闘服のジルベールが前に出てきて、不敵に笑う。
「俺は初めて見たときからこうなるってわかってたぜ。見せてみろよ。てめぇの力をよ」
「あー……あれはそういうことだったわけね。アンタ、ビビってたでしょ。あのとき」
入学式の日にアタシを見て顔を逸らしたのはそういうことだったらしい。
こいつだけはこちらをナメていないとわかる。
次はファブリスの番かと思ったが、アタシは気づいた。
そういえばもう決闘の開始は宣言されてるじゃん、と。
なんで一人一人と話さなきゃならんのか。
「ウィナフレッド、お前には本当に失ぼ――」
「よいしょぉっ!」
アタシが気合を入れて投げつけたのは折れた方の剣だ。
それはグリフォンの翼を貫通し、ファブリスの顔を掠めて壁に突き刺さる。
「行くぜ!」
アタシの不意打ちを皮切りに、フィロメニアを除いた全員が一斉に動いた。
「ど、どうして私の話だけ!?」
「どうせ薄っぺらいことしか言わないってわかってるからよ! このペラ男!」
アタシはクレイヴから借りた長剣を抜き放つ。
あの長身の王子様用の剣だ。ちっこいアタシにとっては身の丈ほどあると言ってもいい。
それが実に――使いやすい。
お母さんも同じように大きな剣を使っていた。
その剣術を教わったのだから、腕力さえ伴えばこれほど馴染む剣はない。
アタシは左右からせまるイフリータとミドガルズオルムの攻撃を跳躍して避ける。
片方は炎をまとった拳を、片方は巨大な牙をともなった嚙みつきだ。
だが直線的でしかない。避けるのは簡単だった。
そうして、今まさに飛び立とうとしているグリフォンに躍り出る。
こいつはさっき翼に一撃を食らわせてあげたので、初動に遅れが生じている。
それに空中に飛ばれると厄介だ。こちらの剣が届かない高さに飛ばれれば攻撃方法が限られる。
「そりゃッ!」
だから、先ほど穴を開けてやった翼の根元に、剣を叩きつけた。
さすがはグリフォン。鳥のような翼だと言うのに鎧のように硬い。
だが――。
「ギエアァァァァ!」
アタシはそれを断ち切った。
片翼を失ったグリフォンは地面に激突し、土煙を上げる。
その傍らにアタシは着地した。
派手な一撃だ。着地の瞬間は狙われやすい――と考えていると案の定、凶悪な輝きを放つ得物が迫ってきた。
剣を掲げてそれを受け止めると、激しい火花が散る。
それはジルベールの振るった槍斧だった。
「ハッ……! 受け止めんのかよ……!」
槍斧は人間の背丈を優に超える槍の先に斧がついたような武器だ。
それを強化された肉体の全力で叩きつけられ、アタシの足がわずかに地面に埋まる。
けれど、今のアタシならば余裕を持って受け止めることができた。
「へーい、ビビってる?」
「ッるせぇ!」
挑発しながら力を込めて押し返すと、ジルベールは距離を取った。
ちっこいアタシに剣で懐に潜り込まれれば不利と考えたんだろう。
槍先を使う間合いで構えたジルベールは、その筋力から繰り出される高速の突きを連続して繰り出してきた。
アタシはそれを剣で捌き続けると、決闘場に凄まじい激突音が響き渡る。
『コイツ、勘は良いっぽいんだよね』
そんな中でもセファーとの会話をする余裕はあった。
『武具の扱いも手慣れているねぇ。さすがは武闘派の家系というところかな』
『まぁでも――』
言いつつ、それまで剣で防いでいた攻撃を体を捻って避ける。
突きの勢いを殺しきれなかったジルベールにわずかな隙が生まれた。
アタシは地面を弾くように蹴って、一気に詰め寄る。
驚きに目を見開き、体の反応が追いつかない苦しさに歯を食いしばるジルベールの顔を見た。
「――コレド流拳闘術、一式尖拳【
「ぐぶっ……!?」
この技はサミィに当てた三式の原型だ。
生身の彼女がゲロを吐くだけで済んだ三式とは、その威力と目的が違う。
律拳は相手を無力化することを目的にしているに対して、実戦で鎧を着た相手を殺すための――コレド流拳闘術の本懐といえる技だ。
