15:大きく羽ばたいて

『さっきの件、君の機転は見事だった。周囲の環境と君自身の力を理解したうえで的確に行動し、テラスに鳥を落とすという状況を作ることに成功した』

「ど、どうも?」


 部屋に入るなり褒められて、アタシは不思議に思いつつも称賛を受け入れる。

 けれどセファーは難しい顔で首を横に振った。

 

『だが失敗だ』

「えぇ!? なんで!」


 思いがけない言葉にアタシは仰天する。

 

 なんで? 運命の出会いなんか吹っ飛ばすほどのハプニングを作ってみせたのに。


『君は鳥が落ちればヒロインはそれを避けると踏んだのだろうけれど、まずそこが間違っていたのさ』

「って言うと?」

『彼女は驚きはしたが、その場から離れることはなかった。むしろ逆だ』


 セファーは人差し指を立てて説明し始めた。

 

『他の生徒が散っていく中、彼女だけは落ちた鳥に手を差し伸べ、その力で治癒した。そして騒ぎが収まった頃には鳥の翼は完治し、彼女の手から飛び去っていった。その様子を見ていた筋肉くんは彼女に声をかけ………まぁ君の言う以下省略といった具合さ』


 他者を治療できるというシャノンの特別な力。

 そして実際に会って感じた彼女の真っ直ぐな性格を考えれば、確かにやりかねない。

 やりかねないとは思うんだけど……。

 

「嘘でしょ……」

『事実だよ』


 素直に受け止めきれなかった。

 あれだけのことが起こっても結局はジルベールとの出会いが発生してしまった事実を。

 

『ヒロインと王太子が出会う際にも言ったが、やはり小手先の介入では修正力に勝てず、大きな影響を与えることはできないようだねぇ』

「くそ~……。運命には抗えないってやつ……?」


 アタシは頭を抱えてベッドにひっくり返る。

 セファーの言う通り物語にちょっかいをかけても結果は同じになってしまう可能性は、アタシの中でも捨てきれていなかった。

 

 だとすれば、いくらアタシがもがいてもフィロメニアの死を回避できないことになってしまう。

 

『いや、そうとも言えない』


 けれどセファーは否定した。

 アタシは瞑っていた目をぱっと開く。

 

『君にとってはゲームの中の存在だったとしても、彼らも魂を持った一人の人間だ。些細な出来事であっても本来起こるべき事象に変化があれば、その心に受ける影響は違ったものとなる。そして影響を受けた時点で世界には分岐が生じる。君の元いた世界ではこれをバタフライエフェクトと呼称するようだね。この世界の未来が君の知る物語に収束するものだったとしても、君の影響により分岐した未来は果たして同じものなのか』

「……なのか?」


 長く語ったセファーの言葉尻が疑問形なことに目を細めた。

 すると宙に浮かんで腕を組んでいたセファーは肩を竦めて――。

 

『わからない』

「わかんないんかーい」


 思わずツッコんだ。

 セファーはやれやれと首を振る。

 

『我とて未来が見えるわけでもないし、この世界の理を暴くことができるわけでもない。だが小さくも確実に変化は起きているんだよ』

「ほんとに?」

『ヒロインが突然落ちた何の縁もない鳥を助け、そして治癒できる人間だと認識した者が何人もいる。彼女を称賛するか、軽蔑するかは人それぞれだが、周囲に影響を与えたのは事実だ。そして筋肉くんが彼女に声をかける理由もまた違ったものになったと思うよ』


 確かにアタシが起こしたハプニングに対してシャノンが取った行動は、学生たちの世間話の種にでもなりそうな印象深いものかもしれない。

 けれど大事なのはジルベールがシャノンに好意を持つかどうかだ。

 

 体を起こしてセファーに聞く。

 

「……一応聞くけどどんな風に?」

『わからない』

「わからないんかーい!」


 アタシは叫びつつ、今度はうつぶせにベッドへ転がった。


 運命だとか修正力だとか。わかんないことだらけだ。

 もういっそのことフィロメニアと一緒にヒロインたちと戦ってしまおうか。

 愛だとか友情だとかを物理的に叩きのめして悪の頂点を目指すのも悪くないかもしれない。


 そんな風に考えていると、セファーの声が上から降ってくる。

 

『逆を言おう。彼ら彼女の心が手に取るようにわかるほど単純であれば、未来は常に不変だろうよ。だが人の心は複雑で、強い意志を持ちうるからこそ未来は予測できないのさ。それは運命を変えようとしている君の存在がここにあることが証明している』

「アタシが?」


 枕に埋めた顔を起こすと、セファーは目の前に降りてきていた。

 ゆっくりと頷いて肯定する神様の仕草に、アタシはなんとなく安心する。

 

『そうさ。君はこの世界でスペシャルではあるが異物ではない。君もこの世界の一部だ。なら君以外に運命を変えようと思う人間が他にいてもおかしくはないし、変えることができないという証明もできない。まぁ、変えることができるという証明もできないが。とにかく今日のことは成果はなくとも無意味ではない。そう言いたかったのさ』


 話を締めくくったセファーに、アタシは転がって天井に腕を突き上げて見せた。

 

「ネバーギブアップ! ってことね」

『然り』


 ならいい。まだ物語は始まったばかりだ。

 一つ一つが広大な湖に立つ小さな波紋だとしても、いずれ大きな波にしてみせる。

 水泳は得意じゃないけど!


