19:やってしまいました

「ウィナ……! 命令だ下がれ!」

「おいおい。ここは使用人出入り禁止だぜ」


 肩を掴もうとするフィロメニアの手を避け、ジルベールの睨みをスルーして、アタシは観衆のド真ん中に立った。

 アタシがそこで深く一礼すると、それまでの喧騒が困惑の静けさに変わる。


「僭越ながら皆様にお伝えしたいことがございます」

 

 公爵家のメイドたるもの凛々しくあれ。

 メイド長の言葉を胸に、喉を震わせるとアタシの声はロビーによく響いた。

 

 こんな場所で声を上げれば、いくらアタシでも心臓の鼓動が高鳴るのを抑えきれないだろう。

 けれど、なぜか今は酷く落ち着いている。

 

「なんだなんだ?」

「あれ、フィロメニア様の使用人でしょ?」

 

 そうだよ。

 アタシは悪役令嬢の使用人。

 場合によってはここにいる全員の敵になるかもしれない存在を主人にしているんだ。

 

「私、ウィナフレッド・ディカーニカは――我が主、フィロメニア・ノア・ラウィーリア様の霊獣にございます。故に代理人については不要。この決闘、皆様のお目を楽しませるものになるとお約束致しましょう」


 周囲がしんと静まり返る。

 そして、笑い声がそこかしこで上がった。


「ははは! なにいってんだよあのメイド!」

「使用人がでしゃばってくんなっつの」

「フィロメニア様をかばってんじゃないの?」

「じゃあ、あの小さい子が出てきて戦うの? いやいや、平民が魔法食らったら死んじゃうじゃない!」


 反応は様々だ。

 それでいい。その方が面白くなるだろう。

 

 そんなことを考えていたら、フィロメニアに両手で掴みかかられた。

 

「ウィナ、お前はッ!」

「なに? やり方が雑だからこうなってんだけど、なんか文句あるんですか? お嬢様?」


 フィロメニアが言葉を詰まらせる。

 彼女は腕力を強化しているのか、襟首を掴まれたアタシは足が浮いてしまっていた。

 

 正直、ちょっと苦しい。うぐぐ。

 

「早く降ろしてよ。人形じゃないんだから」

「くっ……」

 

 浮いた足をぷらんぷらんさせると、フィロメニアはゆっくりとその手を放した。

 アタシは振り返ってマリエッタを指差す。

 

「ていうかアンタは知ってたでしょ。せんせー?」


 睨みつけると、それを受け流すようにマリエッタは体をしならせた。

 一々、挙動がエロくて腹が立つ。

 

「さぁ? 下働きの平民のお嬢さん一人ひとりまでは覚えられないわ」

「そ。で、決闘を受けるの? 受けないの?」


 神殿から来たのだからアタシのことは耳に入っているだろうに。

 本当にとぼけるのが得意なオバサンだ。

 

「やるのは結構だけど、私に何を求めるのかしら」

「……この学園から去れ。二度と生徒たちに近づくな」


 問われて、フィロメニアが唸るように応じる。

 すると、マリエッタは両腕を広げ、周囲に聞こえるよう声を大にした。

 

「なら私が勝った場合も同じに致しましょう! 優秀だったにも関わらず、霊獣もまともに召喚できないために自棄を起こし、学園から追放されてしまったご令嬢。同情の余地はあるのではなくて?」


 ふふ、と鼻で笑ったマリエッタに、フィロメニアは冷めた視線を向ける。

 

「無駄な配慮、痛み入る。その温情を別の人々に向けることのできる道徳があれば道は違ったであろうよ」


 これで決闘は承諾された。

 あとはその方法だが――ジルベールが前に出てきた。

 

「決闘の方式はどうすんだ?」

「ジル、そこに選択肢はないでしょう。寄ってたかって女性二人をいたぶるなど騎士として恥ずべき行為です」

「私も考えは同じだ。ここは一対一を三回。日を跨いでも良いことと――」

「異議あーり」


 ファブリスが何やら面倒なことを言い出す前に、アタシは手を挙げて話を遮った。


 お前まで私の話を!? などと叫ばれたけれど、余計なことを言う方が悪い。

 さっき同情したのが馬鹿みたいだ。


「……なんですか? これ以上の譲渡は望めませんよ」

「じゃなくてさ。めんどくさいから一回で終わらせてよ。三日にわけるとかもマジ論外だから。ちょうど休日だし、明日でちょうどいいじゃん。時間だけ決めてどーぞ」


 眼鏡を光らせるセルジュに、アタシは手をひらひらさせながら言う。

 するとジルベールがこめかみに血管を浮かべて詰め寄ってきた。

 

 ナメられていることが相当頭に来たのだろう。

 

「正気か、おい?」

「良いワインがあったら飲みたい気分だけどシラフよ」


 ジルベールの鍛え上げられた長身は壁みたいだ。

 ちっこいアタシの頭は彼の胸くらいしかない。誰がどう見ても勝負にならないように見えるだろう。

 