魔法で体を強化して、防具まで着てるジルベールにはちょうどいい。
分厚い筋肉を貫通する掌底をわき腹に喰らったジルベールは、槍斧を手放すほどの勢いでブッ飛んでいった。
「脇が甘いのよ。あと汗臭い。――おっと」
アドバイスついでに文句を言っていると気配を感じて、すぐさまバック転で回避する。
ミドガルズオルム特有の空気の擦れるような鳴き声がアタシの頭の上を通過していった。
そのとき、頭の中で警告音が鳴る。
電子的な音だ。きっとセファーのせいだろう。
反射的にその方向へ剣を振り上げる。
すると、何もない空間で剣に手応えを感じた。
風の魔法だ。見辛いが、空間の歪んだような刃が飛んでくるので完全に見えないわけじゃない。
二発目、三発目と飛んできたそれらを手の中で剣を回し、防ぐ。
それはファブリスの魔法だった。
たしかミドガルズオルムはセルジュの霊獣だったはずだ。
けれど即興で連携できるところを見ると、やっぱりファブリスも有能な血を引き継いでいるんだなぁと感心してしまう。
ミドガルズオルムに巻き付かれないようその体を蹴って回避するが、やはり同時に攻撃されると厄介だ。
アタシはその巨大な蛇の胴体を見て奥歯を噛む。
『動きが読みにくいなぁ、アレ、胴体ぶった切ったら死んじゃうよね?』
『霊核を外せばいいんだろう? ここを点で狙いたまえよ』
そうセファーが言うと、ミドガルズオルムの体にいくつかの点が表示された。
アタシは剣を逆手に持ち替えて跳躍し、迷わずそこに投げつける。
「ふッ!」
すると、それまでアタシの周囲で体をくねらせていたミドガルズオルムの動きが止まった。
投げた剣がその体を貫通し、地面に縫い付けたのだ。
着地したアタシは間髪入れずにファブリスへと突撃し、魔法の詠唱が終わる前に持っていた魔導書と左手を押さえつけた。
「は、放せ!」
「照れてるんですかぁ? 女子にもこうやってたとか聞きましたけど?」
聞いた話ではファブリスは狙った女子生徒にこうやって手を絡ませてナンパしていたらしい。
まぁ、公爵家の長男だし、イケメンではあるから、大概の女子はそれで落ちる。
唯一、手を振り払ったのがシャノンなのだが。
「ぐううぅぅぉぉおおおおお!」
「おお……意外に耐えますね。さすがは男の子」
するとファブリスはその状態から渾身の力でアタシの手を押し返そうとした。
ジルベールと比べると大したことのない腕力だが、ペラ男にしては中々頑張ってる。
けれど、無理やりなナンパは褒められたことじゃない。というか公爵家の長男がやることじゃない。
アタシが手に力を込めると、戦闘用に金属で装丁された魔導書がメキメキと音を立ててひしゃげた。
もう一方の手は同じようにやるとポッキリ言ってしまうので手加減はしてあげたが――。
「釣った魚に餌をやらないって有名ですよ。ファブリス様」
「おぐぅっ!?」
――その無防備なみぞおちに膝蹴りを見舞う。
ファブリスのひっくり返った胃からゲロが漏れ出す前に離れようとした、その時、先ほどと同じ警告音が鳴った。
慌てずに一歩、体を退いた瞬間、紫電の斬撃が目の前に奔る。
あぶね。紙一重だったからブーツの先が少し焦げてしまった。
「避けっ……避けた!?」
遠くでセルジュが細剣を振り下ろした状態で驚愕の表情を浮かべている。
セファーはあれほど遠くからでも攻撃の予兆を知らせてくれるらしい。
アタシは頭の中で素直に感想を言う。
『これ便利だわ』
『誇らしいねぇ!』
視界の端のセファーがドヤ顔をドアップで見せてきた。
調子に乗る相棒を無視して、アタシは先ほど投擲した剣に向かって走る。
セルジュはアタシに向かってさらに斬撃が飛ばしてくるが、いかんせん遠いので反応しやすいし、威力もあまり高くない。
掲げた腕輪の防御力と、その【
「くっ……! ならばッ!」
