14:ヒロインの恋愛フラグを総ポッキリしてやるぞ大作戦

「と、いうことで今日からガチでシャノンを邪魔しようかと思うんだけど」


 アタシは黒い髪を風になびかせながらそう話し始める。

 他人には独り言を言っているように見えるだろうけど、目の前には空中に座り込んだセファーがいた。

 

『それはいいがこんな屋根上まで登ってきた意味はあるのかい?』

「真正面から入れないんだからしょうがないでしょ。それにここなら喋ってても怪しまれないし」


 訝しげに聞かれ、アタシは答えながら周囲を見回す。

 

 ここは教室棟の屋根上だ。

 この建物は使用人出入り禁止だが、これからすることを考えればシャノンの近くにいる必要がある。

 

『ここまで壁の突起を伝って登ってきた君の姿を、君の主人に見せてあげたいねぇ。巨大な虫なんじゃないかと我が目を疑ったよ』

「それはきっと益虫よ。あとこの世界、魔物以外に虫っぽいのいないから」

『じゃあ魔物だったんだろうねぇ』


 呆れ顔で皮肉るセファーを無視して、アタシは本題に入った。


「とりあえず、他の攻略対象とシャノンが会うイベントを阻止することにするわ」

『ふむ』

『クレイヴのルートはもう仕方ない。けどジルベール、セルジュ、ファブリスの三人とは、そもそも接点を持たせなきゃフィロメニアが暴走する確率はぐっと下がると思うのよ』

『火種は少ない方がいい。それは否定できないねぇ』


 セファーはゆっくりと頷く。

 先を促されていると感じてアタシは話を続けた。

 

「まずジルベール。あのオラオラ系はシャノンが普通の食堂とは違ってお金のかかる食堂――特別食堂でランチをしてるときに声をかけてくるわ。これが今のところ一番邪魔しやすいと思うの」

『つまりヒロインが二度とそこでランチできないようにしてやると』

「言い方」

『悪役令嬢のメイドなのだからそれくらいのノリでいいと思うんだが』


 確かにゲーム的には一番外道に近いキャラのそばにアタシはいる。

 けれどそれを変えるため、ここにいるのだ。

 

 ……まぁ他人の恋愛を阻止すること自体が外道と言われればどうしようもないけど。

 

「そうじゃなくて。声をかけてくるのはシャノンが特定の席へ座った場合に限るのよ。眺めのいいテラス席ね。平民が一人でそんなところに座ってたら当然、目立つでしょ。そこにジルベールが来て以下省略よ」

『なるほど』

「だからシャノンに前もって特別食堂へ行かないようにか、テラス席には座らないよう言い含めておけば問題ないと思うのよね」

『すでにパーティの件で助けられている君の言葉なら信用するだろうねぇ』


 ジルベールへの対処に関して、この案でセファーも異論はないらしい。

 

 アタシはちょっと自信がついて人差し指を立てて次の議題に移る。

 

「次にセルジュ。場所は図書館。高いところにあって届かない本をセルジュが取ってくれるっていうベタなやつ。図書館に行くなっていうのは無理だから――」

『本の位置でも変えておこうか』

「え? できんの?」


 アタシが飛びつくようにそう言うと、セファーは首を捻った。

 

『君がやるに決まっているじゃないか。タイミングだけは教えてあげよう。最悪、ヒロインと眼鏡くんが同時に図書館に行くことをを力づくで阻止すればいい』

「ですよねー……。まぁ、アタシもそう考えてた」

『決まりだねぇ』

「よぉし。んっ~……!」

 

 二つ目の議題を終えて、アタシは立ち上がって体を伸ばす。

 まだ風は少し冷たいが日向を遮るものがないので寒くはない。


 アタシは不安定な足場の上に立ったまま最後の議題に入った。

 

「最後はファブリスなんだけど……これがちょっと問題なのよね」

『ほう』

「ファブリスとのイベントは完全にランダムなのよ。だからいつ出会うかわからないし、そもそも出会わないかもしれない」

『同じ建物で勉学に励んでいるんだろう? 出会わないというのは不可能じゃないのかな』

「んー……。ゲームのランダム的な要素がどうなるかはわかんないけど……」


 首と一緒に体を捻りつつ、片足を上げてバランスを保つ。

 仕事中は穏やかな仕草ができるのに、こうやって考え事をしているときはじっとしていられない。

 

「たぶん、会う会わないじゃなくて、一目惚れするかどうかだと思うんだよね~」

『そんなことを言っていたねぇ。なら簡単じゃないか』

「なんでよ」


 肩を竦めて言うセファーにアタシは姿勢を戻した。

 

『あのモテ男くんは君に惚れているんだろう? なら今から誘惑しに行ったらどうだい?』

「うわぁ……。嫌だぁ……」

『それもつかず離れずの距離がいいねぇ。これを機に君も異性を手の上で転がすような術を身に着けたらどうだい』

「気が進まねぇ……」


 ファブリスにいわゆるハニートラップをしかける。それも自分が、と想像しただけでアタシは頭を抱えて座り込んだ。

 

『我儘を言うのはやめたまえ』

「ほら、考えてみなさいよ。万が一、アタシが押し倒されてあんなことやこんなことされそうになったらどうすんの?」

『どうするんだい?』


 聞いたつもりがそのまま返された。

 ファブリスの理性がひょんなことで決壊してルパンダイブでも決めてきたのなら……。

 

「二度と女に手が出せない体にしてやる……」

『情緒不安定か君は』


 冗談だ。いや、本当に襲われたら腹パンくらいはかますかもしれないが、ファブリスはそういう人間ではない。……と思う。


『御託はいいからやりたまえよ。君は主人第一、自分自身は二の次なのだろう?』

「ウス……」


 アタシは自覚しているところを突かれて大人しく首を前に倒した。

 そうしているとセファーは鼻を鳴らす。

 