「ハッ、これはこれは……自殺願望というやつですか」

「失望したぞ。ウィナフレッド……」


 セルジュと一緒にファブリスが顔に手を当てているが、あれはたぶん決闘とは別件なんだろうな……。

 アタシはメンチを切ってくる目の前の肉壁を避けて、マリエッタに聞く。


「せんせーは文句ない?」

「ええ、結構よ」


 よし。ならいいか。

 と、こちらも鼻で笑うと、ジルベールがアタシだけに聞こえるように唸った。


「言っとくが俺は容赦しねぇぞ」

「おうおう。お互い頑張ろーぜ!」


 普通にしていれば顔は良いはずなのに、今のジルベールは鬼みたいな顔だ。

 これじゃ熱血系というよりヤンキーになってしまう。


 アタシはその表情を和らげようとペシペシとその厚い胸板を手で叩いた。

 すると、さらにジルベールの顔が険しくなって、「顔怖っ」と言ってフィロメニアの下へ戻る。


 とにかく決闘の方法も、その代償も双方の合意が取れた。

 あとはもう何も言うことはないはずだが、観衆はどこか煮え切らない雰囲気で立ち去ろうとしない。


 そのとき――。

 

「ご落着かな?」


 二階から重みのある声が降ってくる。

 学生服と同じ色合いの衣装を身に纏った青年が、こちらを見ていた。


「そのようですわ。学園長様」

「ならばすぐに場を収めるべきだとは思わんかね。マリエッタ先生」


 あれが学園長……。

 それは白い髪に白い瞳を持った、人の形をしているが人ではない者――【賢人ギアード】だった。


 見た目は二十歳くらいにしか見えないが、この学園で一番の老人なのだろう。

 その声には人を従わせる力のようなものがある。

 

 彼に指摘されたマリエッタは「……失礼致しました」と言って頭を垂れた。


「合意が得られたのなら、あとはその決着を見届けるのみ。皆、自分たちのすべきことに戻りなさい」


 学園長のその言葉に、観衆はぞろぞろと解散し始める。

 生徒たちそれぞれの話し声と足音がこだます中、フィロメニアが後ろからアタシの両肩に手を置いた。

 そして、コツンと後頭部に硬いものが当たる。きっと額をこすりつけているのだろう。

 

「……すまない」

「どーも。面白くさせてくれちゃって」


 そのまま、フィロメニアはアタシの髪に顔を埋めて深呼吸し出した。

 猫吸いみたいなことされてる……。

 

 やがて人がまばらになり、マリエッタたちも去っていった。

 

「枝葉の君」

 

 そこで話しかけてきたのはクレイヴだ。

 後ろには心配そうな顔のシャノンも付き従っている。

 

「殿下。ご機嫌麗しゅう。度々お騒がせをして申し訳ございません」

「……今からでも決闘を辞退する気はないか」

 

 深々と礼をすると、クレイヴは険しい表情で言った。

 それは本来、フィロメニアに言うべきことだ。

 たぶんアタシを通してフィロメニアを説得してほしい――そういう気持ちを込めて聞いたのだろう。

 

 けれど、アタシは即答する。

 

「毛頭ございません」

「馬鹿げている。愚かだ。わからない。フィロメニア、君もだ。俺には君たちがわからない」

「理解して頂けるとは思っていません。ついでに言うとアタシもちょっとノリでやってしまった感を今更感じております」

「なら……」


 クレイヴは優しい。

 決闘を申し込んだことを叱責するんじゃなく、あくまでアタシたちを理解したいと言ってくれた。

 

 だからこそ、アタシも自分の気持ちを素直に吐き出す。

 

「ですから」


 理由なんかもうどうでもいい。

 ゲームと違って、この物語はセーブも、ロードも、リセットもできない。動き出した物語はポーズもできない。

 

 死んだらそこで終わりなのだ。霊獣になった今、アタシの命はフィロメニアの命なのだ。そして、その逆も然り。


 そんな現実だからこそ――。

 

「フィロメニアを傷つける輩は全員殺します」


 ――アタシは自分の生きる意味を間違えたくない。


「……ッ! 君は……!」


 顔を上げると、クレイヴはたじろいでいた。

 

 あれ? 今、アタシどんな顔してたんだろう?

 ていうか、殺すってなんだ。


 さっきの場の雰囲気にまだ当てられてしまっているのかもしれない。


「……あっ。殺す必要ないんだった。冗談です。冗談! あはは」


 言いながらこめかみを掻いて、アタシは言葉を誤魔化すのだった。


 

 ◇   ◇   ◇



 その夜、アタシは久しぶりにフィロメニアと一緒にお風呂に入った。

 こんなことするのは何年ぶりだろう。

 泡々のお風呂で彼女の豊かな胸に頭を預けて、ゆったりとお湯に浸かる。

 

「それで~? なんであんなバカなことしたの?」

「お互い様だろうに。……お前がいなくとも私一人で勝てる見込みはあった。それに賭けただけだ」

「そりゃ、やりようによっては一人くらいいけるかもしんないけどさ。まず決闘自体が突飛すぎない?」

「奴を……マリエッタを排除する方法がこれしか思いつかなかった」

「で、結局わらわらと出てきちゃったと。殿下が手挙げなかっただけマシだけどさ」

「あの方は肩入れするほど興味を持っていないだけさ」

 