攻撃が通じないと理解したのか、セルジュはもう片方の細剣を抜き、こちらへ迫ってくる。
アタシはミドガルズオルムに突き刺していた剣の握りを左手で掴んだ。
頭上から降ってくるのはセルジュの二本の剣を交差させた一撃。
アタシは剣を引き抜きざまに、柄をその交差した一点にブチ当てた。
これがセルジュの斬撃のタイミングだったのならば、ただ防御されただけで済んだだろう。
けれど、アタシは彼の斬りつけよりも一瞬早く、柄をぶつけた。
その結果――。
「なっ――に……!?」
――二本の細剣は交差した部分でポッキリと折れた。
「アンタ、接近戦苦手でしょ」
アタシは言いながらゆっくりと構えを取る。
空中で、しかも得物を叩き折られたセルジュに、もはや回避する術はない。
技すら使う必要もなく、アタシの右ストレートが落ちてきたセルジュの腹に突き刺さった。
「おごぉっ!」
セルジュは何かをまき散らしながら飛んでいく。
決闘場に綺麗なゲロの放物線が描かれた。汚ねぇ。アタシのせいだけど。
そして残るは……と考えて、背後から重い唸りが聞こえた。
振り返ると、イフリータがその巨大な拳を振りかぶっている。
主人が筋肉バカだと霊獣も筋肉バカらしい。
避けるのは簡単だ。けれど、アタシは彼らの心を折り、観衆に圧倒的な力の差を見せつけたかった。
構えて左腕に力を込める。
すると腕輪の一部が前方に移動し、拳の覆うように変形した。
視界の中で何かのゲージが表示され、一瞬にしてフルになる。
「【
アタシの思考を読み取ったのか、セファーは思い通りの力を発動してくれていた。
以前、倒したフェンリルの使う、暴風の咆哮を。
それを【
「グオオォォォォッ!」
「とりゃあぁぁッ!」
イフリータの巨岩のような拳と、アタシの光を放つ拳がぶつかった。
瞬間、腕輪が前方に向かって魔法を放つ。
凄まじい激突音と衝撃波が広がった。
あまりの反動にアタシの軽い体が吹き飛びそうになるが、地面をブーツで削りながらも耐える。
そして、力と力のぶつかり合いが弾けた。
吹き飛んだのはイフリータの方だ。アタシの背丈の三倍はあるだろう巨体が魔法壁に激突する。
観客席の生徒たちが腰を抜かしていたが、どうやら防御壁はそれを受け止める強度を持っていたらしい。
右腕をごっそりと削られたイフリータはそのまま地面へ落ちて動かなくなる。
観衆の悲鳴が収まった時、そこには地に伏せ、壁に身を預ける生徒と霊獣の姿があった。
「ぐっ……! くそっ……くそがぁ……!」
「わ、私はまだ動けます……! ジルベール、ファブリス先輩! 全員で主の方を攻撃するのです!」
「セルジュ、君はフィロメニアを殺す気か!?」
「そうすればあの化け物は防御せざるを得ません! やるんです!」
セルジュの言葉にファブリスが歯噛みすると、手でマジックサインを描く。
各々の霊獣も力を振り絞り、攻撃の態勢に入った。
卑怯とは言わない。
それほどまでに追い詰めたのはアタシだから。
けれど、誇り高いともいえない手を使うのなら、その上を行くまでだ。
フィロメニアと目が合う。
身構えるでもなく、避けようとするでもなく、細剣を地面に突き刺し、ただ悠然と立っていた。
なんとかしてみせろと、そう言っている。
言われなくても――!
アタシはフィロメニアへ直撃しようとする魔法の前へ、体を滑らせた。
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●作者からのお願い●
ここまでお読み頂きありがとうございます!
カクヨムコン9、参加しております。
レビューキャンペーンもございますので、是非、概要ページより「☆☆☆で称える」をお願いします!
皆さまの応援が作者の原動力になります!ぜひともよろしくお願いします。
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