16:騎士の娘たるもの強かに

「あの子、今やったよね」

『【やった】の定義がわからないが、手を動かしたのは確かだねぇ』

 

 人通りの多くはない歩道が見えるベンチで、アタシはセファーに確認する。

 

 生徒たちを眺めていると、目を惹く姿があった。

 猫耳のように結んだ黒いリボン、そして横から見ると姿勢がやや曲がった使用人――サミィだ。


 シャノンの世話は最低限しているようだけど、パーティの日のこともあり熱心に仕事をしているようには見えない。


 そんな彼女が、お喋りをしながら歩く数人の女子生徒とすれ違った瞬間、アタシは見た。


 

 サミィの手が素早く動くところを。


 

 アタシはフィロメニアのことを一度頭の隅に置いて、歩く速度を速める。

 すると頭の中にセファーの声が響いた。

 

『あれに声をかけるなら気をつけたまえ。彼女は獣人だ』

『魔族なんて珍しい』

『おや? 帝国の書物では獣人と記載してあったが、こちらでは違うのかねぇ』

『さぁ。こっちじゃケモミミだろうがケモ顔だろうが、魔族で括られてるわね』


 それは例の乙女ゲーでもそうだ。

 獣人――つまり獣の身体的特徴を持つ人型の生物はゲームでも魔族と称されていて、主に敵として登場する。

 アタシがこっちにきて、そういった種族にも国があり、普通の人間と変わらない暮らしをしていると聞いて驚いたほどだ。


 それほど、モルドルーデン王国で魔族を見ることは少ない。


 あの黒いリボンはたぶん耳を隠しているんだろう。

 

 アタシは警戒心を強めて、サミィの前へと立つ。

 

「こんにちは。ちょっと時間いいかな?」


 

 ◇   ◇   ◇


 

「なんでしょうかー? あたし結構忙しいんですけどー」


 学園を覆う高い壁のそばには木が多く植えられている。

 だからこうして人気のない場所を見つけるのには苦労しない。

 

「すぐ終わるわよ。――とりあえずポケットに突っ込んでるもの、全部出しなさい」

 

 鬱陶しそうな態度を隠しもせず言うサミィに、アタシはにこやかに返した。


「……なんでですかー?」

「んなことわかってるくせに。忙しいんでしょ? さっさとしなさい」


 すると軽く鼻を鳴らしたサミィはスカートの両側のポケットをひっくり返す。

 そこから地面に落ちたものは――煌びやかな装飾が施された財布やアクセサリー類、そして銅貨や銀貨などの貨幣だった。ついでにくしゃくしゃのちり紙も出てきて、アタシは呆れる。

 

「手癖の悪いやつがいたもんね。やりなれてる。アンタ、どこの出身?」

「それ、言わニ……言わないといけないですかー?」


 どう見ても盗品だが、サミィに悪びれた様子はなかった。

 アタシは魔族だからといって差別する気はないが、盗賊紛いの使用人が近くにいるのは許容できない。

 

「アンタが魔族なのは知ってるから、無理しなくてもいいわよ」

「……にるほどー」


 するとサミィの髪が逆立ち、殺気立つのがわかる。

 力で抑えつけるのはいいが、彼女はシャノンの使用人だ。できれば話し合いで終わりたい。

 そう思い、落ち着けと手で静止ながら言うと――。

 

「もう二度とスリをしないってんなら黙っててあげる。その財布も持ち主に――うぉっとぉ!?」


 ――首元に鋭い爪が伸びてきた。


 アタシは咄嗟に背中を逸らして避け、バック転で距離を置く。

 サミィの手は先ほどまで人間と変わらなかったはずだが、今は血管が浮き出て大きく膨らみ、鋭利な爪が光っていた。

 

 いきなり実力行使かい!