『バタフライというのは泳法のことではないんだが……』

 

 セファーが呆れた声でなにか言っているけどスルーして、アタシはベッドから勢いよく降りるのだった。



 ◇   ◇   ◇



「うまくいかねぇー!」


 叫びながらアタシは自室の床にベターン!と倒れ込んだ。

 その様子を見てセファーはいつも通り呆れてみせる。


『服が汚れるよ。我が君』

「さっき掃除したから大丈夫ぅー!」

『そういう問題ではないねぇ……』


 意気込んだのものの、結果的にアタシの行動が実を結ぶ様子は見られない。

 というか、ことごとく通用していない。

 

 

 ジルベールの件からたった一週間――この短期間でセルジュとファブリスとの出会いをシャノンは果たしてしまったのだ。

 

 

 その間、アタシだって何もしていなかったわけじゃない。

 

 セルジュと図書館で出会うイベントでは、シャノンが求める本の位置を彼女の手の届く場所に置き換えた。

 けれどもシャノンは関連する他の本に興味を示したのだ。それも高い場所にある本へ。


 アタシは慌てて本棚の向こう側からその本を押し出した。

 かなり無理矢理な方法だけど「セルジュが本を取ってあげる」イベントは回避できる。

 

 そう踏んでの行動だ。

 実際、その通りのイベントは起きなかった。起きなかったのだが。

 

 ――やっぱりシャノンとセルジュの出会いまでは阻止できなかった。


 押し出されて落ちてきた本がシャノンの顔面に直撃し、中々良い音と悲鳴が図書館にこだましたのだ。

 

 プレイしているときから「このヒロイン、どんくさいな……」と思っていたけど、まさかここまでどんくさいとは思わなかったな……。

 で――結果としてその悲鳴を聞いたセルジュがシャノンに駆け寄り、以下省略である。


 

 ちくしょう。そんなのアリ……?

 

 

 そしてファブリスのとのイベントだけれど、これはランダムで発生するからにアタシが彼を誘惑してシャノンから目を逸らす作戦だった。

 けれど、これは完全に後手に回っていた。


 アタシが放課後のファブリスを見つけて声をかけたときにはすでに、彼はシャノンに一目惚れしていたのだ。


 今思い出しても腹が立つ。


「ファブリス様、せっかくですからお茶をいれましょうか?」


 と、誘ったのに対し、彼は心ここにあらずといった表情で。


「ウィナフレッド。私はついに見つけたぞ。この世界に咲く、私のための一輪の花を。どうやら私はお前に惑わされていたのだな。故に! さらばだ。ウィナフレッド……!」


 とかなんとか言って颯爽と去っていった。

 お茶を断られたのは別にいい。そもそも話を聞いてない感じなのもまぁよくある。けれど惑わされてたってなんだろう。勝手に惚れてただけだろうに。


 そんなこんなでムカツいていたら、向かった先はシャノンの下だったらしく、しかも彼女は強引にお茶に誘うファブリスの手を振り払って強い言葉で拒否したそうだ。

 そのおかげで恋心に火がついたファブリスは、今日もクソデカい花束を持ってシャノンに猛烈なアタックを仕掛けている。


 火どころか大炎上レベルの燃え上がりようだ。手に入れるのが難しい物ほど燃えるタチなのは知ってはいたが、恋愛に関しても同じだったとは。

 仮に成就したとして、そのときには燃えカスだけが残ってそう。呆れるを通り越して心配になってくる。


 そんなこんなで見事に全攻略対象と出会い、その全員にシャノンは付きまとわれているとのことだ。

 わかってはいるが、対策を考えてもご都合主義的に結果を引き戻されると悔しいものがある。


 

 まるで後出しじゃんけんだ。


 

 ここまで来ると「ああしておけば」などという考えも浮かばない。

 恐らく何をどうやってもシャノンは全てのイケメンズと出会うのだ。


 そして、アタシの頭を悩ませる事案がもう一つ。



 フィロメニアとのことだ。


 

 突然の喧嘩が勃発してから、何も進展していない。

 

 今更だけどアタシたちの喧嘩には暗黙の了解がある。


 ひとつ、客人などの外部の人間がいるときにはどんなにムカツいていても表に出さないこと。

 ふたつ、主人と従者という関係においては通常通り指示を出し、それを両者とも受け入れること。

 みっつ、高価な物にはなるべく当たり散らさないこと。特にフィロメニア。

 

 そのおかげでアタシたちが絶賛大喧嘩中だと知っている人は少ない。

 

 けれど彼女の態度の変化がなさにはアタシも限界かもしれない。


 身の回りの世話が終わった途端に「下がれ」と言われて部屋から叩きだされるのは、二日目くらいまでは我慢できた。

 四日目くらいには部屋のドアの前で自嘲気味な雰囲気や悲し気な空気を醸し出してアピールしてみたが、無視された。

 昨日には三億金貨を投資で溶かした人間みたいな顔をしてみたり、顔面崩壊しながら発狂してみたりしたが、やっぱり駄目だった。


 おかげで同じ階の使用人仲間からはだいぶ距離を置かれてる。当たり前か。


 時間が解決してくれることも祈ってはいたけど、やっぱり普段とは違う方法で動かなきゃいけないのかもしれない。


 ヒロインどころか自分の主とのことも解決できず、気分を変えるために場所を変えることにした。



 そうして歩道のベンチでうんうん唸っていると――気になるものを見つけてしまった。

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