 さっき見たところシャノンも全面的にマリエッタ側についているわけではなさそうだ。

 直接関係ないとはいえ、せっかくの友達と疎遠になるのは避けたい。


 そんなことを考えていると――。

 

「――……お前を戦わせたくなかった」


 ぽつり、とフィロメニアが言った。

 アタシが霊獣だってことを隠してたのもそれが理由なんだろう。

 

「いや、もう一人ぶっ殺してんだよね」

「だからこそだ」


 アタシの肩を抱くフィロメニアの手に力が入る。

 

「お前は……なぜ人を殺めて平然としている?」

「殺されそうになったんだから殺すのは当たり前でしょ」


 でないと今頃、アタシたちは死体になって森の中で朽ち果てていた。

 適当に埋められて骨も見つけてもらえないかもしれない。

 

 けれどフィロメニアは体を震わせて言う。

 

「私はクラエスの死体を見るお前の目が怖かった! お前が……急にお前でなくなったようで……」

「アタシはアタシだよ」

「だから! ……だからもう、私の運命に巻き込みたくなかったのだ。私の唯一の――」


 そこで言葉は途切れる。

 代わりに白く長い腕で掻き抱かれる。


「すごく嬉しい。とっても愛おしいよ。アタシのご主人様」

 

 アタシはその腕を優しく撫でて、素直に胸を内を言うのだった。


 

 そうして、アタシたちはお風呂から上がって、寝巻に着替える。


 灯りを消してベッドに入る前に、アタシはまだ言っていなかったことを思い出す。


「さっきの話の続きだけどさ」


 これからも同じようなことが起こるかもしれない。

 フィロメニアが今回のような騒ぎを起こさなくても、巻き込まれてしまうかもしれない。


 その度に彼女が心を砕いていては、身が持たないだろう。


 だから話しておきたかった。

 

「アタシはフィロメニアについていく。いつでも、どこにでも。その先に危険があったなら、アタシが前に出る。そういう関係だよね。アタシたち」

「……ああ」


 ベッドに座ったフィロメニアは渋々といった感じで頷く。

 その顔にはまだ迷いがあって、アタシは語気を強めた。

 

「そこがどんな場所でもその関係は変わらないんだよ。必要があればアタシを地獄に引きずり落として、使い捨ててでも這い上がる」


 そう。悪役令嬢なら、それくらいしてもらわないと困る。

 アタシの憧れた彼女はそれくらいの強さを持っているのだから。


 だから――。

 

「――そんな覚悟も持たずにアタシと一緒にいんの?」


 暗闇の中で、フィロメニアが息を飲む気配がした。

 怖がらせてしまったかもしれない。


 アタシは彼女の顔に触れて、優しく手の甲で撫でる。

 

「いい? アタシは絶対にアンタをバッドエンドから救い出すんだから」

「バッド……? なにを言っている?」

「……生きてる間に気が向いたら話すよ」


 意味なんて伝わらなくてもいい。

 これはアタシが自分に言ってるようなものなんだから。

 

 身を退くと、少しだけ頭がぼうっとする感覚に見舞われた。

 今日は色々とありすぎて頭に糖分が足りないのかもしれない。


「あはは。なんか疲れちゃった。寝る前だけど、もらったお菓子でも食べよ。シャノンからもらったんだ」

「あ、ああ……」


 取り出した菓子折りを取り出す。

 フィロメニアの顔が少しだけ緩むのを見て、アタシは安心した。


 そして、開けた箱からチョコをひとつ摘まむ。

 

「お、やっぱりここのやつおいひ……」


 舌の上に乗せたチョコはあまりの甘さに痺れるような――ん? なんか実際に痺れて……?


「ウィナ!?」

 

 何事かと思った瞬間、アタシは床に転がっていた。

 視界の端でフィロメニアがベッドから跳ね降りる。

 

「おい! しっかりしろ! ウィナ! これは……毒か!?」


 フィロメニアに肩を揺さぶられるが、体を動かすどころか声も出せない。

 

 あぁ~……、これはどうやらしくじったみたい。

 

『おやおや、やってしまったねぇ! 大層なことを言っておいてこんな罠に引っかかるとは。中々体を張った笑いを提供してくれるな、我が君よ』


 そのとき、頭の中で笑いを堪えて――いや、堪えきれてない感じの声が聞こえた。

 見れば、目の前でアタシの鼻をつんつんとつつくセファーがいた。

 

 もう瞼も開けていられない。

 けれど、ゆっくりと狭まっていく視界の中で、セファーの姿だけは明瞭に見える。

 

『まぁ、できるだけのことはしよう。我も少しばかり羨ましくなってしまったことだしねぇ!』


 ひとしきり笑ったセファーは呆れながらも腕組みして深く頷いた。

 その言葉に「何が?」と思うと、どこか頼もしさを感じる声音が響く。

 

『君に愛される悪役令嬢が、さ』


 その声を聞くのを最後に、アタシの意識は闇へと落ちていくのだった。


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