 アタシは体に染みついた構えを取る。左腕は前へ、右腕は脇に引き、腰は軽く落した姿勢。


 久しぶりに使手首を痛めるかもしれない。

 軽く関節を回して感触を確かめて――まぁ、大丈夫かな。

 

「いいに。喉を引っ掻くほうが早いにぃ」

「お育ちが悪いのはわかったわ」

「人間は見下すのが得意だもんに!」


 言いながらサミィは凄まじい速度で迫ってきた。

 狙ってくるのは首や目、そして腹だ。


 威嚇どころか完全に殺しに来てる。


 アタシはそれらをバックステップで避けて、お返しに回し蹴りを見舞った。

 だが感触がない。避けられた。

 

 思っていた以上にサミィの動きは素早い。

 

『身体強化魔法か。先天的に体に刻まれている種族らしいねぇ。逃げるかい?』

『いんや、たぶんいけると思う』


 セファーに答えつつ、アタシは踏み込んだ。

 

 相手の反応も早い。お互いの距離が瞬きする間に詰まる。

 サミィの爪がアタシの顔面に伸びてくるのがゆっくりと見えた。

 

 指先の奥に爪が引っ込んでるのか、それとも爪自体が伸びるのか。不思議だなぁ。

 

 霊起Activateしていない今のアタシの体じゃ、引っ掻かれればただじゃすまないだろう。

 けれど、唯一アタシにはあの爪に抵抗できるものがあった。


 サミィの爪とアタシの顔面の間に、左腕を割り込ませる。

 ガキン、と音がして火花が散り、逸れた爪がアタシの耳元を掠めた。

 

「にぃッ!?」


 長袖に隠していた腕輪が露わになって、サミィは驚愕の声を上げる。

 それに気づいたときには遅い。勢いをつけて突っ込んできた彼女は止まれない。

 

「コレド流闘拳術、三式律拳・柔波圧孔じゅうはあっこう


 これはお父さんから護身術と称して叩き込まれた格闘術だ。

 コレドっていうのはお父さんの育った場所らしい。

 アタシは行ったこともないし、噂にも聞かないがそう教えられた。

 

 けれど、実のところ鎧を着た人間や分厚い毛皮を持つ獣を殴殺する技だと知ったのは、お父さんが他界した後のこと。

 なんて物騒なものを娘に教えてんだ。

 

 だから――少し手加減をしてサミィの体に右の掌底を叩き込んだ。

 思った通り、サミィの体は猫のように柔らかい。衝撃が分散されている感じがする。


「んニ゛ャオッ!」


 けれど構わず掌底を押し込むと、くの字に折れ曲がったサミィの体は十メートルほど吹っ飛んで地面に転がった。


「んえ゛ぇ゛ぇ……。こ、殺さにぃで……。骨が折れたにぃ……」


 嘘つけ、とアタシは呆れる。

 圧迫したのは内臓だ。サミィは地面に吐瀉物をまき散らしているが、見た目ほどダメージはないと見た。

 

「毛玉吐いてんの? 人間の骨は二百本くらいあるんだから一本くらい平気でしょ。あ、アンタは尻尾の分だけもうちょい多いのかな」


 言いながらアタシは近づく。


 すると案の定、這いつくばっていたサミィがバネのように起き上がり、飛び掛かってきた。

 予見していたアタシは半身を捻ってそれをかわし、サミィの首の後ろを掴んで地面に叩きつける。


 お母さんの話じゃ魔族は痛みに強いらしい。


 魔族にはその種族ごとの特徴もあるけれど、これは共通してると教わった。

 両腕を切り落としたにも関わらず首元に噛みつこうとしてきた魔族がいた、と八歳の娘に嬉々として話す母親もどうかとは思うけど。

 

「は、放せに゛い゛ぃ……」

「負けたアンタに指図される覚えはないわよ」

「お前ぇ……普通のメイドじゃにーにぃ……!」

「公爵家のメイドよ。ナメんな」


 どしっとそのまま体の上にのしかかって拘束すると、サミィは戦意を喪失したらしくその凶悪な爪が元に戻る。

 

『公爵家のメイドは腹パンが得意なのか。どの文献にも書いていなかった興味深い話だねぇ』

 

 アタシはセファーの軽口を無視しながら、手の力を弱めた。

 いつまでも動脈を絞めていると意識を飛ばしてしまう。

 

「まぁ色々聞きたいことはあるんだけどさ。やっぱりこういうのは相手の価値観に合わせるべきよね」

「んにぃ……?」


 サミィへ立ちはだかる前に思い出し、戦いながら思いついたことを、アタシはさっそく実践することにした。


「アンタさ。給料いくら?」

 


 ◇   ◇   ◇


 