『彼もしょせんは男だ。女性の武器を使えば簡単だろう』

「武器って? ナイフなら持ってるけど」


 スカートの下から護身用のナイフを抜くと、セファーの顔が残念そうに歪んだ。

 違ったらしい。

 

『体だよ。たとえば胸……は無いな。君は』

「張り飛ばすぞ」


 言いながら実行に移すのはズルいかもしれないが、我慢できずに腕を振るとやっぱり当たらなかった。


 ふわふわと宙をさまようセファーは涼しい顔で続ける。

 

『まぁ、好みは人それぞれだからなんでもいいさ。尻でも目でも髪でも手でも。言葉で誘惑するよりは手軽だろう?』

「手軽て……。アタシの尊厳軽くない?」

『君の主人の命と天秤にかけたらどうなんだい』


 そう言われてちょっと考えてみた。

 アタシが好きでもない男に言い寄ればフィロメニアの未来の可能性がわずかでも上がる。

 

 ならば――。

 

「めっちゃ軽いわ。ブッ飛ぶくらい軽い」

『結構』


 即答したアタシにセファーはやれやれ、と首を振った。


 これでやるべきことは決まった。

 アタシはすくっと立ち上がって拳を突き上げる。


「よし。じゃあ、【ヒロインの恋愛フラグを総ポッキリしてやるぞ大作戦】開始よ! 頑張るぞ! おー!」

『ネーミングセンスが終わっているねぇ』

「うるさい! ほら、おー!」


 催促するとセファーも『おー』と渋々乗ってくれた。嬉しい。


 だが、すぐにその顔が何かに気づいたように上がる。


『我が君。作戦開始早々、緊急事態だ』

「えっ」


 アタシはその言葉にひやりとしたものを感じて、顔を歪めた。


『ヒロインが特別食堂のテラス席に座っている』

「マジかぁ……!」


 言うや否や、アタシは屋根の上をダッシュするのだった。



 ◇   ◇   ◇



「アホか! アホなんかあの子は!」

『あまり叫ぶと人目に触れる。頭の中だけにしたまえ』


 食堂の見える方向に走りながら声に出したアタシを、セファーがたしなめてくる。


『そもそもお金持ってんの!? あの子! ゲームじゃある程度クエストとかこなしてからじゃないと行けないはずなのに!』

『さぁねぇ。パトロンでもいるんじゃないかな』


 セファーの言葉に「神殿」の存在が頭にちらついた。

 

 シャノンを学園に通えるよう手配したのはそもそも神殿だ。

 アタシの知っている物語の通りじゃない部分が垣間見えるこの世界なら、贅沢できる生活費くらいはもらっているかもしれない。

 

 考えつつ建物の間を飛び移ると、食堂の中庭が見えた。

 アタシは生徒たちに気づかれないよう身を伏せて中庭を覗く。

 

『いた!』


 そこにはセファーの言う通りテラス席でもぐもぐと昼食を食べるシャノンがいた。


 テラス席はある意味で特等席とも言うべき席だ。

 あの席は学園でも最有力の貴族やその取り巻きが使うもので、決して平民出身の一年生が一人で座るような場所ではない。

 他の席はそれなりに埋まっているというのに、テラス席にシャノンしか座っていないことがそれを表している。


 そんなところにいれば当然、様々なよろしくない視線が集まるだろう。

 というか、現在進行形でバチクソに目立ってる。


 そんな視線なんか気にしないタチなのか、それとも料理の美味しさに感動して気づいていないのか。

 シャノンは平然と昼食を頬張っていた。

 

 いや、あれは後者ね……。すっごい美味しそうに食べてる。アタシも食べたいな。

 うっかり垂れそうになった涎を啜りつつ、どうするか考えているとセファーが目の前に降り立ってきた。

 

『我が君。手を打つなら急ぎたまえ』

『えぇ!?』

『筋肉くんが近い』


 筋肉くん、とはジルベールのことだろう。

 だが、もうシャノンは座ってしまっているし、この食堂も使用人は出入り禁止だ。


 どうすれば彼女を席から立たせることができるか。

 周囲の状況を見回しながら、アタシの頭がフル回転する。


 そして咄嗟に屋根の石材を掴んで――握り砕いた。


 顔を上げる。

 鳥! ちょうどテラスの真上に鳥が飛んでいたのだ。

 もうこれしか思いつかない。他の生徒も面食らうだろうけど我慢してもらうしかない。

 

 アタシは振りかぶり――。


「シッ!」


 ――鳥に向かって粉々に砕けた石を投げつけた。

 

 何羽かまとまって飛行していた鳥の一羽に、アタシの投げた石つぶてが直撃する。

 空に白い羽毛が飛び散って、それはテラスのど真ん中に落っこちた。


「きゃあっ!?」

「何事ですか!?」


 途端、テラスは騒然となる。

 そりゃあ、ご飯食べてるときに鳥が落下してきたら悲鳴も上げたくなるだろう。

 ついでに、そんなところで昼食を続ける気も失せる。


 びっくりしてシャノンも立ち上がったところだけを見て、アタシは急いで傾斜のある屋根を滑った。

 誰かに見つかる前に降りなきゃいけない。


 滑った先の装飾を壊さないよう優しく蹴って、建物の角に飛ぶ。

 そのまま三角跳びの逆をやって柔らかく地面に降りると、何食わぬ顔で歩道へ戻った。


『見られてないよね』

『問題ないよ。だが……』

『なに?』


 いつの間にかに姿を消したセファーからは気まずい気配を感じる。


『いや、いったん戻ろう。我が君』

『いいけど……』


 促され、疑問に思いつつもアタシは宿舎へ足を向けるのだった。


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