 チップ用の銀貨がなくなったことと一つ成果を得たことで、アタシの足取りは軽い。

 青い顔をしたサミィを従えながら生徒用の宿舎に向かっていたところ、後ろから声をかけられる。


「ウィナちゃ~ん!」

「お?」


 見れば、シャノンが駆け寄ってくるところだった。


「どうしたの? ランニング?」

「はぁはぁ……。違うよ。ウィナちゃん歩くの早いんだもん」


 癖になってんだ。早歩きするの。

 と言うわけではないが、お屋敷では常にキビキビと動くことを強いられていたため、一人の時は早歩きが基本なのかもしれない。


 シャノンが息を整え終わるのを待っていると、彼女は持っていた紙袋をアタシに差し出した。


「はい。これ!」

「なに?」

「この間のお礼! 美味しいって評判のお菓子だから……!」

 

 首を捻ると、屈託のない笑みと共に答えが返ってくる。

 ははぁ、可愛い。ファブリスが一目惚れするのも仕方ないのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら紙袋から箱を取り出してみると、有名店のお菓子が入っていた。

 アタシは思わず声のボリュームを上げてしまう。

 

「うわ! これ、高かったでしょ?」

「ちょ、ちょっとだけ! でも、ウィナちゃんのおかげでパーティに参加できたから、その……。私、ウィナちゃんにすっごくありがとうって思ってるの!」

 

 走ってきたせいか額に汗を浮かべて力説するシャノンの姿は、とても一生懸命なものに見えた。

 

 そういえば、ゲームでもそういう子だった。

 いや、ゲームのキャラなんて考えは止そう。目の前のシャノンは実際に生きていて、ただただ真っ直ぐな女の子なのだから。


 アタシは少しだけちょっかいをかけたくなって、ちょんとシャノンの頭をつつく。

 

「はわっ」

「ふふ、じゃあ手伝った甲斐があるわね。有り難く受け取るわ。だから――」

「だから?」


 つつかれた場所を両手で覆いながら子犬のように小首をかしげるシャノンに言う。


「何か困ったことがあったら、すぐアタシに言いなさい。お礼はこれ以上要らない。アタシが見当たらないときはこの子に言いつけていいわ」

「んニ!?」

「あれ? サミィさん?」


 アタシの後ろに隠れていたサミィに今更気づいたらしい。

 シャノンは驚きの声を上げた。

 

 アタシはサミィの襟首をつかんで前に引きずり出すと、頭を遠慮なく叩く。


「今日からこの子にはアタシが仕事教えるから。掃除の仕方とか礼儀の作法とか。あと使用人にさん付けしないの」

「じゃあ……サミィ、ちゃん? ウィナちゃんと仲良かったんだ」

「さっき仲良くなったのよ。ねぇ?」

「う、うニィ……」


 もはや言葉になっていないが、サミィは青白い顔で肯定した。


「じゃ、さっそくご主人様と一緒に帰ってお茶の一杯でも入れてきなさい。じゃあね。シャノン」

「あ、うん。じゃあ行こう? サミィちゃん」


 促すと、シャノンがサミィを連れ立って先に行く。

 途中で振り返ってきたサミィへ、アタシは自分の目を二本の指で差してみせ、そして、その指を向ける。


 見ているぞ、という意味だ。


 すると、観念したようにサミィは渋々と首を竦める。

 

 よし。いい子ね。


 サミィが牙を剥いてきたことを、アタシは公にしないことにした。

 この子をお金で買収するためにそういった取引となったわけだが、別の側面もある。


 サミィは物事を単純に考える性格なのだ。


 いや、決して頭が悪いと言っているわけじゃない。

 アタシを襲ったのも雇い主が「邪魔者には容赦しないように」と言ったかららしい。


 そこでアタシはサミィに合わせて単純に話をした。


 アタシが本気でやればサミィは死んでいたこと。

 アタシが襲われたことを報告すればサミィは酷い目に遭うこと。

 アタシとフィロメニアへ従順にしていれば今よりも多い賃金を追加で貰えること。


 力で負かし、権力で脅し、金で釣られたサミィは、悩むことなくこの条件を飲んだ。


 猫は人より家につくというし、今の生活を手放したくないのだろう。


 セファーが見ていれば裏切りも察知できるし、襲われた経緯があれば首を斬り飛ばしても問題はない。

 日本と比べると悲しいことだが、魔族の人権などそんなものなのだ。この国では。

 

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